第18話 少女のような少年のかたですわ
希望するメンバーが見つかったので、ひき合わせたいとの連絡を受けて、わたくしたちはすでに飲んでいたのですが、身支度を整えてギルドに向かいました。
まっていらしたのはいかにも
ショートヘアの青髪に、大きな緑の目、小さなおくちにわずかにピンク色に染まった頬、窓際で
「お初にお目にかかります。アテンノルン・メリテビエ・セスオレギーゼですわ」
「あの、は、はじめまして! 募集を見てきました! 僧侶のベルナールです!」
……ベルナール? 男のかたのお名前ですが、もしかしてわたくしの目の前にいる少女は、もしかして男のかたですの?
「あの、ぶしつけな質問で申し訳ありませんが、ベルナールさまは男のかたで間違いありませんの?」
「はい! 14歳になったばかりです! パーティは初めてですが、精いっぱい頑張ります!」
「……なるほど。強さをお聞きしてもよろしくて?」
「ギ、ギルドにあった魔道具だとレベルは11で、使える魔法は3つです」
パーティが未経験でもお強くなれるのですね。
わたくしがそうでしたし、きっとソロで魔物をお倒しになられたのでしょう。
おひとりでの戦いに慣れていらっしゃるのでしたら、見た目よりもしっかりなさっているかたなのかもしれませんわ。
「いままでソロで戦っていらしたのね」
「えっ、いえ、あの……」
「違いまして?」
「その……」
「わかりましたぁ、この子は座学僧侶ですぅ」
「うう……は、はい……」
「座学僧侶……?」
「はいですぅ。戦いに出なくても、神さまに祈りをささげるだけで魔法は覚えられますぅ。初級魔法だったら1年くらい祈ったら覚えられますぅ」
「まあ、そんなやりかたがありますの」
「は、はい……。じつは今まで神殿でお務めを果たしてきて、最近この街に来たばっかりです。ボクも立派な僧侶になりたくて、神殿にお願いして布教の旅を許してもらいました」
ベルナールさまがはにかんだ笑顔でそうおっしゃいました。まさに、まっさらな状態ですわ。
「祈りで魔法が覚えられるのでしたら、危険な冒険者にお就きにならくてもよくてはありませんこと?」
「それは……すごく時間がかかるからです。えっと、1年でひとつの魔法で、ひとつ覚えると、次のレベルが2年で、2年でふたつ覚えたら5年で済むのですが、3年で3つは9年もかかっちゃうので……」
指を使って説明してくださいますが、わたくし理解できません。
わたくしの困惑が伝わってしまい、ベルナールさまはうまく説明できないご自分を責めて、うつむいて赤面なさいました。
「ご、ごめんなさい……説明がへたで……」
「お気になさらないでください。メルクルディさま、お教えいただけまして?」
「はいですぅ。まず、祈りで魔法を覚えるなんて昔の方法なので、今では子供しかやらないですぅ。10レベルまでの魔法を全部覚えるなら、6年かかりますぅ。10レベル以降の魔法は、ひとつ覚えるのに2年かかりますぅ。30レベルなら3年ですぅ」
「その加算方法でしたら、90レベルの魔法を9年かけて、最初に覚えられまして?」
「無理ですぅ。段階を踏まないと、高レベルの魔法は覚えられません。10レベル区切りで覚える魔法の数が増えていきますぅ。祈りだけで高レベルの魔法を覚えるなら、レベル70に取りかかるときは100歳を超えますぅ」
「長寿のかた向けの方法ですわね」
「だ、だから、実戦で経験を積んで、早く強くなりたいです!」とベルナールさま。
「そういえば、動機を聞いておりませんでしたわ。お強くなりたくて、わたくしたちのパーティに参加しますの?」
「あ、あの、それもありますけど……人のために戦っているあなたの姿を見て、パーティに入りたいと思いました」
人のために戦って……?
