第45話 平和の種をまきましょう
小山のような巨体から精錬された皮革やお肉のなかに、華奢なクリスタルの瓶が4つ輝いております。
手に取って傾けると、赤紫色の発光する液体がねっとりと動きました。
確信がありますが、一応鑑定します。
『新緑の
「まあ、霊薬をたくさん拾えましたの」
「うわぁすごいですねぇ」
4人で倒したので4本分ですわ。
貴重なお薬ですが想像よりも落ちますわね。もし100人のパーティで倒せば100本ドロップしたのでしょうか?
量産できれば瀕死のかたをたくさんお救いできますわ。
いえ、それほど簡単に霊薬が出回っていれば、王位の担保にはなりませんので、おそらく4本もでたのは偶然でしょう。
ソウルクリスタルも偶然たくさん拾えましたし、幸運が重なってこうなったと存じます。
「これを売れば借金はなくって、ベルナールの村に使えるお金もできますねぇ!」
「ええ。一本は蛮族にお渡しするとして、3本も余りますわ」
「やっとマイナス生活から抜け出せますぅ」
「重荷がおりますわ」
信用は大切ですもの。
実のところ、踏み倒せばよいと考えていたわたくしと違って、メルクルディさまはまっとうなお考えをもっております。
わたくしも見習わなくてはなりません。
霊薬のほかには重そうな鱗のついた皮革、腕ほどもある牙、分厚いねじれたお肉でした。
子牛ほどの大きさのあるねじれたお肉は、鑑定した結果
少々切り分けて紙で包み、残りは火災の近くに引きずってあぶりました。
「せっかくですのでお食事にいたしましょう」
「はいですぅ!」
はしたないと存じますが、龍の心臓は超高級食材です。
一般流通はしておりませんし、極めて限られた選ばれたかただけが口にできる食材です。
特にこのような大きなものは、高い山のうえに済む古代の個体や、ダンジョンの深部にいるため、討伐の困難さや立地の劣悪さで入手自体が稀です。
それが土にまみれて火災で焼かれて、脂をしたたらせております。
食材に対するかなりの冒涜ですわ。
食欲をそそる香りが漂い、灰黒狐がはやくも食べ始めました。
わたくしたちもいただきます。
「これは……」
ナイフで切り取った心臓のお肉は硬く、長く煮込まなければ食べられないと感じました。
ですがあぶられて、ぶすぶすと脂がしたたるお肉を切り分けていただきますと、ねっちりとした歯ごたえで繊維がほどけ、さわやかな脂とうま味を感じられます。
あの
呑み込んだ後も、舌と喉に後味がずっと残っております。
その余韻が後を引き、嚥下したと思ったら、またすぐに食べたくなりました。
食べれば食べるほど空腹になるような渇望に心が捕らわれます。
結局、全員で半分以上食べてしまいました。
力がみなぎり、異様に身体が軽いです。
魔力を大量に使った後のけだるさが消え去っております。
血管が脈動し、指先まで気力が行き通り、周囲でうねる火災のような熱が身体の中にまでやどって燃え盛っております。
この感覚はどこかで覚えがあります。そう、はるか昔にどこかで……そうですわ!
お父さまと姉さまに連れられ、視察に行った熱風海岸で置き去りにされたとき、砂浜に生えていたサボテンで飢えをしのいだ時に感じた浮遊感です。
あの時は空腹感がはじけるように消え、気力がみなぎりましたが、この心臓はその数倍、いえ数百倍の効能があります。
残りのお肉を残してゆくのは惜しく感じましたが、燃える古木がこちらに傾いてきましたので、お食事はそこで終わりになりました。
最後までお肉に噛みつく灰黒狐を抱いて逃げたとき、めらめらと燃えた木が倒れました。
「あやうく下敷きになるところでしたわ」
「あうう……きっと暗黒神フィリーエリさまが、夢中になっていた私たちを正気に戻してくれたですぅ。心を奪われるのは信仰だけでよいと神託がくだったのですぅ」
「まあ、大変ですのね。こら、引っ張り出そうとするのをおやめなさい」
「わふ、くぁふ」
「おひげが焦げてますわ」
「くあぁ」
いよいよ崩れ始めた古木を避けるために、わたくしたちは玄室を出ました。
あまりにもはちきれそうな力が溢れましたので、2階にある巨人と巨大亀のいるフロアで戦って、余剰な熱意をぶつけました。
端から端まで3度往復すると、力が落ち着きました。
何度も皆殺しにいたしましたので、ダンジョンでなければ種が絶滅しておりますの。
武器を持って満足げに肩で息をするわたくしたちは、たっぷり略奪した帰りの
落ち着いたころ、霊薬の使い道について話し合いをします。
わたくしのとなりを歩いている灰黒狐に話しかけます。
「あなた、これをどのように使いまして?」
「くぁん」
「なにも思いつきませんの?」
「くぁん」
灰黒狐に質問しても、そもそも霊薬の使い道に興味がありません。
意思疎通が取れないわけではありませんが、複雑な思考は無理ですの。
「売ってお酒に変えて差し上げましょうか?」
「くぁん!」
「もう少々、ましな使いかたを考えなさい」
「くぁん」
ダメですわ。この子に考える気などありません。
わたくしの分は参事会に納品するとして、せっかく人数分ドロップしたのですから、各々お好きな使いかたを考えればいいと存じますが、意思疎通の難しい仲間が
ふたりばかりおります。
やはり今まで通り、わたくしが使ってしまうのがいいでしょう。この子が瀕死の重傷を負ったときの為に、とっておきましょう。
「あなたは何かありまして?」
「わたしー?
