晩餐会(裏の部)

 ――コン、コン。


 部屋にハンナと二人でいる中、扉をノックする音が聞こえた。


「ハンナ」

「かしこまりました」


 ハンナが扉を開けると、やって来たのはエミだった。


「……ディートリヒ殿下、その……お一人ではないのでしょうか……?」

「うむ。ハンナは私にとって何よりも大切な侍女だ。もちろん、一緒だからといって気にすることもいらぬし、口も堅い。だから、何も問題はなかろう」

「そうですか。では、晩餐会・・・へとご案内します……」


 訝しげな表情を浮かべながら尋ねるエミだったが、私に折れる気がないことが分かったことと、ハンナについて説明したことから同行させることもやむ無しと考えたからか、エミは私達を案内する……のだが。


「……ハンナ、どうした?」

「……いえ。ですが、たとえ殿下が多くの女性に身の危険にさらされることになったとしても、このハンナが必ずお守りいたします」

「そ、そうか……」


 ハンナのよく分からない意気込みを聞いて私は首を傾げるが、追及しても絶対に碌なことにはならないと感じ、これ以上は聞くのをやめた。


「どうぞ」


 屋敷にある塔の最上階へ連れてこられ、エミは中へ入るよう促す。

 私とハンナは共に扉をくぐると……っ!?


「やあ、お待ちしておりましたぞ!」

「こ、これは……」


 部屋の中は白い煙が立ち込め、全裸の上からガウンをまとっているリンケ子爵が出迎えた。

 だが、リンケ子爵は目の焦点が定まっておらず、恍惚こうこつの表情を浮かべていた。


 この煙は……どうやらそういう・・・・類のもの・・・・のようだな。


「おや……? ディートリヒ殿下、どうしてお一人ではなく侍女を連れておられるのですかな?」


 リンケ子爵は、ハンナを舐め回すような視線で見ながら尋ねる。


「……もちろん、ハンナは私の大切な侍女だからだ」

「おお! なるほど、そういうことですか!」


 まるで事情を察したとばかりに、ポン、と手を打つ。


「さあさ、ならば共に快楽に身を委ねましょうぞ!」


 そう言って、リンケ子爵は私の腕を引く。

 煙の奥には複数の全裸の男女がおり、いつの間にかエミまでもが服を脱ぎ始めていた。


「……ハンナ」

「かしこまりました」


 その言葉を合図に、ハンナは部屋の奥へと突入し、男女達の意識を次々と刈り取っていく。


「なな、何を……っ!?」

「貴様も黙れ」


 同じく、リンケ子爵の首元を親指と人差し指で押さえると、この男も意識を失い、膝から崩れ落ちた。


「さて……おっと、これで終わりだな」


 エミの意識を奪おうと振り向いた時には、既にハンナが処理済み・・・・だった。


「全く……何故こやつは、私が王国で禁止されているこのような・・・・・もの・・に興味があると思ったのだろうか……」


 そう呟き、かぶりを振っていると。


「……殿下、あの娘への・・・・・再教育・・・をお命じください」


 ……どうやらそういうことらしい。


「分かった。さすがにこれは見逃せんからな」

「ありがとうございます。二度とこのようなことがないようにいたします」


 恭しく一礼するハンナと一緒に、私はリズの待つ部屋へと戻った。


 ◇


「! ディー様!」

「リズ……遅くなってしまったな」


 リズの部屋を訪ねるなり、彼女はパアア、と咲き誇るような笑顔を見せてくれた。

 うむ。この笑顔、必ずや絵画に収めて国の宝にしてみせる。


「いいえ! むしろ、このように早くお戻りになられ、安心いたしました……」

「そうか、ならよかった」


 私はリズのそばへと早足で寄ると、彼女を強く抱きしめた。

 ああ……私の大好きな、リズの温もりだ……。


「ふふ……ディー様、どうぞ私を堪能してくださいませ……」

「もちろんだ。今日ほど、君の温もりを感じたいと思ったことはない」

「……何があったのですか?」


 私の言葉や仕草から、リズは何かを察したのだろう。

 嬉しそうな表情から一転、眉根を寄せながら尋ねる。


「うむ……リンケ子爵は、この私に王国で禁止されている薬と女性をあてがうつもりでいたようだ……なので、ハンナと共に全員の意識を奪い、その場に捨て置いてきた」


 私は苦虫を噛み潰したような顔で、リズにそう答えた。

 なお、ハンナについてはイエニーを既にこの部屋から連れ出しており、ここにはいない。

 想像を絶するに難くないことが、イエニーに降りかかることだろう……だが、今回ばかりは私も許せん。


「……私の・・ディー様になんてことを!」

「大丈夫、私もハンナも煙も吸い込んではおらぬし、すぐに制圧したから問題ない。何より、証拠の品として薬も拝借してある。あとは明日、人身売買の組織を壊滅させると共に、その間にイエニーに薬の取引に関する帳簿を捜索させて確保すれば、連中は全て終わりだ」


 怒りで目を吊り上げるリズを優しく抱きしめ、諭すようにささやく。

 こんなくだらないことで、彼女の心を乱したくはないから。


「そんなことよりも、私はリズの温もりを感じたい……だから、その……もう少し、このままでもいいだろうか……?」

「もちろんです! 私も、無事に戻られたあなた様を、感じさせてください……」


 私とリズは、窓から月明かりが部屋を照らす中、飽きることなく抱きしめあっていた。

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