社会のゴミを何人かお掃除しただけで、世間の役にたっているとお認めくださって嬉しいですが、もしかして別のパーティのどなたかと勘違いなさっているのかもしれません。
ですがよしといたしましょう。
「お褒めにあずかり光栄ですわ。ぜひご一緒したいですが、メルクルディさまはいかがでして?」
「ボ、ボクを採用してくれますか?」
「良いと思いますぅ。ダンジョンで鍛えれば、名代さんが文句を言えないレベルに、すぐ育つですぅ」
「ライゼさまは?」
「……」
目をそらされました。
自分自身を抱きしめて顔をそらすポーズは、質問されたくないときの仕草です。獣人のかたですので、難しい判断はおできになりませんので、仕方ありませんわ。
わたくしとしましては、パーティに入れても良いと存じます。実戦経験がなくとも、5日もダンジョンに籠れば、否応なしに戦いの機微を理解してくださいます。命のかかった戦いは、何よりの経験ですもの。
このかたが村に赴任されてからも、若すぎて住人が言うことを聞かない可能性もありますが、それも押さえつけるだけのお力があればいいだけですわ。
自衛能力のないものは、従うしかない。これが世界の摂理ですもの。
強くさえあれば、なんとでもなります。
ああ、それにしてもお美しい少年ですわ。愛くるしい仕草に、透き通ったお声、少年愛好家のかたが見れば、よだれを垂らして、お金を山と積んで求めるでしょう。
「えっ……」
「ア、アテンノルンさま!? なんてことを言うのですかぁ!」
「あっ、ち、ちち違いますの!? これは、さる貴族のかたのあいだで流行ったほめ言葉ですの。決して侮辱する意図はございませんので、どうかお許しくださいませ!」
声に出していましたわ! 少年──ベルナールさまは悲しそうに眉をしかめました。瞳がうるんで、傷つかれております。
繊細なガラス細工に傷をつけてしまったような、あるいは高価な宝石にひびを入れてしまったような、取り返しのつかない行為をしてしまいました。
「わたくしにできる償いでしたら、何でも致しますので、どうかお許しください……」
「私からも謝りますぅ!」
「い、いいんです……自分でもわかっているんです。顔をあげてください」
ベルナールさまは逆にわたくしを気遣って、許してくださいました。お顔だけでなく心根までお美しいなんて、素敵なかたですわ。
わたくしはベルナールさまに謝りつつ、募集した経緯を説明いたしました。実は村長を募集していたとお知りになったベルナールさまは驚いていらっしゃいました。
弱者救済の暗黒教義にそった運営を求めているとお伝えすると、宗教的な情熱から賛同してくださいました。
「あの、ボクに領主なんて果たせるのでしょうか?」
「その点はご心配なく。わたくしが効率的なやりかたをお教えいたします。従軍義務に関しても、狩りで鍛えますので平気ですわ」
「でも、人の役に立ちたいですけど……大人の人に命令するなんて、不安です」
納得してくださいましたが、躊躇していらっしゃいますわ。
お悩みになっていらっしゃいますが、その、両手を後ろにまわして腰のあたりで重ねて組んで、身体を左右に揺らすしぐさは、若干のあざとさを感じますわ。
いえ、きっと無意識なのでしょうが、いかにも困っている風な、もじもじした仕草を拝見しますと、胸のときめきを覚えてしまいます。
「村の戦力は独りではありません。こちらのライゼさまも一緒です。徘徊している魔物程度なら、苦も無く倒せるくらいにお強くなりましょう」
「こ、怖いですけど……やってみます!」
「アテンノルンさまぁ。狩りをするなら南のミンワンシン市にある「凶暴の平原」が良いと思いますぅ。あそこの敵は装備をドロップするですぅ」
「武器や防具が落ちますの?」
「はいですぅ。確率は低いですけど、もし拾えたら装備を買うお金の節約にもなりますし、村を守るなら替えの武器もあったほうがいいですぅ」
「さすがはメルクルディさま。お詳しいですわ」
「えへへ……相手はニンゲンモドキですので、がんばって倒しましょう!」
「それではベルナールさま、それでは今日から一緒に頑張りましょう」
「はい! 精いっぱい頑張ります!」
胸の前で両手の拳を固めたベルナールさま。素直な少年は見ていて心地いいですわ。これで強さを身につければ、きっと村人からも信頼されますし、わたくしの隠れ家にもなりますわ。
「それでは当面の装備を調達しにまいりましょう。そのあとは懇親を兼ねて、夕食をご一緒したく存じますが、いかがでして?」
「は、はい!」
メルクルディさまのアドバイスを受けつつ、既製品と中古品でベルナールさまの全身装備をそろえました。
寸法を測っていただき、お身体に装備をあわせ、付与の性能を選び、武器を研ぎに出します。
わたくしはそのあいだに別の商店に寄って、穀物や衣類、食器、日用雑貨、工具、家畜といった、村の生活に必要な品物の値段を調べました。
現地で製造できる品物もありますので、全てを購入する必要はありませんが、概算で一戸あたり6~8人家族と想定しますと、食費だけで金貨200枚は必要です。
村にある30戸全てが埋まるとすれば、1年で金貨6000枚。さらに今は西の街道で伯爵さまの軍隊が、蛮族と戦っていらっしゃる関係で、食糧が高騰し始めており、このままでは値段が5割ほどあがる予定だと教えていただきました。
5割もあがったら金貨9000枚ですわ。わたくし、食費だけで破産してしまいますの。
募集人数は絞ったほうがよいのかもしれません。わたくしたちの経済力と、収穫までの時期に、村人を養える数が比例しますもの。それにしても穀物の高騰は困りますわ。
わたくしは穀物商のかたに雑談がてら、戦況をおたずねしました。
「戦争が長引くとたまりませんわね。当分、終わりそうにありませんの?」
「ああ、大きな声じゃ言えないが、負けっぱなしらしい。王領に続く街道が占領されているから、伯爵さまは威信にかけて取り返そうとしているが、都市の郊外まで前線が下がっているって話だ」
「まあ、そこまでよくないとは存じませんでした。お詳しいのですね」
情報に驚きますと、商人さまは楽しそうにお話します。
「商人は情報が命だからな。周囲の村は蛮族に略奪を受けていて、村人が街に逃げこんでる。街の中は人間でいっぱいだ」
「ものを売る良い機会ではありませんこと?」
「そりゃそうだが、生活基盤を壊された農民だからな。持っているカネが尽きたら、あとは借金だ。限度がある」
「なるほど」
お金のないかたが最後に売る商品は、自分そのものですからね。
二等市民どころか、家畜に近い扱いをされる可能性もあります。尊厳まで売り払うと、心が血を吹きますわ。
「街は落ちないだろうが、街道が悪くなると、商売にならねえよ」
「蛮族を押し返した後、村人さまはもとの暮らしに戻れますの?」
「無理だな。村は焼け野原だし、道具もない。結局借金だな。どうだい、いっそのことあんたの村に住ませてやればいいんじゃないか?
