第39話 未知の生物ブラックバモス

 今日ライがアリアベルと別行動を取っていたのはこのブラックバモスをここへ連れて来る為だった。ポータルを隠す為、あえて作為的に作られたマノワこと死の森。忌み地である瘴気の元凶となっているのがこのブラックバモスであり、相利共生の為に必要な、いわば死の森の番人である。世界一禍々しい瘴気を生み出す能力の高さはもちろん、神獣が創り出した唯一無二の存在である事から普通の魔獣とは一線を画す特異な体質を持っている。あまり神聖力に感化されないこの魔珍獣ならば何かと役に立つだろうとライはそう考えたのだ。


「よし! これでようやく本当の目的に取りかかれるな!」


 ライの言う通り、心配していた東部の問題がおおかた片付き、やっと安心出来る段階になったので、アリアベルもようやく真の目的に向き合える。どうしても視界に映り込んでしまう騎士軍団は多少気になる所だが、ここはフェンリルたちに任せるとして、手始めにこの魔珍獣であるブラックバモスを探る所から始めてみた。


「ごめんね。ちょっと体をなでさせてね」


 そう言ってアリアベルは横たわるブラックバモスに手を触れる。ライの見立て通りなら、これからの計画にはこの魔珍獣の協力が必要不可欠であり、とても有用な手立てとなるのは間違いない。だが相手をよく知らない事にはやりようがないので、まずは何がどうなっているのか、この生物についてしっかり調べなければならなかった。


(……なで心地がとてもいいわ。弾力はあるけどフワフワね。……あら? これは……神聖力を魔力に変換……? しているのかしら? そんな事が可能なの? 不思議だわ、一体どうなっているのかしら……)


 さすがは特異体質というだけあって、アリアベルがその手で直接触っても魔力に変異は見られないし、神聖力を魔力に変換するその体の仕組みには驚かされた。また、ツノの先っぽには穴が開いており、そこから絶えず瘴気が出ているのだが、当然アリアベルには全く害にはならないし、普段なら抱くはずの嫌な感じさえしないのだ。普通の人間であればこの濃度は猛毒に匹敵するほど危険なもので、こんな風に直接浴びれば確実に死に至るだろう。それが不思議な事にお互いにとって何の悪影響もないのだから、まさに共存するにはピッタリの相手に思われた。


 なるべく地肌に近い所まで手を埋め調べを進めるアリアベル。体を巡る特殊な魔力の流れや質、構造などを感覚で捉え分析し、ツノから噴き出す瘴気に対しては自身の神聖力を少量からあててみる事で調和や反発、打ち消す強さや吸収具合などを確かめる。大体、大まかにだがいろいろ分かった所で一息ついた。

 ぼーっとしながら、今度は調べる為ではなく、単にフワフワ加減が気に入ったのでお腹の辺りを優しくなでる……。


(こんなに毛羽立っているのは大好物の神聖力をたくさん取り込む為なのね。そしてそれを魔力に……)


 改めて感心する一方、それに比べて……と、ふとこの数日間の自分の行動を思い出す。タイミングよくシルフもそこに現れたので反省ついでに思わず口を動かした。


「……ねえ。あのね、当たり前の事を言うのだけど、いくら自分が魔術師だと口で言っても本当に魔術師になれる訳じゃなかったわ」

「そんなの当然だ!」

「……それは、そうです……」

「でも、みんなは気付かなかったみたいだわ。そう考えると、魔術と神術って似てるのかもしれないわね」

「似てない! 全くもって違うではないか!」

「技の見た目の話よ。似たような事は魔術でも出来るし、見分けなんてつかないのじゃないかしら?」

「いいや、アイツらは気付いていたぞ! お前が魔術師ではない事を! 知らぬふりをしていただけだ!」

「……ええ!? そう、だったの……?」

「……はい。何か深い事情があるのだろうとそう思い、話を合わせていたようです」

「……まあ。それじゃあ、私ったらみんなに気を遣わせてしまったのね。申し訳なかったわ……」


 そういえばと、アリアベルは自分が魔術師だと言う度にみんながどこか気まずそうにしていたのを思い出す。あれはこういう事だったのねと納得した途端に気恥ずかしさが込み上げて視線をフワッと彷徨わせた。


「……ふむ。アリアベルよ、どうやらお前は本気で魔術師に……いや、魔術が使えるようになりたいのだな?」

「……ええ、まあ、そうね。今回嘘をつくのはあまり気分が良くなかったし、計画の為にはどうしても…………ああ、でも、前から使えたらいいのにって思っていたのは事実だわ」

「……ええええ!? アリアベル様が魔術を!? ……そんなの無理です! 魔力がないのに使える訳ありません!」

「……普通はそうなのよねぇ。でも――」

「オイ! シルフよ決めつけるな! 決めつけは可能性を狭めるだけだ!」

「……で、でも……」

「何の為に我がコイツを連れてきたと思ってる! そもそもコイツを創り出す時も絶対不可能とされていたが現にこうして成し遂げている!」

「……はあ、」


 すると、ここでブラックバモスが目を覚ました。ムクリとゆっくり体を起こすと丁度アリアベルと視線が合う。見るや否やホワンとのぼせた顔になり嬉しそうに擦り寄った。初対面だというのに大切そうに羽を広げて抱き抱え、まるで卵から孵った雛鳥が母親に甘えているような、逆に自分が母親になったかのような反応をする。半分は神獣から創られたという影響からなのか即座にアリアベルを主と認め、好意を寄せてくるのだった。


「あら、かわいいのね。仲良くしてくれるの?」

「ギュム!」

「コラ! 馴れ馴れしいぞ!」

「……ふふっ、ポータルが護られているのはあなたのおかげね。どうもありがとう」

「ギュムギュムッ!」

「違う! コイツは単に好物の神聖力にありつけるからポータルに寄ってくるだけだ!」

「……ギュムウ〜」

「もう、ライったらそんなこと言って……。悲しそうな顔してるじゃない。きっとこの子なりにちゃんとやってきたんだわ」

「……フン」

「……えっと、ブラックバモスさん。良ければあなたの事……バモスって、呼んでもいいかしら?」

「ギュム!」

「ありがとう、バモス! これからどうぞよろしくね!」

「ギュムギュム!」

「バモス、あなたの能力は素晴らしいわ。こんな特異体質、世界中であなただけよ。さっき調べさせてもらったけど本当にびっくりしたんだから。……それで、そんなあなただからこそ、ちょっとお願いがあるのだけど……」

「ギュムウ〜?」

「あなたの能力を参考に、私も魔術を扱えるようになりたいの。だから、少しだけ私の実験に協力してもらえないかしら?」

「ギュッ! ギュムギュム!」


 そんな事はお安いご用だと言わんばかりにバモスはウンウン頷いた。「ありがとう」とアリアベルはさっそくバモスに手を伸ばし、まずは準備運動も兼ねた実験その1、全身にバモスの瘴気を浴びる所からをやってみる……。

 ところがその序盤の事だった。にわかに外野が騒がしくなったので一同がそこへ目を向けると、今までの騎士とは明らかに様子が違う男性の姿がそこにある。髪色と同じ濃紺のオーラを漂わせた剣士……。あのフェンリルたちが珍しくその男性相手に手こずっている。


「ハハッ! 馬鹿共が観念しろ!」

「このお方は帝国が誇るソードマスターだ!」

「フリード公爵の手にかかれば貴様らなど皆一瞬であの世行きだッ!」


 するとそれを聞いたライがピクリと反応した。


「……ソードマスターだと?」


 怪訝な顔でジーッとその男を睨みつける……。

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