第41話 失明の恐怖ですわ

 ふぅ。

 やっとセーフルームにたどり着きましたわ。

 気絶なさったメルクルディさまを壁を背にして座らせます。


 足を引きずってついてきた灰黒狐も、ぐったりとしていましたのでその近くに置きました。

 魔力供給された妖精だけが元気で、わたくしの肩に乗っております。

 

 まったく吐血毒蜥蜴ベノムマッシュルームリザードを一匹狩っただけですのに、どうなっているのかしら。


 わたくしとメルクルディさまは反撃の毒爆発でまともに歩けなくなりましたし、灰黒狐と妖精にいたっては、目を回してしばらく倒れておりました。


 まさか遠距離から攻撃しても、自動的に反撃されるなんて想像の外でしたの。

 毒トカゲの毒胞子フィールドは、近接攻撃をすれば巻き込まれるところまでは読めましたが、それが能動的に反撃してくるまでは読めませんでした。


「くふっ……えっ……けふけふ……」

「メルクルディさまご安心ください。もう安全な場所につきましたから、ご心配なさらずとも平気ですわ」

「こふ、こふ」


 まだ駄目ですわね。

 壁とお背中のあいだにかばんを置いて、楽な姿勢になっていただきます。

 お身体から離れる時に抱き着いてお放しくださいませんでしたが、しばらくそのままでいると落ち着かれて離れられました。


 お強いメルクルディさまを精神的に追い詰めるなんて、たいそうな毒です。

 精度の高い自動反撃フィールドとでも申しましょうか、遠近どちらの攻撃を加えても、背中に生えた紫色のキノコの傘が輝いて、黒い霊魂のような胞子球を撃ち返してきました。


 追尾弾の動き自体はそれほどはやくはありませんが、攻撃しても散らずに追ってくるのが問題です。

 爆発の範囲も広く、巻き込まれるとなまあたたかい熱を放射した後に、腐った果物のような香りがします。


 黒い胞子を吸い込むと最初は目をやられました。

 目に入る光を強烈に眩しく感じます。


 視界がぼやけ、白く塗りつぶされて、太陽を直接見つめたように眩しくて、輪郭が崩れて何も認識できません。

 目をこすっても、凝らしても、変化なしです。

 かろうじて間近くにある自分の指の輪郭が分かる程度の盲目でした。


 こうなってはもう、敵がいると思わしき場所を攻撃するしかありません。

 吐血毒蜥蜴ベノムマッシュルームリザードは大きい身体をしているので、足音が聞こえます。

 わたくしもメルクルディさまもその方向に向かって魔法を撃ちまくりました。


 痛みの叫びが聞こえ、ふたたび毒の爆裂です。

 幸い、わたくしは短い時間で目つぶしから復活できましたので、激昂の地響きを上げる吐血毒蜥蜴ベノムマッシュルームリザードに性格に魔法を撃ち込み、頭にとりついて短剣を差し込み、仕留められました。

 

 ドロップしたキノコのかけらを鑑定して、魔物の名前と毒の効果が盲目であると分かりましたの。


 戦闘が終わった後でもメルクルディさまは治らず、わたくしが手を引いてさしあげなければ動けません。二匹も同じです。

 その場でくるくると駆けていた灰黒狐を捕まえて肩に担ぎ、わたくしを敵を勘違いして耳潰混乱ジャミングの魔法を誤爆した妖精は、鞄にしまいます。


 セーフルームに戻るまでの道のりは、密集した樹木の陰に隠れて魔物をやりすごしました。

 息を殺して魔物の気配を探り、安全な機会をじっと待ち、精霊さまにお祈りをささげて、半壊したまま逃げ帰ってきたのでした。


「メルクルディさまお目覚めでして?」

「ありがとうですぅ……目のお薬を用意してなかったのは失敗ですぅ。ごめんなさいですぅ」

「お気になさらないでください」

 

 わたくしだけが元気でも、どうにもなりません。お食事を作り、壁に寄りかかってお休みしました。

 ほかのパーティのかたがたはお出かけして、少人数のかたがお留守番しております。 

 わたくしたちと同じく静かに休んでおいでです。傷病者なのかしら?

