第14話 平穏を与える使命がありますの
メルクルディさまは迷いなく足を進めます。
わたくしは後に続き、その隣に狐、ライゼさまは最後尾です。
村の中は静かでした。
広場も無人で、死体ひとつありません。
中央部にある壊れた噴水だけが、ぬらぬらとした水を吐き出しておりました。
「何もおりませんわね。どこかの家に隠れていらっしゃるのかしら」
わたくしの考えは杞憂でした。
大きな建物の陰から両刃の斧を持った牛の亜人が、鼻息も荒く歩みだしました。
濁った眼でわたくしたちをにらんでおります。
広場の反対側からは、四足歩行のケンタウロス型のゾンビ──人間の部品を組み合わせて作られた縫合体が、むき出しの歯茎でほほ笑みながらひたひたと現れました。
腕を足にするセンスはなかなか冒涜感がありますわ。
2匹はわたくしたちを中心に、円運動を描いております。あれらのもつ斧や手槍には、いずれも乾いた血がこびりつき殺害を明示しております。
「わたくしつぎはぎをやりますわ」
「それじゃ私はミノタウロスゾンビですぅ」
「あっ、ああ、あたっ、ああたしは……」
「ライゼさまは灰黒狐と安全な場所にお逃げくださいませ」
「ああっ、わか、わかか……た……」
怪物たちの円が縮まって、武器が届く範囲に入りました。戦は先手を取ったほうが有利と言われておりますが、わたくしも同意します。
「
地面から、土造の腕が盛り上がりました。
最初はミノタウロスゾンビの脚に、つぎにつぎはぎの足首に、敷石から生成された石くれの手が、絡みつく糸のように足首を捉えます。
一瞬だけ、動きが止まりました。
「
「死ねぇ!」
わたくしの詠唱と同時に、メルクルディさまのお声が背中から聞こえました。一瞬でもゾンビに隙を作れたなら、わたくしの魔法も役に立ったでしょう。
燃え盛る槍を振りかぶって、縫合ゾンビのお胸に向けて──危ないですわ!
身体をそらした真横に、手槍が突き刺さりました。
革鎧のふちをかすって、マントに穴をあけて、地面に突き刺さっております。
この、当たったらどうするおつもりですの! 許しませんわよ! 即座に別の
お返しですの!
槍は縫合ゾンビの皮膚をかすめて後ろに飛んで行きました。
「外れた!? いえ、はじきましたの!?」
確かに正面からぶつかったはずですが、槍は先端からしなってあらぬ方向にはじき飛びました。
手槍がもう一本、胴体の肉と肉の隙間から取り出されます。
にこりと赤子を愛でるようなほほえみを浮かべたゾンビが、足元の
破れたお胸の皮膚の隙間から、暗緑色の鈍い光沢がみえました。
なるほど、身体に鎧が埋め込まれておりますわ。
精霊魔法を弾いたところを見るに、ただの鎧ではなく対魔法の付与がなされおりますわ。
道理で弾かれるわけです。
ま、また肉弾戦ですの?
離れようとしたしますが、手前に引っ張られてこけてしまいました。
なんですの?
手槍がマントを巻き込んだまま、地面に突き刺さっておりますわ! 引っ張りますがなかなか外れません。
縫合ゾンビが手斧を取り出しました。
こ、こいつ、わたくしが動けないと理解しておりますわ。ゆっくりと両手を掲げて、小動物をいたぶる子供のように楽しんで近づいてきます。
手斧を持った腕がゆっくりと振り下ろされました。
短剣の腹を手のひらに添えて、手斧を受けとめます。
肩が外れそうな衝撃ですわ!
鎖グローブ越しに短剣のはらが手のひらに食い込み、暖かい血のぬめりを感じます。痛いですわ! 痛いですわ!
つぎはぎはもう一度手斧を振り上げ、わたくしの頭にむけて振り下ろします。再び短剣ガード。鎖がちぎれて、飛び散ります。
「ぐっ!」
燃えるような痛みが側頭部からやってきました。視界が揺れてふらつきました。
兜の留め金が壊れて、卵の殻が向けたように兜が地面に落ちます。
ゾンビは両手を広げて武器を掲げました。斧と手槍の同時攻撃でしたのね。
「許しませんわよ!!」
詠唱と同時に、大地の精霊さまがつくりだした石礫が飛び出しました。
円錐形の石がお顔にあたって砕け散り、わたくしに腐敗した汚物が降り注ぎます。
いかがかしら、いかがかしら。
さすがに目までは鎧で覆えないでしょう! 頭を半分吹き飛ばせば、いくらゾンビでも堪えましたでしょう!
