ようこそ
「…………………………」
マルグリットと婚約することを国王陛下に告げられた日から、ちょうど一か月。
私は、先程から部屋の中を行ったり来たりしている。
「……ディートリヒ殿下、少々落ち着かれてはいかがですか?」
「む……私は別に……」
侍女のハンナがお茶を注いだカップを差し出しながらたしなめるが、私としては別にそわそわしているわけではない。
ただ、マルグリットが安心して、健やかにこの王宮で過ごせるか、それが気になるのであって……。
「大丈夫です。殿下はこの一か月、マルグリット様のために本当に心を砕かれました」
「……だといいのだが……」
確かにハンナの言うとおり、私はマルグリットを迎え入れるために、できる限りのことはしたつもりではある。
彼女の邪魔となるであろうオスカーの動向を
さらには、ハンナを通じてフリーデンライヒ家からマルグリットの好みなどを聞き出し、彼女の部屋や食事の献立、装飾品に至るまで、全て彼女仕様にした。
そして。
「……一週間後に行われる私とマルグリットの婚約発表パーティーも、招待客やその日の会場の段取り、料理、全て手配済みだ」
そう……一週間後のパーティーでは、マルグリットこそが主役となる。
この日のために、普段から彼女のドレスを仕立てているデザイナーに依頼し、彼女のための最高のドレスを仕立ててもらった。
これに関しては、マルグリットが普段から王国一のデザイナーの店を利用していたことが奏功した。
「……ですが、私やノーラにまでドレスを用意する必要はなかったのでは?」
「何を言う。二人には侍女として常にマルグリットや私の身の回りにいてもらわねばならぬのだ。ならば、同じく最高級のドレスを着る
そうだとも。マルグリットが有象無象の輩に侮られたりせぬよう、最高のもので揃えねばな。
まあ、二人は侍女として申し分ない上に、ハンナに至っては影としても優秀だが。
「……本当に、不思議な御方です」
「? 何か言ったか?」
「いえ」
……ハンナは時々、私に聞こえないように独り言ちるから困る。
侍女に不満があれば、それだけマルグリットに影響が出てしまうのだから、何かあるのであればハッキリと言ってほしいのだが……。
「と、とにかく、ここにいても始まらん。私は玄関に向かう。ノーラにも同じく玄関に来るように伝えるのだ」
「……かしこまりました」
私の言葉にハンナは軽く息を吐き、玄関に向かう私の後をついてくる。
最近、妙に気安い雰囲気を感じるのは気のせいだろうか……まあ、別に構わないが。
すると。
「兄上、どちらへ?」
リンダを連れたオスカーが、にこやかな笑顔を浮かべながら声をかけてきた。
「……別に構わないだろう」
「そうですか? 最近は色々と忙しく動き回っているようですが?」
ふむ……やはり、オスカーの手の者が私の様子を嗅ぎ回っているようだな。
先日の夕食以来、ハンナに指示をして近くにいる使用人の中で私を探っている者を
「……特に探られて困るものでもありませんでしたので、あえて泳がせております」
後ろからハンナがそっと耳打ちし、私は無言で頷いた。
なるほど、そういうことか。
「それよりもオスカー、こんなところで私と無駄話をしていてもよいのか?」
「……どういうこと?」
表情は柔らかいが、オスカーの私を見る目が鋭くなる。
それにしても……以前の私の、周囲への無関心ぶりに腹が立つ。
オスカーはこんなにも、私に対して敵意を見せているというのに。
とはいえ、それもまだ十三歳だから脇が甘いだけかもしれんが。
「……先程、使用人達が会話しているのを
「……すいませんが、これで失礼します」
すれ違いざまに一瞬だけ私を睨みつけ、リンダと共にこの場を去っていった。
「……やれやれ」
そんなオスカーの背中を見ながら、私は肩を
「それで? オスカーの奴は、今日は第一王妃派である騎士団長のラインマイヤー伯爵と会うのだったか?」
「はい。
「ふむ……」
だが、こうも第一王妃派の貴族が切り崩されているところを見ると、既にこの時点で第一王妃につく貴族はそれほどいないかもしれないな……。
やはり、第一王妃にとって頼みの綱はヴァレンシュタイン公爵家なのだろう。
「殿下、どうなさいますか?」
「そうだな……もちろん、私もうかうかしていられない。第一王妃派でも第二王子派でもない、この
そう……この貴族中心のエストライン王国において、自分を支えてくれる貴族こそが
今のところ、私を支援してくれるのはマルグリットの実家であるフリーデンライヒ侯爵家と、ノーラの実家であるリッシェ子爵家のみ。
そのためには。
「……一週間後の婚約発表パーティーが
「はい……」
私とハンナは頷き合う。
「まあ、今はマルグリットを出迎えることに集中しよう。彼女にそのような汚い部分は、できれば見せたくない……」
「かしこまりました」
私達は、足早に玄関へと向かった。
そして。
「……来たか」
王宮の門をくぐる一台の馬車が、ゆっくりと玄関に横付けされた。
私は馬車の前に立ち、
「ディートリヒ殿下……」
「マルグリット殿、ようこそ王宮へ」
私はマルグリットの手を取り、ゆっくりと馬車から降ろした。
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