「何の意味がありますの?」
「夜にきえるときにまぶしい昼がやってくるの! あごから逃げて反対に倒しちゃうかも。おもしろそう!」
「生き物で遊ぶのはおやめなさい」
もう一本も妖精がバラバラになったときのためにとっておきましょう。首から上が生きていれば、きっと再生できますわ。
単純な頭をしておりますし、きっと砕け散った程度ではなかなか死なない身体の構造をしているに違いありません。
「灰黒狐と妖精の分はわたくしが預かっておきます。このふたりが瀕死になったときに使おうと存じますが、メルクルディさまはどうお考えになりまして?」
「いいと思いますぅ。私は売るか暗黒神殿に送るかって考えてますけどぉ、まだ決めてないですぅ。迷いますねぇ」
「悩んでいる時間が一番楽しいですわ」
「はいですぅ」
メルクルディさまはうれしそうにほほ笑まれました。
わたくしも何か、愉快な使い道を考えたほうがいいのかもしれませんわ。
わたくしの分は契約通りに納品しようと考えておりましたが、下の階層で戦っていらっしゃるかたがたは、王権を保証する品物と信じて霊薬を求めておいでです。
わたくしとしてはこのようなお薬など、吹けば飛ぶほどの信頼性しかないと存じますが、信じるかたにとっては船を係留するいかりのごとく頼みになる品物です。
セリカさまのお兄さまとの雑談で知ったのですが、ここ蛮地で最も強大な勢力は、南進して帝国都市を攻めているミヤ氏族、つぎにこのダンジョンがある都市周辺を支配しているキワイ氏族、最後に弱小部族が集まってできたダワト革命同盟です。
革命同盟は25年続いた政治的な不安定さのなかで、疲弊した氏族が助け合うために集結し、合議制による新しい共同体がはじまりだそうです。
そのようなひとたちがいざ王になる権利を手に入れたとします。
おそらく内部で一番勢力の大きい氏族か、一番支持されている氏族のどなたかが王になるのでしょう。そうなった場合、他のふたつの勢力は臣従するでしょうか?
答えは否です。
軍事力で裏付けされていない権威など、他の指導者からすれば従う必要がありません。
精々、他を追い落とすために、表向きは従って協力し、他を攻めるために利用する程度です。
おそらく蛮族のかたたちに霊薬を渡せば、戦いの火種になります。
わたくしは死の商人ではありませんし、戦闘など嫌いですし、弱者が虐げられるすがたも好きではありません。
わたくしの利益を考えますと、蛮族のかたがたが一つにまとまり、政治的に安定し、さらに南進を続けて支配地域を広げてくださるほうが好都合です。
なにせこの国の領主さまがわたくしたちに懐く心証は、公共の敵にちかいでしょうから。
敵の敵は味方ですわ。
そう考えますと、お話し合いをしやすくするためにも、全勢力に霊薬をお渡しすべきですわ。
全員が王になれる可能性がありますと、落ち着いてお話し合いもできるでしょう。少なくとも軍事力で物事を解決するよりも、建設的な意見がでるはずですわ。
「みなさまご相談があります……」
「何ですぅ?」
###
1階にあるセーフルームに戻ってきました。
内部はいつにもまして人でいっぱいです。
見知らぬかたがたくさんで、髪色が濃かったり薄かったり蛮族特有のグラデーションを室内に作っております。
そのなかで特に薄い白髪にみどりのメッシュが入ったふたりが、こちらにいらっしゃいました。セリカさまと、そのお兄さまです。
セリカさまは迷宮内で暗示にかかっておりましたが、元気になられたようでよかったですわ。
「やあ、生きててよかった。帰ってこないから魔物に喰われてしまったのかと、あきらめていた」
「そうだ。戻らないと聞いて心配していたぞ。命の恩人に死なれては悲しくなる」
「遠出しておりましたの。それにしても人の数が多いですわ。何かありまして?」
セリカさまのお兄さまは肩をすくめました。
「待っていた増援がきてくれたんだ。妹も駆り出されるなんてなぁ……」
「これだけいれば
「まあ、そうでしたの」
帰る途中に見かけたおおきな
「もし、セリカさまのとお兄さま。ご相談がありますの」
「なんだ? もうすぐ出撃だから、長く話せないぞ」
「じつはわたくし、変異種らしき
「なにっ……! もうやったのか」
鞄からドロップ品の
変異種の体色とそっくりの赤色の稲妻模様が走った金属片手斧です。
