第8話 未熟だからこそ都合の良いもの ②

 亜空間は丸い透明な球体の中に存在していた。上空や周りを見れば膜を隔て、潰れた細胞のようなものが幾重にも折り重なっているのが確認でき、いくつかはこの世界をふわふわ浮遊している。


「あれを一つ、真空状に閉じ込めて欲しいの」

「……閉じ込めるって、今漂ってる袋みたいな、君の言う胞子をかい?」

「うん。出来るかしら?」


 ジンはコクンと頷くと難しそうにしながらも早速それに挑戦する。一つ目、二つ目と失敗してしまったが、三つ目ではもうコツを掴んだのか難なくそれを成功させた。その頃には何だ何だと皆が集まりワイワイそれぞれ騒ぎ立てる。


「どうしたんだアリアベル!」

「今度は何をしでかす気だ!?」

「しでかす前に言ってみろ!!」


「いやだわ、しでかすだなんて。ちょっと試してみるだけよ」


 喧騒をよそに、アリアベルは一人ワクワクしながらジンから受け取った真空状の胞子を見つめる。一呼吸して息を整え神経を集中させるアリアベル。すると嫌でも空気を察したのか、ピタリと皆が黙り込み、辺りは静寂に包まれる……


――胞子よ、膨張して世界を広げよ!――


 手繰り寄せる感覚とイメージ。結構な量の神力を一点集中で注入すれば、それは爆発的に膨張し、そこに別空間を形成する。


「「「「……!?!?!?」」」」


 突如現れた亜空間の中の別の小さな亜空間。ただしそれは聖気などない、ただ時間が止まっただけの空間だ。


「出来たわ! こうなると本当にレリアーシュ様との違いを感じて恥ずかしいのだけど、今の私にはぴったりの未熟な空間よ! これだったら外の薬草を好きなだけ持ち込めるわ!」


 そこに扉を付けるとサッとその存在が隠される。ふむふむとまだ何かを探っているアリアベル。皆はこの間と同様にしばらく呆気に取られていた。




「はは! まったく、好奇心が旺盛というか何というか……。そういえば奇想天外な所はレリアーシュ様も買っておられたな!」


 それから数刻、疲れて眠ってしまったアリアベルを寝床に運び終えたライは、先程の事をおかしそうに白龍たちに話していた。

 

 実はあれから、アリアベルは同じ作業を何度か繰り返す事になった。というのも、どうやら聖域の中で作ると異物を排除しようという力が働くらしく、アリアベルが作った物は段々に擦り潰されていく事が分かった。「さすがレリアーシュ様、完璧ね」と感心しながら今度はポータルの外でもいろいろ試すアリアベル。それが聖域の中で作るより何倍も難しかったのか四度続けて失敗し、五度目でようやく成功に至ったのだった。アリアベルはもちろん、付き合わされたジンも疲れて向こうの方で伸びている。


「納得するまで挑戦する。それが私たちの知るアリアベルだったな」

「ああ! 心配したが、案外早く本来の姿を取り戻してくれて良かった!」

「と言っても100年はかかったけどね。本人は数日と思ってるだろうけど……」


 それはアリアベルが最初この亜空間で静養した時の長さだった。本人はほんの数日休んだだけと思っている様だが、擦り減った魂を回復させるまで実に100年という時間を要したのだった。


「……これで、良かったんだよね? あの時は焦って、つい口を滑らせてしまったと思ったけど……」


 麒麟が不安気にライや白龍の顔色を伺う。


「ああ、良いのだ。真実を言えば、あの子はまた無理をするだろう。そのような事はレリアーシュ様は望まない」

「そうだな。いくつかの破片はまだ回収出来ていない、魔核によって女神の魂が囚われている……その事実を知ったらあの子は……!」


 白龍とライが言うように、女神レリアーシュの砕けた魂の破片の回収はまだ終わっていなかった。それは魂の破片が単に地下深くに埋まっているからだけではなく魔核に囚われているからだった。


 小さな魔核であれば覚醒前のアリアベルの命の浄化でもギリギリ回収出来たのだが、大きな魔核になればそうはいかずそのままそこに残される。しかも魔核はただ強い力だけで破壊出来るものではなく、それから波及した、いわば魔核の分身とも言える瘴気に侵された魔瘴人たちを全て鎮めなければ壊せない。悪気までも鎮めるアリアベルの特別な神聖力だが、実はそういった魔瘴人たちを鎮めていたので破片の回収が出来たのだった。


 もちろんポータルが開く度、神獣や精霊たちもアリアベルの捜索と共に破片の回収を行なってきた。だが魔核の存在が隠蔽術によって隠されている為感知しづらく、アリアベル同様、大きな魔核は複雑さも増す為に回収には至らなかった。


「魔界神も女神様を吸収出来ないからアリアベルの闇堕ちを狙ったんだろうけど……ほんと、あの子が強い子で良かったと思うよ。最後まで魔界神の策略に嵌まらないでさ」


 麒麟の言う通り、全ては魔界神の策略だった。そもそもアリアベルはいつも魔核のある所に輪廻転生していた。それはレリアーシュの魂を吸収出来ないが故、何としてでもアリアベルを闇堕ちさせ、その力を利用しようとした、まさに魔界神の目論見だった。


「嘘は心苦しいが、レリアーシュ様のアリアベルに対する想いは事実……。6割方回収が進んだ時だったか……必死の思いで思念を送って下さったのだからな」

「我々にももう良いと……! 自分は囚われている訳ではない、抑え込んでいるのだと……! 半分は事実だとしても、安心させる為にそう仰られたのだろう。受け入れ難い事ではあるが、今は従うより他はない!」

「……ただ、その想いとは裏腹に、アリアベルが勝手に魔に引き寄せられるのが問題だけどね」

「まさにこの間の! アリアベルの意識と繋がったあの国か!」

「アリアベルの知っている国、それは即ち魔核が育つ国だという事。だから止めたのだ。そこには残された大きな魔核はもちろん、一度破壊出来た国にも必ずまた新たな魔核が育つのだからな」

「覚醒したアリアベルが強いのは知っている! だが、どうしても心配や不安は拭えんのだ! 好きな事を自由にと言った手前、そこは矛盾に感じるだろうが……」

「でも、ずっとここに留まってるのは無理かもよ? 昔のように信号をキャッチするかもしれないし……」

「その時はその時だ。我々もいつまでもアリアベルを縛りたくはないからな。その時が来たら出来うる限り対策を立て、手を貸すしかあるまい」


 険しい表情で話す三人。秘密の談合はしばらく続いた。

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