「うあっ!」
掲げた腕に手斧が振り下ろされました。骨まで響きます。
またやられましたわ! この魔物いつ死にますの!
もう一発、顔面に
あっ、首にそれましたの。腕に力が入らず、想定より下に飛んでしまいました。
つぎはぎの喉元に石が埋もれ、ごぼりと不気味な音がなりましたわ。太い首の途中で止まってしまいました。
ふたたび手斧を腕で受けます。
うう、痛いですわ。腕の感覚がなくなってきましたの。ガントレットの装甲が凹んで裂けて、傷が筋肉にまで達しております。
わたくしの血が肩まで垂れているのがわかります。ゾンビのくせにこのわたくしを殺すおつもりですか!?
「
石礫が開けた首の穴に、燃える槍を押し出しました。
首を貫通した手ごたえですわ。
ゾンビの首が半分もげて、たいそう疑問を感じた時に似た首をかしげたポーズで、120度ほど頭が傾きましたわ。
噴水のごとく黒い血が噴き出しました。
ふふふふ、このわたくしにたてつくからそういう目に合うのですわ! いいい痛いですわ!
まだ動いておりますの!? も、持ち上げないでくださいませ!
持ち上げた手に短剣をさしますが、何本も指を落としても、構わずわたくしの手首を握りこんできました。
まるで大男に握られた痛みです。私の攻撃を無視して手斧を首にあてて、斬首しようとしてきます。
うう、魔法を使おうにも、頭に狙いが付けられませんわ……!
ならば脚ですわ!
「
とっさに脚に狙いを定めて、何度も撃ちこみます。3発目で鎧がはじけ飛び、ゾンビががくりと傾きました。
「いいかげん、お死になさいませ!」
捕まれたまま腕を何とか動かして、傾いてお近くなったゾンビの、頭と肉体を接続している残りの皮膚と筋肉に向けて、
後に残った皮と筋肉と血管が、軽い手ごたえを残して燃え千切れました。
コロンコロンと軽い音を立てて、ゾンビの首がころがりました。
ところが、まだ身体が動いております。首のないゾンビがふたたび手斧を掲げました。まずいですわ。
核は心臓部分にあるのかもしれません。
ですが、鎧があって阻まれます。勝機はまだありますが、掴まれたままでは次の攻撃を避ける手段が──
「うわぁ! 家族を返せ!」
ライゼさま! ライゼさまがいらしてくださいました!
メイスを振りかぶって、背中をめったうちにしております。聖別されたメイスが鎧をへこませ、血と皮膚が飛び散っております。
「返せっ!」
そう叫ばれたとき、ゾンビの手が関節の可動域を超えて、横になぎました。
「ライゼさま!?」
喉から血が飛び散ってライゼさまのお身体が倒れてゆきます。
おのれ、やってくれましたわね!
傷口の中も鎧でおおわれているのか確かめて差し上げますわ。
わたくしはゾンビの身体をよじ登り、首の傷口から体内に向けて、
わたくしを拘束していた手が開きました。今度こそ、縫合ゾンビは動きを止めて、醜悪な肉体を地面に横たえました。
「すぐにお助けいたしますわ!」
鞄の奥にある緊急用のポーションを、傷口に振りかけます。
「……! ……!」
こんこんと湧き出す血の勢いが緩まりましたが、完治には程遠いです。
メルクルディさまの回復魔法が必要ですわ。ご助力差し上げなくては!