「お詳しいですのね。この地方では、よその領地の村人を、断りなく勧誘してもいいですの?」
「そりゃよくないけどよ。でもな、戦いがいつ終わるかわからないんだ。カネが尽きる前に新天地に誘うくらいは許されるだろ」
穀物商さまは、投資しろとおっしゃっています。
村人がいらっしゃれば、収穫するまでのあいだの食糧を売れますし、基盤が安定すれば取引もできます。さすが商人さまはご自分の利益に
わたくしの経験上、村人をよそから勝手に移住させても、ごまかす方法はいくらでもあります。悪くないアイデアなのかもしれません。
「お頼みしたい要件がありますわ」
「なんだ?」
わたくしは穀物商のかたと話し合い、必要経費の細部を詰め、前金をいくらかお支払いしました。条件が条件だけに、たいした人数は集まらないでしょうが、それでも数家族はいらしてくださるかもしれません。
片道で12日、現地での募集時間を考えると、約30日を見ておけばいいでしょう。
それに合わせてこの街でも、先行して募集しておきました。
『暗黒神フィリーエリに仕えるならば、一年間の衣食住を保証する』
この募集文ですもの。文字数に制限があるので仕方ありませんが、わたくしならば邪教を疑いますわ。
生活のかわりによその国のローカル宗教の一柱を信仰するなんて、簡単に決められる内容ではありません。教義や移住条件を説明してくださるかたを、一人雇うべきですわね。
太陽の沈む時間に、メルクルディさまたちと合流しました。
そのまま夕食に向かって、今日の成果を話し合います。費用のお話をいたしますと、メルクルディさまは嬉しそうに笑って頷き、ライゼさまは無言で首肯し、ベルナールさまはコップを両手で抱えながら、目を輝かせて何度も頷いておいででした。
「メルクルディさまのお金も計算に入れてしまいましたの。事後報告をお詫び申し上げます」
「お金がたくさんかかりますねぇ」
「ええ。ですがあれがありますわ」
「……そうですぅ。増えるなんて思わなかったですぅ」
「きっと天運があったのですわ」
「はいですぅ……ずっと持っているのが怖かったですから、うれしいですぅ」
メルクルディさまはそっと鞄に手を触れました。割れやすい鶏卵取り扱うようなご表情で、悲し気に眉を下げられます。
「あのぅ……お金でしたらボクもいくらか持っています。村人さんのためになるなら、どうか使ってください!」
ベルナールさまがお財布を両手で差し出してまいりました。自分のお金を他人のために使おうとするなんて、殊勝な心をお持ちですわ。
わたくしはそっと手を包んで、お財布を胸の前に戻しました。
「お気持ちだけで十分ですわ。そのお金はご自分のためにお使いください」
「で、でも……ボクもお手伝いをさせてください!」
「今はまだ結構です。ベルナールさまがお強くなってから、お助けくださいませ」
「はい……」
悲し気にうつむかれてしまいました。素直ですこと。
ですが資金調達の労働効率を鑑みますと、今はご自分に投資して、怪我をなくしたほうが、結果的にはたくさんのお金を稼げます。
美しい献身のお気持ちだけで、わたくしはとてもうれしいですわ。
そう申し上げますと、はにかんで笑っておいででした。
夕食後、メルクルディさまとベルナールさまは連れだって宿に戻られました。去り際に聞こえてしまった会話が、若干不穏でしたの。
「ベルナール。これは忠告ですけど──私が血契しますからねぇ。余計な手出しをすると
「そ、そんなつもりはないです……」
「それだったらいいですけどぉ、約束ですよぉ」
「は、はい……」
血契とは宗教的な儀式でしょうか。
わたくしを暗黒神殿に誘う儀式なのかもしれませんわね。あいにく入信するつもりはありませんし、そうお伝えしておりますが、まだあきらめていらっしゃらないのですね。
わざわざ釘を刺している仕草を見ますに、新しい信者の入会が、功徳を積む方法なのでしょう。温厚なメルクルディさまでも、教団内でのお立場を気にしていらっしゃるのですね。やはり権力欲は原動力ですの。
俗世間の人間と同じに感じられてうれしいですわ。
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