第16話 肉とお金を出していただいて…
街に戻ったわたくしたちは、すぐにギルドに向かいました。
たった一日で腐乱し始めた
白亜の建物は相変わらず、冒険者さまで込み合っております。
麻布に包んだ死体を引きずってはいりますと、みなさま顔をしかめられました。
「おまえら、何を持ってきたんだよ!」
「何って、討伐対象ですわ」
「ばかやろう、だったら買取カウンターに行けよ。こっちに持って来るんじゃねえ!」
「教えていただき、ありがとう存じます」
袋を引きずって、南にある別の入り口に向かいました。相手いるカウンターに座り、報告します。しばらくすると好みの分かれる目つきをされた受付嬢さまがやってきました。
「おかえり。無事に終わったんだ」
「ごきげんよう。こちらが
「すぐに確認する。名代に報告するから、報酬の受け取りはしばらく待って」
「ええ。それから、帰り道で冒険者さまに襲われましたの。不本意ながら身を守るために抵抗いたしましたわ」
「なに? どうなったの?」
「一人を残してお亡くなりになりました。メンバーズカードを回収いたしましたので、お預けいたします」
カードをうけとられた受付嬢さまは、何かを察したご表情をされました。
目を細めてわたくしを見ます。
「ひとり足りないけど、エルはまだ生きてんの?」
「エル……?」
「赤毛のやつ。あんたにここで絡んできたでしょ」
「まあ、思い出しましたわ! あのかたは見逃して差し上げました。きっと今頃は反省して、地に足のついた考えかたをなさっているでしょう」
「あんたって優しいのかわかんない……できれば次は殺さないで。確認とか真偽判定の申請とか、大変なんだから」
「まあ! 被害者に言うお言葉ではありませんわ」
「20レベルも下の相手を、あしらえないとは言わせないよ」
「そんなに下だとは、存じませんでしたの。それにわたくしレベルなど信じておりません」
強盗が冒険者だった場合、手加減する必要があるとは存じませんでしたわ。強盗は強盗でしょうに。
ですが、わたくしは受付嬢さまと喧嘩をしたいわけではありませんので、黙っておきました。
「こっちのほうの処理は、もっと時間がかかるから、30日は見ておいておくれ」
「承りました」
「そういえば、他の連れはどうしたの?」
「メルクルディさまとライゼさまは、別の用事をしておりますわ。ですので報告にはわたくしだけで参りましたの」
「そう。依頼が依頼だし、まあいいか」
「どういう意味ですの?」
「パーティを組んで短いやつがひとりで報酬を受け取りに来ると、いろいろ面倒があるの。悪辣な奴だとパーティの連中を置き去りにして、ひとりで報酬を受け取ろうとしたりする。ほかにはリーダーが死んでしまって生き残りが報酬を受け取るときに、別々に来て全額受け取ろうとしたり、いろいろ面倒があんの」
さすが、力と好奇心がすべてのご職業ですわ。詐欺行為も日常的に行われていますわ。
「緊急の依頼は今のところないけど、あんたたちはまた毎日ダンジョンに通うんだろ?」
「ええ、そのつもりですわ」
「それだったら、ときどきこっちのカウンターにも顔を見せて。返事がきたらあんたに伝えるから」
「わかりましたの」
わたくしはギルドを出ました。ああ、はやくお仕事を終えて、お風呂に入りたいですわ。死臭が染みついた装備もメンテナンスに出したいですの。
防具屋でおふたりと合流します。
「武器を売ったお金は、剣が金貨80枚、杖が300枚、弓が160枚、斧が60枚でした」
「ご苦労様です」
「ライゼさまには現金で渡しておきました」
それなりのお金になってなりよりですこと。
さて、依頼も無事終わりましたし、道案内のライゼさまともここでお別れです。村を受け取ったその時には、ライゼさまにも管理に参加していただきたいのですが、はたして受け入れてくださるでしょうか。
提案するにしても、もう少し落ち着いた場所でやるべきですわね。
わたくしたちは防具の修理を頼んだ後、公衆浴場に向かいました。
緊張をほぐすには、熱いお湯につかるのが一番です。せっかくなので追加料金を払って、怪我に効く薬湯を選びました。
ここでしたら、普段は噴水で身体を洗っている獣人のライゼさまも、嫌な顔をされずに入れますわ。
入る前にメルクルディさまに相談しますと、獣人でも公衆浴場は普通に使ってもよいと説明くださいました。
不要な心配でしたの。
薄い緑色の湯船に、肩までつかりました。
熱いお湯の感触が体中をほぐしております。皮膚がじんじんと刺激され、疲れがとけてゆく感じがいたします。
湯船には黄色い果実やハーブの詰まった袋がいくつも浮かんでおり、甘くさわやかな香りのお湯が、全身を癒してゆきました。
「きもちいいですぅ」
「そうですわね」
「……」
「ライゼさまはまだお話になりませんの?」
「……」
「毎日回復魔法をかけたので、喉はもう治ってるはずですけどぉ、喋りたくなくなったのかもしれないですぅ」
「そういう症状もありますのね。ですが、無理にお話になる必要はないでしょう」