メルクルディさまは噴水をはさんだ広場の反対側で、ミノタウロスゾンビをメイスで殴打しておりました。ミノタウロスゾンビの動きは妙に緩慢で、斧を振る動きが傷病者のようにゆったりとしております。
「ご加勢いたしますわ!」
「ありがとうですぅ!」
早く倒さなければライザさまが亡くなってしまいます。
大量に魔法を使ったので、精神の虚無感が広がっておりますが、まだあと数回は使えます。
メルクルディさまを狙って地面に振り下ろした斧を、
すさまじいパワーに拘束は一瞬しか持ちませんでしたが、その間、メルクルディさまが斧の柄を駆け登って、牛頭の脳天にメイスを振り下ろしました。
「えいっ!」
ミノタウロスゾンビの頭部がスイカのごとく粉砕されました。
聖なるメイスが肉を左右に潰し分けて、心臓までめり込みました。
制御を失った巨体がどうと倒れます。
倒れる直前でメルクルディさまが跳んで離れ、広場に着地いたしました。巨大な斧が金属音を立てて転がりました。
「やったですぅ!」
「メルクルディさま! ライザさまがひん死ですわ。お助けくださいませ!」
「えっ、わかりましたぁ!」
ライゼさまは首を抑えて弱い呼吸をしております。お顔は真っ青で、血の気がありません。
「手を捕まえて広げてください!」
「わかりましたわ!」
首を抑えていた両手をはがして、地面に押さえつけます。ひん死とは思えないほど力がこもっております。
メルクルディさまが馬乗りになって傷口に手を当てました。黄色い粒子がキラキラときらめいて、傷口を覆いました。
「助かりまして?」
「はいですぅ。でも傷が深いので、後遺症が残るかもしれません」
「かふっ、かっ……はっ……はっ……!」
徐々に呼吸が落ち着いてゆきます。
顔色が戻られました。
ライゼさまが喉を盛んに動かして、涙目で息をお吸いになっております。
暴れていらした手の力が緩みました。
ひとまず、死は免れましたわね。わたくしを助けていただいたのに、わたくしのせいで亡くなられたら、取り返しがつきません……。
ほんとうによかったですわ。
「アテンノルンさまもひどい怪我をしてます」
「ううっ……何も仰らないでくださいませ。わたくしの弱さが招いた結果ですわ」
「ライゼさんが終わったら、次はアテンノルンさまですよぉ」
慈愛の心が逆に痛みを感じますわ。今は罰の痛みを感じていたいのですが、そのような感傷など、メルクルディさまにはお見通しなのでしょう。
「もし、もし、ライゼさま。お元気になられましたか?」
「……! ……!」
「どうなさいました?」
「……!」
「目についた敵は始末いたしましたので、ご安心ください。助けていただき、ありがとう存じます」
「……」
おかしいですわね。
何もおっしゃっていただけません。わたくし、ライゼさまが口を利きたくないと考えるほど、無礼なふるまいをしてしまったのでしょうか?
助けていただいたのに、不快にさせたままでは仁義にもとりますわ。
「どうかお許しくださいませ。お許しくださいませ。お亡くなりになりかけたのですから、お気持ちは十分にわかりますの。
「……」
「そ、そうですわ、わたくしたちが依頼を達成した報酬に、この村の支配権がいただけるのです。ライゼさまにも村の権利を差し上げますわ。いかがでしょう?」
「……!」
お口をぱくぱくとさせておりますが、ライゼさまは言葉を話しません。呆れかえってしまわれたのです。
ああ、どうすればいいのでしょうか。他に解決策が思いつきませんわ。
「あのぅ、アテンノルンさま」
「どうなさいました?」
「ライゼさんは喉を切られて、声が出せなくなっていますぅ。今は返事したくてもできませんよぉ」
「えっ? そうですの?」
ライゼさまがこくこくと頷いております。まあ、そうでしたの。
「もう、ライゼさまったら! そうでしたらそうと、おっしゃってくださいましたら、よかったですのに、もう!」
ライゼさまもお可愛い性格をしていらっしゃいますわ。
痛い! 腕を叩かれましたの!
