第21話 弔いの後

 その表情は気概を感じるものだった。言葉通り、アリアベルはただここに花を咲かせて終わりにするなど、そんなつもりはさらさらなく、まさにこれからが本番といった真の目的があったのだ。ピリッと引き締まった場の空気。雰囲気を察し、黙って見守るライとシルフの視線を背にアリアベルが行ったのは――、


「――摘出! 回収!」


 それは朝の一件の続きだった。あえて残しておいた最終工程……。アリアベルはシールドを作り出していたアーティファクトの回収をこの邸宅跡地で行ったのだ。禁忌とされる秘術によりその力を行使し続け、これまで誰一人として干渉する事を許さず、近付く事はもちろん見る事も叶わなかったアーティファクト。東西南北、地中深くの硬い硬い魔鉱石に埋められていたそれが今、放物線を描きながらそれぞれ四方位から飛んでくる……。

 アリアベルの頭上に集まった四つのアーティファクトは黒い捻れた棒のような形状をしていた。ガラスのような材質だが光沢はなく、ざらざらボコボコした表面。アリアベルによってそれがパリンと砕かれると中から木の棒のような焦茶色のものが現れた。経年劣化により萎びれ変色しているが、紛れもなくそれはミイラ化したエルヴィンの手足だった。一見すると本当に枝か植物の蔓にも思えてしまう。


「……エルヴィンさん……」


 アリアベルは白い布を取り出すとすぐさまそれを包みこんだ。抱えた包物はあまり重さを感じられず、中で擦れ合う乾いた音が微かにした。それをそっと大地に横たえ優しく上から手を触れる。ゆっくりと撫でるようにしながら地下牢で言った内容とほぼ同じ言葉で語りかけた……。


「エルヴィンさん、リコナさんは無事ですよ。今は安全な所にいるので安心して下さいね。しばらく泣いてばかりだったんですけど、最近はやっと少し笑えるようになったんですよ」


 入り混じる波動……、それまでにない情念を感知する。その後は丁重に包みを埋葬し、そこに墓石を建てたアリアベルは静寂の中で手を合わせる……。アリアベルは弔ってあげたかったのだ。痛みと苦しみの記憶を鎮め、慰め、物質的な呪縛からどうか解き放たれて欲しかった。渦巻く荒々しさが次第に和らぎ、これで本当の意味でのシールドの撤去が完遂する。再三の試みも成功し、これで今日の目的は無事に達成されたのだった。一連の作業が終わった所でライが声をかけてくる。


「ひとまずはホッとしたようだな!」

「……ええ。そうね……」

「様子を見るにようやく良い思念も受け取れたようだしな!」

「まあ、ライったら鋭いのね。そうなの、やっと受け取れたわ、エルヴィンさんのリコナさんへの想い……。おそらくこの時点ではリコナさんが解放されたと信じていたから……まさか処刑されたとは思ってないから残っていたのよ。それでも懺悔と後悔ばかりだったけれど、中にはリコナさんの幸せを願う気持ちも確かにあったわ……」

「そうか」


 そこに宿る記憶を見た。リコナの髪に触れるエルヴィン。リコナをギュッと抱きしめるエルヴィン……。聞こえた声はほとんどがごめん、すまない、と懺悔に溢れたものだったが、それに紛れ、リコナを慈しむ気持ちも、幸せを願う想いも確かにそこにあったのだ。アリアベルはようやく曙光が差し込んだような気持ちになる。


「それは良かったですね! アリアベル様ならその声も想いも複写してお相手に届けてあげられますから」

「……ええ、本当に……」


 シルフの言葉にコクンと頷くアリアベル。そのままどこか遠くを見つめながら「ようやくこれで……」と意味深な様子で付け加えた。


 その後、ここを離れたアリアベルは更に何かが吹っ切れたとでもいうのか、暗くなったと同時に大胆な行動をし始めた。まずは何といってもリコナの祖国が荒んでしまったのが残念だったアリアベル。陽が射すようになったとはいえ自然任せでは改善まで数十年はかかるであろうこの地域一帯の土壌改良を一気に行い、作物がよく育つ肥えた大地に様変わりさせた。道端には昔あったであろう草花を芽吹かせ、常に枯渇気味で質も悪かった水の新たな水源も作り上げた。人々の暮らしが良くなるようにと水脈を這わせて井戸を作り、イモだけではかわいそうなので時間差で成る果物の木もあちこちに生やす……。これらを全て終わらせた所でこの日の作業は終了とする。また適当な場所にて夜を明かしたのだった。



「ぬおおおおっ! これは何たる奇跡っ!」

「奇跡だああっ! これは神の思し召しだあああっ!!」

「おおっ神よっ! まさに奇跡っ! これは神の祝福だっ!!」


 翌日、再びアリアベルたちが町に向かうとそこはまた大騒ぎとなっていた。皆が満面の笑みを浮かべ、興奮しながらの会話が飛び交う。その内容は甦った大地や水の事はもちろん、昨日実らせたあのイモがどうやらとんでもない代物だったようで、あのイモを食べたら打撲や骨折、火傷が治った、風邪や奇病が治った、中には死にかけの婆さんが生き返ったなど、その信じられない効果に皆が驚愕していたのだ。奇跡を目の当たりにした事で昨日のように戸惑うばかりの姿ではなく、神の祝福だと喜ぶ声に溢れている。イモの効果なのか肌ツヤも良く、瞳はキラキラと生命力に溢れ、誰もが覇気のあるイキイキとした表情に変わっていた。


「……やっぱり。規格外だとは思ってました」

「……? おかしいわね。普通に作ったと思ったのに」

「ふむ。普通を望むならば今度から毒でも混ぜ込むイメージで作るのだ!」

「……ええ!? だめよ! そんなこと出来る訳がないわ!」

「あくまでイメージだ! 気が引けるのならそうだな、まずは気分をグーンと落としてから泥を混ぜ込むイメージだ!」

「……なんだか難しいのね……」

「アリアベル様はいろいろ超越しすぎてますから……。あっ、それなら今からでも効力を無効にすれば良いのでは?」

「……でも、あんなに喜んでくれているのに今さら無効にするのもね……」


 そんな話をしていると昨晩時間差で成るようにしていた果物の木に実がどんどん出来てゆく……。


「……うわっ! 果物だ! 果物があんなにいっぱい!!」

「ありがてえ! 果物なんて高価なもの、ここじゃ滅多に食えねえぞ!」


 また湧き上がる歓喜の声。その幸せそうな様子を見るとアリアベルも嬉しくなる。これまで迫害などで苦しんできたのを知っているだけにどうか幸せになって欲しい、その力添えが出来たのなら良かったとアリアベルは思うのだ。そうしてしばらく、鳴り止まない歓声を聞き、微笑ましくその様子を見守っていたアリアベルたちだったが、そこへ突如として現れた来訪者により場の空気が一変する……。


「静まれーーッ! これより勝手な行動は許さんぞーーッ!」


 怒号が人々の顔を強張らせる。不穏な空気。緊張感が一気に町を包み込む……。

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