 不寝番の戦士と思わしきかたが、こちらにいらっしゃいました。


「やあ、その様子だと吐血毒蜥蜴ベノムマッシュルームリザードの毒にやられたみたいだけど、抑光薬を分けてあげようか?」

「ご心配なく。ただ疲れただけですの」

「そんなに警戒しなくてもいいですよ。あなたの仲間の動きをみればすぐわかる。ほら、あげる」

「ありがとう存じます」

 

 柔和な雰囲気のかたが、ちいさな薬瓶をくださいます。琥珀色の液体の内部には、皮をはいだサクランボに似た果実が入っておりました。


「ところであなたたちは、どの派閥とも無関係ってのは本当?」

「ええ。フリーの冒険者ですわ」

「ふうん。ぼくはダワト革命同盟特殊任務戦隊のニブル。あなたたちが霊薬を見つけたなら、ぼくたちに譲ってくれないか?」


 なんですのこのかたは。革命家のかたですの? 

 革命家といえば反乱の首謀者と相場が決まっておりますが、刑場の露と消えるまでが革命です。

 つまりお話をしてはいけない、危険なお相手ですわ! 


「あの……ほとんどドロップしないと伺っておりますが……」

「どうしたの、急に静かになったけど。確かに滅多に拾えないけど、万が一ってこともあるから。で、どう? 譲ってくれるの?」

「適切なお値段と、契約の呪いに反しないのであれば、お譲りいたしますわ」

「そうか! 毒に苦戦してようじゃまだまだだけど、あなたたちは2人でここに来る能力があるから、将来に期待しておくね」


 ほめられているのか、けなされているのか、わからないお言葉です。


「それじゃまたね」


 お薬をくださった革命家の戦士さまは、満足そうなお顔でそのままご自分のパーティに戻られました。

 お優しそうな青年ですのに、領主に反旗を翻した革命家でいらっしゃいます。

 虫も殺せぬご表情で、騎士や兵隊を殺戮していらっしゃるのでしょう。

 恐ろしいですわ! 恐ろしいですわ!


「騎士団に革命家、不思議なかたたちがご一緒ですこと。もうひとつのパーティはどのようなかたがたかしら?」

「……安全な人がいいですぅ」

「そうですわね」


 気力が弱っていらっしゃるメルクルディさまの肩をなでて安心していただきます。


 念のため、お薬に鑑定のスクロールを使いましたが、確かに盲目を治す解毒薬でした。

 霊薬をさかんに求めている革命家のかたでしたから、じつは毒をお渡しになって、将来のライバル候補を始末する悪党だと邪推しておりましたが、杞憂のうえに失礼でした。


 さらに念のため、はじめに灰黒狐で効果を試しましたが、きちんと解毒効果が出ました。

 メルクルディさまにお薬を飲んでいただきますと、焦点の定まらない瞳は健康な状態に戻りました。

 メルクルディさまは目を瞬いたあと、わたくしを頭から足まで眺めておいでです。


「まだぼやけておりまして?」

「もうちょっとですぅ。まだキラキラしているので目がなれるまで練習台になってほしいですぅ」

「ええ、ご存分にどうぞ」


 わたくしは妖精にも飲ませつつ、メルクルディさまのご要望通りに、腰に手を当てて見下ろしたポーズをしたり、椅子に座って足を組んでのけぞって首をかしげてみたり、目の前でかがんでみたりいたしました。