「なんてこった。隊長に報告してくる──いや、しないほうがいいのか? おれにはわからない」
「報告するならこのひとたちに言ってもらうべきだ」
「何かありますの?」
「こちらの事情ですまないが、私たち兄妹は月桂樹騎士団から疎まれているんだ。だから私たちが報告をすると、余計に立場が悪くなる。平民出だから怒りの矛先を向けられやすい」
「まあ、それはお気の毒ですこと」
「だからあんたたちが報告してくれ。頼むよ」
真面目なかたたちですわ。
「黙っていれば良いではありませんか。一匹だけしかいないとは限りません」
「そ、そうだろうか?」
「ええ。もしいなくても、相手は魔物ですもの。こちらが理解できる行動をとる存在ではありません。知りませんで全て終わりですわ」
「……それもそうだ。黙っておくか、なあセリカ」
「私は報告すべきだと思うが……恩人の言葉には従う」
「ええそれがよいと存じます。それとこのアイテムを差し上げますわ。わたくしたちがセーフルームを離れたらお開けください。きっとお望みの品物が入っております」
「よくわからないが、ありがとう」
「いいえ。お身体にお気を付けください」
おふたりと別れたあとは、これまた出撃準備をなさっているダワト革命同盟のみなさまのところにゆきました。
面識のある柔和なニブルさまに会釈して、みなさまと離れた場所に来ていただきます。
(こちらにいらしてください)
「どうしたの? もうすぐ出発だから、内緒話をしている時間はないんだけど。あっもしかして頼み事かな?」
(あなたさまのお望みの品物が手に入りましたわ)
「それは……確かに重要だ」
あっというまにご表情が引き締まりました。真剣なまなざしでわたくしに近寄ります。
「本当に手に入ったの?」
「ええ、こちらですわ」
透明なクリスタルの瓶に入った液体をお見せします。ねっとりとした液体が吸い込まれそうな輝きを放っております。
「悪いが鑑定させてもらうよ──おぉ、これ、本物だ。おい、ぼくたちは討伐に行けないと伝えろ──今すぐだ! どこでこれを、いや、譲ってくれるんだな!?」
「そう申し上げておりますわ」
「これでぼくの氏族は……くっくっくっくっく」
「報酬はいただけまして?」
「ああ、もちろん渡す! このカードには金貨3万枚分の預金があるから、ぼくたちが権力を掌握した暁には、もっと払ってあげるよ! ふふふふふふふふはははははは!」
悪い笑いですこと。
ご表情すべてに欲望がむき出しになっていらっしゃいます。
恐ろしいですが、ぬか喜びに終わると考えますと、おかわいそうに存じます。
「ありがたくいただきますの」
「ああ! ありがとう!」
かなりキマったご表情です。
カルト邪教徒の家に火をつけて回った新兵さまが、あのようなご表情をしてらっしゃいましたわ
最後に新緑の殉教者軍団のかたがたのところにゆき、唯一面識のあるクムルヤさまに話しかけました。
「ごきげんよう」
「よう、死んだかと思ってたわ」
「実はお渡ししたい品物を拾いましたの。ですので他の勢力から隠して持ってきましたわ」
「そんなに秘密にする品物なんてあったか?」
「ありましたの。こちらですわ」
「おまっ、これっ!? まじで言ってんのかよ。すげえじゃねか!」
「ええ。報酬をいただけるとお聞きしましたので、頑張って取ってきました」
「すげえなお前! お前! 簡単にとれるもんじゃねーぞ! いや本気かよ。どこで取ってきたんだよ」
「ですから遠出しただけですわ」
「はー遠出。遠出だけで手に入らねえだろ。まあいいか。で、いくらほしい? いくらで譲るんだ?」
「お金よりも、他の勢力と仲良くしてくださいませ。あなたがたは平和を愛していると、わたくしは信じておりますの」
「平和って……何を言ってるかわかんねーけど、仲よくすれば霊薬をくれんのか?」
「ええ、あなたがたが一番お強いと聞いておりますもの。武力ではなく外交で解決してくださいませ」
「まあ、族長に進言をするだけしてみるけどよ、期待はすんなよ?」
「信じておりますわ」
「しょうがねーな……」
これでみなさまに霊薬をお渡ししました。
真の効果が表れるにはしばらくお時間がかかるでしょうが、今までに比べれば短いですわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます