優しい微笑みを、取り戻すため ※マルグリット=フリーデンライヒ視点

■マルグリット=フリーデンライヒ視点


「……っ!? が、ふ……っ!?」

「ディー様!?」


 私の目の前で、ディー様が突然血を吐き、そのまま地面に倒れ……た……?

 一体……私は、何を……って、そ、それどころじゃありません!


「ディー様!? ディー様!?」


 私は倒れたディー様の身体を起こし、何度も呼びかける。

 けど、ディー様は苦しそうで、弱々しく息を立てるだけで、一向に目を覚ます気配はない。


「っ! 誰か! お医者様を!」

「わ、分かった!」

「オイ! 先程の給仕はどこへ行った! 絶対に逃すな!」

「王宮を全面封鎖するのよ!」


 私とディー様の周りで怒号と悲鳴が飛び交う。

 でも、そんなことよりも……。


「誰か……誰か、ディー様を助けてえええええええええッッッ!」


 私は、周囲の声をかき消すほどほどの大声で、絶叫した。


「い、医者を連れてまいりました!」


 王宮の医者がすぐに飛んできて、ディー様の容態を確認する。


「……毒であることには間違いありませんが、すぐに特定することは難しそうです。とにかく、いくつかの解毒薬を飲ませてみたものの、目を覚ますまでが勝負でしょう……」

「目を……覚まさなかったら、どうなるのですか……?」


 私はお医者様を見つめながら、震える声で尋ねた。


「……とにかく、最善を尽くします」


 その一言だけを告げ、お医者様はかぶりを振った。


 ◇


「ハア……ハア……ッ」

「…………………………」


 荒く、だけど弱々しい息を立てながら眠るディー様の手を握りしめ、私は愛する人の無事を願う。

 ディー様……どうして……。


「マルグリット様……申し訳ございません……このハンナ、一生の不覚です……っ!」


 そばに控えるハンナが肩を震わせ、噛みしめる唇から血を流しながら、ただ謝罪を続けている。

 ディー様がお倒れになってから既に数時間。窓の外を見ると、夜空が白んでいた。


 でも、私もハンナも、ディー様がこのお部屋に運ばれてから、ずっとこうしたままでいる。

 明日も明後日も、祝賀会は執り行われるというのに。


 すると。


「マルグリット様、ハンナ……交代いたしましょう。このままでは、殿下よりも先にお二人が参ってしまいます……」


 ノーラとイエニーがやって来て、そう声をかけるが、私もハンナも、首を左右に振って断る。

 この二人だって、使い物にならない私とハンナの代わりに、場の収拾に当たってくれていたのに、これ以上負担をかけられない。


「ふふ……ノーラ、イエニー、大丈夫よ。不思議と、私は疲れてないもの。それよりも、二人こそゆっくり休んでちょうだい」

「いえ! 私も……私も、殿下のおそばに……!」

「私もです!」


 二人は泣きそうな表情で、必死に訴える。


「駄目よ。祝賀会だってあと二日残っているのだし、それに、オスカー殿下やカロリング帝国のシャルル皇子がどう動くか分からないのだから……お願い、今は二人だけが頼りなの。ディー様のためにも、分かって?」

「……マルグリット様、そのような言い方はずるいです……」


 とうとうこらえ切れなくなったノーラは、涙をこぼしながら嗚咽を漏らした。

 私だって、本当はディー様の代わりとして、今こそやらなければいけないのに。


「もちろん、二人が休んでくれるのなら私も休むわ。ハンナも、ね?」

「…………………………」


 そう話を振るけど、ハンナは唇を噛みながら、そっと視線を逸らした。

 本当に、強情で、意地っ張りで、私に負けないくらいディー様のことが大好きで……。


 そんな押し問答をしているうちに、結局朝を迎えてしまった。


 私、は……。


「……マルグリット様?」

「ハンナ、ディー様をお願い。私は、ディー様の代役として、祝賀会を取り仕切ってくるわ」

「「「っ!?」」」


 私は立ち上がってそう告げると、三人が目を見開いた。


「で、ですが、マルグリット様は一睡もしておられない上に、その……私達よりも……」

「ふふ……大丈夫です。それに、ディー様が目を覚まされた時に、ただ涙を流して打ちひしがれているだけでは、それこそ怒られてしまいます」


 そう言って、私はニコリ、と微笑む。


「だけど、さすがにこの目の周りは何とかしたほうがよさそうね……ノーラ、イエニー、隠すのを手伝ってくれるかしら?」

「「は、はい……」」


 二人は顔を見合わせた後、返事をした。


「では、行きましょう」


 私はできる限り気丈に振る舞う。

 そうだ……私が落ち込んでいたら優しいディー様のことだ、無理をしてしまうかもしれない。


 それよりも、ここまで心血を注がれた祝賀会を代わりに成功に導いて、目を覚ましたディー様に褒めていただこう。

 そして、あの優しい微笑みを見せていただくんです。


 だから。


「ハンナ……お願い、ね」

「はい……!」


 瞳に決意を宿し、一礼するハンナを置いて、私達三人はディー様のお部屋から出た。

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