 メルクルディさまは様々な角度からわたくしを見て、視野を調整しておいででした。


「……このまま──いえ、ちゃんと見えましたぁ。ありがとございますぅ!」

「どういたしまして。それにしても、失明の毒とはやっかいですこと」

「うーん、このまま狩るのは危ないですし、お薬を仕入れに街に戻りますぅ」

「ご安心ください。わたくしの経験上、お薬がなくても毒を軽減できる方法を存じでおります。それさえできれば、毒など襲るるに足りませんわ」

「そんな方法があったなんて知りませんでしたぁ! どうやるのですぅ?」

「ふふふ、簡単ですわ。ただ、メルクルディさまにはご不便をおかけしてしまいます」

「なぜですぅ?」

「それはですね──」


 方法を説明いたしますと、メルクルディさまは若干引きつった笑顔をなさいました。

 頭をお振りになった後、同意してくださいました。これで何とかなりますわ。



   ###



 この頂林庭園にいる生き物のなかで、一番体力が低く、一番防御が薄く、一番致命傷を与えやすい断頭兎ギロチンラビットでさえ、気を抜くと身体がまっぷたつにされます。


 最初の10日間は、死が間近にありました。


 わたくしたちは兎をメインの獲物に決めて食べ物を手に入れ、時々吐血毒蜥蜴ベノムマッシュルームリザードに戦いを挑みました。

 毒を受けたら撤退して、自然治癒で治ったら、再び失明の毒を浴びます。


 これを何度も繰り返します。


 視力を失う時間は徐々に短くなってゆきました。

 これはわたくしが幼少期に、毒虫の檻で過ごした経験から学んだ方法──毒の耐性がつくまで毒を浴び続ける、です。

 運動すれば体力がつくように、毒も慣れれば無害に近づくのです。


 ただ、最近のわたくしはなぜか毒に対して抵抗力があがり、すぐに治ってしまいますが……。

 

 一番に耐性が出来たのは灰黒狐でした。わずか数回で毒を無効化しました。

 反撃の毒爆発を受けても、平然と噛みつきにゆきます。

 この子に不浄や汚濁に対する耐性が高いとは存じませんでしたが、やはり毛皮が厚いと毒に強いのかもしれません。

 やはり野生の動物は違いますわね。


 次に妖精、こちらも人のことわりを外れた存在ですので、5回ほどで効かなくなり、爆発の中を滑らかに飛び回っております。もともと遠目に見れば大きな蛾に似てなくもありませんし、毒と親和性があるのでしょう。


 最後に耐性ができたのはメルクルディさまでした。

 メルクルディさまは目が治るたび毒を浴びましたので、一日の大半を失明して過ごされました。


 治癒、失明、治癒、失明と繰り返しますと、メルクルディさまのお心が、不安定になってしまわれました。

 光を失っている間は戦えませんし、全員でメルクルディさまが治るまで、セーフルームで待機するのは心苦しいと、無理を押して狩りに同行されました。


 もちろん戦えませんので、不可視の壁を作る暗黒魔法で防御していらっしゃいましたが、これはガラスのように脆く、簡単に壊れてしまいます。

 メルクルディさまはこのようにして治るまでの時間を過ごされました。


「えへへ……私は役立たずですぅ。アテンノルンさまの足を引っ張って、ごめんなさいですぅ。見捨てないでください」


 一日の終わりに毒を浴びてセーフルームに戻られたメルクルディさまは、生きる気力を失われたご表情でした。

 難民のかたが似たような表情をしておりましたわ。


「わたくしがついておりますわ。メルクルディさまの神さまもきっと応援してくださいます。こんなに毒を浴びて、頑張られているメルクルディさまを、闇の中から応援してくださいますわ」


 すこしでも不安を和らげるために、メルクルディさまの耳元で小声でささやきます。


「そばにいてほしいですぅ」

「もちろんですわ」

「手を握ってほしいですぅ」

「はい、わたくしはここにおります」

「だ、だ、だきし」

「あーあ。シットニンゲンのくせにこういう時は素直になるんだぁ。ふーん」

「急に大きな声をだして、どうしましたの」

「シットニンゲンの心を言ってあげただけ。してほしいことでいっぱいなの!」

「メルクルディさまはご立派なかたです。今はご不安になっているだけですわ。尊敬できるかたを子供扱いしてはいけません」

「夜でいっぱいのくせに」

「メルクルディさまは暗黒神官にお仕えしている信徒なのですから、闇に親和性があるのは当然ですわ」

「そうですぅ。しばらく瞑想しますねぇ」

「なんなのこいつ」

 