「不便じゃないですぅ?」
「それをお決めになるのはライゼさまですわ。話すご気分になるまで、わたくしがお世話をすればいいだけです」
「なるほどですぅ。ふあ~、久しぶりにお湯につかると、眠くなっちゃいますねぇ」
メルクルディさまはあくびをしつつ、眠気を覚ますためか頭まで潜水しました。ぽこぽこと泡が浮かびました。
ライゼさまはナイーブな表情で、虚空をみつめていらっしゃいます。
凹凸のすくない筋肉質のからだが水滴でぬれて、じっと動きませんので、浴場にあるオブジェのひとつに見えました。
大切なご家族を亡くされて、無気力に支配されております。お気の毒ですわ。
「そういえばメルクルディさま。村の統治の件はお考えになってくださいまして?」
「あうう……」
「村の管理なんて簡単ですわ。襲ってくる敵を倒して、さらにこの地方の領主さまにメルクルディさまの戦闘能力で貢献すればいいだけですの」
「でも、私に領地なんて、困りますよぉ。何をしていいのかわからないですぅ」
「税金を取り立てるだけですわ。夏の税と秋の税、それに年一回の人頭税、あとはお塩とお酒に課税して、商業に税金をかけるだけですの」
王権との兼ね合いもありますが、わたくしこの地域の統治者がどんな税金をかけているのか存じませんので、一般的な概要だけをお伝えましました。
「難しそうですぅ……」
「まずは住民にもっている財産を計算しますの。土地の広さと収穫量を計算すれば、収入が分かりますので、それに応じて税金をおかけください。一概には言えませんが、4割程度なら大人しく支払います。7割、8割を超えますと、言葉ではなく行動で文句を示すかたが出ていらっしゃいますわ」
「反乱を起こすのですぅ?」
「ええ。暮らしてゆけないほど税金を取られるなら、庇護者などいないほうがマシだと思われるのです」
「ひええ、私にできるでしょうかぁ」
「できるかたを雇えばいいのです。徴税官なんて旨味のあるお仕事は、なり手が砂漠の砂のごとくいらっしゃいますわ。世渡りに長けた官吏のかたは、年一回の人頭税を余分に何度も取りたてて、財産を増やしておりました。ただこれもやりすぎますと暴動が起こり、原因をつくった官吏は縛り首になりますわね」
「あうう……」
「これはさるかたから教えていただいた領地経営のコツですが、農民に温情をかけてはお互いのためになりません。甘やかしすぎると力を持った農民が税制に反発します。取り立てすぎると逃げ出します。ですので、生かさず殺さずのぎりぎりを見極めますと、治安の安定した運営ができますの」
「農民さんが可哀そうですぅ……」
「それでしたら、もっと簡単な方法がありますの。土地をすべてメルクルディさまの教団が所有すればいいのですわ。それでしたら信者は税金を取られている意識がありませんし、そもそも奪われていると思いません。どれだけ甘やかしても、メルクルディさまのために働き続けますの。メルクルディさまの財産──いえ、家族の一員なのですから」
「でも、私はアテンノルンさまと一緒に冒険がしたいですぅ。いつか私の故郷に遊びに来てくれるときまで、ずっと一緒にいたいですぅ」
真剣なまなざしがわたくしを見つめました。宝石のようにきらめく瞳が、美しい輝きをたたえて、わたくしの心までのぞき込むようです。
ついつい赤面してしまいました。
「そ、そうですの。それでしたら、仕方ありませんわ」
「ごめんなさいですぅ」
「いいえ。わたくしこそ、無理を言って申し訳ありません」
「……」
「……」
熱い蒸気とゆれる湯船の音が、妙に響きました。別の棟にある屋外風呂の喧騒が、小さく聞こえてきますが、この薬湯風呂は不思議な緊張感で満たされております。
な、何か話題を考えませんと……ああ、精霊さま、どうかお力を──そうですわ。わたくしは精霊さまに頼りますが、メルクルディさまは信仰する神に頼っておいでのはずです。信者つながりで、協力を仰げないでしょうか。
「メルクルディさまがお仕えになっている、暗黒神殿の信徒のかたに、村をお任せする案はいかがでしょうか。確か教義では、弱者の救済を掲げておいででしたわね。高潔なかたでしたら、安心して村を任せられます」
メルクルディさまがパッとお顔を輝かせました。
「良い考えですぅ。アテンノルンさまは貧しい人たちのことを考えていたのですね!」
「……ええ。メルクルディさまが信仰なされている神様ですもの。信徒のかたも信頼できますわ」
「わー! うれしいですぅ!」
じゃばじゃばとお湯をかき分けて、メルクルディさまがわたくしに抱き着いていらっしゃいました。腕に柔らかい感触があたっておりますが、かなり栄養のあるお胸ですわね。安心感のある大きさで素敵だと存じます。
「それに冒険者のかたでしたら、戦争に必要な戦力になっていただけますし、適任だと考えますの」
「はいですぅ!」
頬ずりされるとくすぐったいですわ。メルクルディさまをそれとなく引きはがします。