「だからしゃべれないって言ってますぅ……」
「申し訳ございません……」
ライゼさまから教えていただいた戦力は殲滅いたしました。
あとは
「やめろ。はなせ、はなせ!」
「くうぅぅぅぅ!」
まあ、一番大きなおうちから、黒づくめで顔色の悪い男のかたが、袖を狐に引っ張られて出てきました。あなた戦闘中に見かけないと存じましたが、捕まえに行ってましたのね。
「離さんか! おれの偉大な実験をじゃまするな!」
黄土色の顔色、白くて薄い髪の毛、眼だけがギラギラした頬がこけた顔つき、黒いローブに白骨化した頭蓋骨のペンダント、いかにも悪の魔導士といったご恰好ですわ。
手には武器さえ持っていらっしゃいません。
「あなたがこの村を襲った
「うるさい! こいつをどけてくれ、とってくれ」
「あなた、離してこちらにきなさい」
「くうぅぅ~~~」
わたくしの命令を聞いて灰黒狐が袖を離して、そばに戻ってきました。
確か、下がっていろと言いましたが、自分で役目を見つけたのでしょう。えらいですわ。
「降伏いたしますか? もし降伏するのでしたら、生きたまま官憲に引き渡しますの」
「おれはどこにも行かんぞ。おれの傑作を仕上げている最中なのだ。邪魔をするな」
「では戦われますの?」
「きさまら、わしのいとし子たちを壊しおったな。おれの作品を認めぬ卑小な連中は明示的に批判を繰り広げる行為を、理解できぬ芸事を情動に対する黙示的な挑戦と受け止め排斥しようとする」
「どういう意味ですの?」
「──フン。道徳的な判断が紐つけられていると勘違いしておるきさまはたちの愚昧さいは、盲目的な島嶼性に似た上部構造を──」
「うるさいですわね……」
お話の途中でしたが、思わず殴りつけてしまいました。
戦闘で気が立っている状態で、無駄話が過ぎますの。
あくまで討伐対象ですので、今お死にになるか、後でお死にになるか、答えていただきたかっただけですわ。
顎にパンチがあたった
「とどめをさしますかぁ?」
「生かして連れて帰れとは言われておりませんが……そうですわ。メルクルディさま、しばらくこのかたを見張っていただけますか?」
「はいですぅ」
「ライゼさま。このかたが出てきた建物を探索してみましょう。可能性は低いですが、村人さまが生きている可能性がありますわ」
ライゼさまはハッと気づいたお顔で、大きな家に走られました。
「それでは確認してまいります」
「いってらっしゃいですぅ。お気をつけてぇ」
メルクルディさまと灰黒狐を残して、わたくしたちは家の中に入りました。
扉の内側は、防ぎきれないむせかえるほどの腐敗臭と、濃厚な血の香りです。臭気濃度が高すぎて逆に無力化されております。
「うっ、手早く生存者をお探しいたしましょう」
「……!」
玄関を進んで手足が壁にかかった台所を通り、開けた居間に入りました。
「まあ……!」
「~~~~~!!!!」
巨大なテーブルのうえに、作成途中のゾンビが横たわっておりました。
巨大な女性とでも言いましょうか、肉体曲線は女性的なのですが、手足は異様に長いですし、間接以外の部分が極端に肥大化しております。
胸から腹にかけて開いた胴体は、骨のかわりに人間の腕そのものが肋骨として使われておりました。
お胸の中に魔力を伝達する人造部分は見当たりません。
丸々とふくらんだ胃の腑は糸で閉じられる途中で、中を覗いてみますと、つめもの料理のように人間の脳がそのままのかたちで大量に詰まっておりました。
気味が悪いですの。
首から上はまだ作られておりませんが、果たして作るつもりがあるのか、それともこれで完成なのかはご本人しかわかりませんわね。
奇妙なおすがたですこと、うふふふ。
「ふぶっ」
はぁ……はぁ……んくっ……はぁ……。あんまりな光景に、思わず戻してしまいました。
可哀そうですが、村人さんたちはひとりも生き残っておりませんわ。全員、あたらしい縫合ゾンビの素材に使われてしまったと存じます。
「……」
ライゼさまがうつむいております。ご自分のご家族が、ゾンビの素材に使われてしまったのですから、きっとお悲しいでしょう。
わたくしには理解しがたい感情ですので、すこしだけ、羨ましいですわね。
「ねえちゃ……」
奥の部屋から、幼い声が聞こえました。
武器を構えて警戒しておりますと、ゾンビが一匹やってまいりました。6本足で血まみれの床を歩いて、6本腕で広いお盆を掲げたゾンビが、居間に入ってきました。大きさは子供程度で動きはゆっくりです。
武器は持っておりません。お盆の上には針や糸、はさみ、ハンマーが乗っております。このゾンビはおそらく助手ですわ。
「おねえ、ちゃん……」
後頭部でつなぎ合わされた3つの頭のひとつが、ライゼさまを見ております。器用に歩いて、ライゼさまのそばに立ちました。
「おねえちゃ……ぼく……ゾンビに……なっちゃった」
「うぅぅ……」
ライゼさまが泣きはらした目をさらに真っ赤にしました。もう十分でしょう。
「ライゼさま、メイスをお借りしますわね」
「……!」
「ええ、そうです。ライゼさまのご想像通りです。わたくしにお任せください」
ライゼさまは一瞬だけ、メイスを強くお持ちなって、わたくしを拒みましたが、力を込めると弱弱しく手を開きました。このような悲惨さは、あまり長く体験するものではありませんわ。
「おねえちゃ……」
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