 お静かにしていなさい。



 吐血毒蜥蜴ベノムマッシュルームリザードは毒さえなければ、ただの強い肉体をもった動きの鈍い恐竜です。

 10日も経てば、安全に倒せる獲物の仲間入りを果たしました。


 一撃で死んだり、戦闘できないほど不具になったりしなければ、何事も慣れます。


 突っ込んでくる兎の速度も、失明する毒も、丸呑みにする動作も、分析して、学習して、慣れれば恐れる必要はありません。

 命がかかっているのですから、肉体が否が応にも順応しますし、怪我の痛みも我慢できます。

 そう考えておりました。


 短時間で毒を浴びすぎて限界になったメルクルディさまが、何もない壁を調べ始めて、神さまに続く道が隠れているとメイスで殴り始めたときは、さすがに別の獲物を探しました。

 確実に盲目の時間は短くなっていったのですが、それに比例してお心が恐慌に満たされておいででした。


 魔物を倒し続けていると、あたまのなかに何かが流れる感覚がします。今まで知らなかった新しい精霊さまのお力が、武器に習熟するように、使いかたをひらめきます。

 お力を借りる方法が、きらぼしのごとくひらめき、それはお味方を強化する光の膜だったり、ゴーレムを作り出す土の術式だったり、相手の正気を失わせる闇の視線だったり、射撃をはねのける風のヴェールだったり──精霊さまが世界を構築している力を、わたくしの身体を使って別の要素に変化させられました。


 あたらしい魔法を覚えるたびに、世界の真理に触れ、世界を動かしている大きな流れに、このわたくしが漂っているのだと実感できました。


 わたくしが宗教家や哲学者でしたら、これらの感覚を分析して「なぜ生きているのか」「善とは何か」といった命題の答えを解き明かす一助になったのかもしれません。


 ですがわたくしはただの俗物ですので、世界に存在している実感よりも、この力を使って不義理を働いたかたがたに、思い知らせて差し上げる方法しか考えておりません。

 偉大な時の流れも、世界の在り方も、生きる意味も、極小の視線しか持たないわたくしには無意味な真理ですの。


 そのような内容を、休憩中のメルクルディさまにお話しました。

 メルクルディさまは心のバランスが不安定でいらしたにもかかわらず、わたくしのお話を熱心に聞いてくださりました。


「誰のおかげか考えると、信仰につながりますぅ」

「誰の……? わたくしが成長できた理由を考えますの?」

「うーん、もっと根源に目を向けるですぅ。この世界を作ったのは誰か考えるのですぅ。この大地が、大陸が、星が生まれたとき誰がいましたかぁ?」

「偉大なお力が働いて、この世をお造りなったのではなくって?」

「そうですぅ。この世界が作られたから、アテンノルンさまはいるのですぅ。作ったのは神さまですぅ」

「元をたどればそうなりますわ」

「アテンノルンさま。暗黒神フィリーエリさまは欲望を肯定してくれますぅ。私たちを作られたお力の表現者の一柱が、私たちの欲望をよいものだと認めてくれているですぅ。欲望があるからアテンノルンさまは強くなって、世界の秘密を考えられたのですぅ。全部神さまのおかげですぅ」


「そういうお考えもありますのね」

「だからアテンノルンさまも神さまを信じて、この世界にいられる感謝をささげてほしいですぅ」

「わたくしは精霊さまに供物をささげておりますの」

「精霊は神さまの純粋な力の発現ですぅ。もっとも偉大な神格に目を向けてほしいですぅ」


「そうすれば、メルクルディさまの欲望は満足しますの?」

「えっ、あぅぅ、その、その……! 私の欲望は、あううう……アテンノルンさま、落ち着きたいので頭を撫でてくださいですぅ。ほめながらでないとダメですぅ。でないとまだすべきでないことをしてしまいますぅ」

「何をおっしゃって──」


 脈絡のないお話に、思わず失礼な言葉を口走りそうになりましたが、ぐっとこらえました。

 メルクルディさまは今、お心が不調です。


 子供返りしても不思議ではありません。妖精のごとく抱き着いてくるメルクルディさまを受け止め、頭をなでました。


 そういえば妖精と同じ矢避けの魔法を覚えましたが、あれは風の精霊さまのお力をお借りしていたのですね。

 やはり空を飛べる種族は、風の精霊さまにほど近い存在ですわ。


「髪をなでてもいいですかぁ?」

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