暗黒神殿の信徒を統治者にするアイデアは悪くないと思いますの。
僧侶のかたが信奉する神の魔法を使うためには、教義の遵守が必要です。もし教義に反する行為をしてしまえば、魔法を使う権利をはく奪されてしまいます。
ですので、メルクルディさまと同じ魔法をお使いになるかたでしたら、教義を守っていると同一ですので、弱者の救済には信頼がおけます。
万が一、わたくしたちが官憲に追われる事態が起こった場合、逃げ込める場所を提供してくださるでしょう。安全地帯はいくつあってもいいですわ。
「ぴったりなかたが見つかるといいですわね」
「はいですぅ。きっと引き受けてくれるですぅ」
「それでは、冒険者ギルドに求人を出しましょう。こちらはパーティ募集でよろしくて?」
「パーティではないと思うですぅ。でも、領地を管理する人を募集すると、変な人も来そうだし……フィリーエリさまの信徒を募集して、詳しいお話はひとりでするのがいいですぅ」
「なるほど。さすがベテラン冒険者さまですわ。頼りになりますの」
「えへへ……いつでも頼ってください」
ローカルな暗黒神の信者のかたはどの程度いらっしゃるのか存じませんが、きっと来てくださるでしょう。
あとはいかにして説得するかですが、やはり先立つお金が必要ですわね。
さらに住人のかたが次の収穫まで暮らせるだけの資金が必要です。
武具の借金もあります。
ソウルクリスタルは精霊さまの捧げものにしましたので、わたくしの分は残っておりません、やはりダンジョンでお金を稼いで、それをお渡しして、当面の資金にしていただくのがよいでしょう。
メルクルディさまにも、いくばくか村に投資をしていただけるようにお頼みしてみましょう。ああ、今の喜んでいらっしゃる状態が、頼みごとをするには良いのかもしれません。
「メルクルディさま、お願いがあります」
「何ですぅ?」
「メルクルディさまのお金を少々、村の投資に回していただけないでしょうか?」
あざといとわたくしもわかっておりますが、ボディタッチを多めに、メルクルディさまにお願いいたします。湯船の下に沈んだ手を両手で持って、懇願します。
「あ、あわわ……お金が必要なのですぅ?」
「はい。次の収穫まで農民を養うお金が、わたくしだけでは足りないのです。ですので、どうか貧しいかたのために、メルクルディさまのご助力をたまわりたいと存じます。メルクルディさまだけが頼りなのです」
手を強く握って、本気だとお伝えします。メルクルディさまはわたくしをまっすぐに見て、嬉しそうに目を細められ、なぜか頭をお振りになって、真剣な目つきでわたくしを見ました。
「わかったですぅ! 私も援助しますぅ」
「まあ! ありがとう存じます!」
「あの、あの……その代わりなんですけどぉ、ひとつだけ、私のお願いを聞いてほしいですぅ」
「ええ、もちろんですわ。わたくしにできることなら、なんなりとお申し付けください!」
「ほんとですかぁ! そ、そっ、それでしたら、いつか、いつか、私の故郷に来たとき、一緒に神殿にお参りしてくださいですぅ!」
「ええ、いつかきっと、参拝させていただきますわ」
「うわー! わああー! うれしいですぅ! 重転換魂
お参りするだけでいいなんて、メルクルディさまはほんとうに欲のないおかたですわね。神にお仕えする信者のかたは、やはり高潔な精神をお持ちになっていらっしゃいます。
ざぶざぶとお風呂で喜びをあらわにするメルクルディさまのお姿をみて、わたくしもうれしくなってしまいます。
メルクルディさまは絶対ですよ、絶対ですよと何度もおっしゃいながら、喜んでいらっしゃいました。豊満なお胸が揺れて、水しぶきを上げております。
「ライゼさまも、村の再建をお手伝いしてくださいませ。今は癒えない悲しみも、ライゼさまが村を再建なさったとき、きっと喜びに変わりますの。お辛いお気持ちは重々承知しております。だからこそ、前に進んでいただくためにも、どうかわたくしにお力をお貸しください」
湯船につかったライゼさまは、琥珀色の瞳でわたくしをじっと見つめております。正面まで移動して、肩を持って、もう一度同じ言葉を伝えました。
「どうか、どうかお願いいたしますわ」
「……」
湯船を見つめていらしたライザさまの両肩をつかんで、わたくしが本気であるとジェスチャーします。ライゼさまがゆっくりと顔をあげられました。
わたくしを見返しました。茫漠とした虚空を見つめる視線ですが、目を合わしてくださいません。顎を持ち上げて視線を合わせます。そのまま見つめあっておりますと、
「……わかった」
ひさしぶりに聞いたお声は、肯定の意を表してくださいました。
「ありがとう存じます」
「……うん」
素直でいらっしゃいます。やはり話せばわかります。話し合いが重要ですわね。ほっと一息つきましたら、メルクルディさまが頬を膨らませていらっしゃいました。
不思議ですわ。
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