第10話 異次元空間の迷い人

    ◻︎◻︎


 アリアベルが創った未熟な亜空間は、その名も “未空間” として今後は呼ばれる事となった。その未空間でポーション作りにひと段落ついたアリアベルはぼんやり物思いにふけっている。思い出すのは先日の事。夢に引っ張られ、男の子を助けに行ってから、アリアベルはああすれば良かった、こうすれば良かったと思う事があったのだ。

 

 例えば今、目の前に山のように積まれているポーション。せっかくならこれを試してみたかった。何がどれだけの効果があるのか、治るまでの時間はどうか、飲み合わせは可能なのか、その場合の相乗効果はどうかなど。

 

 あとはもっと上手く隠れれば良かったかな? とか、話した会話の内容など、何故だかいろいろ思い出す。そういえば長いこと人とちゃんと話した事もなかったアリアベル。意外に嫌な感じがしなかった事を少し不思議に思っている。


「そうね、次にああいう事があったからポーションを使うわ。この間は大丈夫だったけれど、神聖力を使ったら私が聖女だってバレてしまうかもしれないもの」


 それじゃあどうすればいいかしら?とアリアベルは考える。またあんな風に飛ばされてしまえばポーションなんて持ち合わせていないだろうし、現地調達では時間がかかりすぎてしまうので急を要する時には都合が悪い。召喚術はそもそも神聖力を使ってしまうので論外だ。


「……そういえば召喚術って、上級の魔術師も使っていたわね」


 ふとそんな事を思い出す。魔術が最盛期の時代があった。その頃はアリアベルだけではなく、聖女みんなの立場が弱かった。いろいろ酷い目に遭い、人が苦手になったアリアベルだが、意外にも魔術師との接点は少なく、虐げられた記憶もない。だから苦手というよりも、神術とは似て非なるその力に興味があったし、己の力だけで技を編み出し磨いてきた所は素直に凄いと認めていた。


「魔術師の使う召喚術と神術の召喚術ではだいぶ違うのよね。あっちはカチッとした術式的な枠組みの中で行使するけど、こっちは感覚的なものだもの。今も昔も魔術師はみんな詠唱とか魔法陣とか使って…………うん? ……あっ、待って、それなら魔術師の使う召喚術なら聖女だってバレないんじゃないかしら!? ポーションだって移動できるわ!」


 急に思いついたアリアベル。さっそく古い記憶を頼りに格好を真似てやってみるも、それはすぐに失敗に終わる。そもそもアリアベルには魔力がない。今さら気付くが全くない。気持ちばかりが先走り、当たり前の事を見落としたアリアベルは力が抜け落ちガッカリした。


「残念だわ。魔術を使えたなら堂々と物も移動出来るのに。……でも、うん、それなら……」


 アリアベルは気持ちを切り替える。いったん問題は置いておき、今度は魔術の便利さを思い出したついでにと、それを神術に応用出来ないものかと考える。長い歴史の中で魔術師たちは実にさまざまな魔術を生み出してきた。その数は神術を上回っていたので、何か便利な術があればそれを神術に変換して使ってみたいと思ったのだ。

さっそく試行錯誤するアリアベル。ところがその最中の事だった。


「……! ……えっ、何かしら!?」


 突然パチっと頭の中に火花が散ったかと思えば、同時に回路のような図案が浮かび、それは瞬時に消えてしまう。再びパチっと火花が散れば、今度は違う回路が映し出された。


――なんだろう、この特殊な感じは……


 現実空間とも亜空間、未空間とも違うとても細い根のような空間の存在を感じとる。一瞬の内に形を変え、しかも消えたり現れたり……。全体像を探ってみれば、それは何か次元の違う捻じ曲がったものの中にある様で、螺旋状に回る時の流れの渦がその存在を歪めている。


アリアベルは更に神経を研ぎ澄ませる。精査しながら意識をそこに合わせいけば、感知するのは僅かな気配と呼吸音……。


「そこね! 結合!」


 咄嗟に未空間を横に伸ばした。一ヶ所だけ不自然に細く長く伸びる未空間。それが謎の未確認空間にうまい具合にぶつかると、一瞬ふたつの空間が繋がって何かがドサッと落ちてくる。


「――まあっ!」


 それは女の人だった。囚人服を着たその人は意識を失いぐったりしている。鎖の切れた手枷と足枷。至る所に残る殴打の痕。長い藍色のざんばら髪が纏わりつく顔や体は骨が浮き出るほど痩せていた。

 すぐにケガの治療を施したアリアベルは「大変よ!」と仲間のいる亜空間へ飛び込む。リーダー格で何でも知っていそうな白龍を連れて女性がいる未空間へとまた戻った。




「うむ。ここは強い瘴気の中にポータルがある特殊な場所だからな。次元に歪みが生じやすいのだ」


 連れてこられた白龍は、慌てるアリアベルとは逆に割と落ち着いた様子だった。どうやら謎の空間の存在は認知していたらしく、横たわる女性を見下ろしながら淡々と補足を付け加える。


「……じゃあ、あれは誰が作ったものではなく、自然に出来た異次元空間って事なのね?」

「ああそうだ。歪みが出来ているからこそ時間と空間がもつれ合い、そこに狭間が出来るのだ。そしてその次元の狭間に時折人が迷い込む」

「この人がそうなのね。……囚人服を着ているから、処刑されにここに連れて来られたんだわ……」

「ここは昔からそういう場所だ。陰謀に巻き込まれた者や冤罪で無念の死を遂げた者も多い。奇妙な事に、そういう者に限って狭間に迷い込む様だがな」

「……そう」

「だが、まさか救い出すとは……。こんな事は未だかつてない前代未聞だ。一体どうするつもりなのだ?」

「それは……分からないわ。とりあえず、ここで様子をみようと思うの」

「其方がか? 人は苦手ではなかったか?」

「だって、このまま放っておく訳にはいかないもの。……少し不安だけれど大丈夫。正体は隠すつもりよ」

「……ふむ」


 少し悩まし気にしながらも白龍はそれを了承する。心配そうに女性を見つめるアリアベル。それを見た白龍は、例え苦手だとしても人を助けようとする心根の優しさに感心する。そして見る限り、人に対する嫌悪感はそれほど深刻ではなく、案外たやすく克服出来るかもしれないと密かに思った。

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