ニイタカヤマノボレ//ドラッグカルテル

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 ──ニイタカヤマノボレ//ドラッグカルテル



 東雲たちはホテルで作戦を確認した。


 ツバルに向かう際に“ケルベロス”のハッカーチームがサンドストーム・タクティカルの構造物に仕掛けランをやり、一時的に防空コンプレックスを無力化する。


 その隙に東雲たち物理フィジカル担当チームがツバルにある巨大メガフロートたるフナフティ・オーシャン・ベースに小型機で強硬着陸。そのままASAの白鯨を収めたサーバーを目指し、ベリアたちが直接接続ハード・ワイヤードする。


「よし。オーケー。じゃあ、次は?」


「武器弾薬の調達。暁のコネに頼ろう」


 東雲が尋ねるとベリアが暁を見る。


「物騒なとこに行くことになる。ハッカー連中は残った方がいい。他人の面倒までは見れる気がしない」


「じゃあ、ベリア、ロスヴィータ、王蘭玲先生は残ってくれ。ただこのホテルも安全ってわけじゃないし護衛に誰か置いておくか?」


 暁が言うのに東雲が見渡した。


 そこで部屋のドアがノックされる。全員が瞬時に身構えた。


「見てくる。八重野、援護してくれ」


「ああ」


 東雲がドアに身長に近づき、八重野が後方で“鯱食い”を握る。


「誰だ?」


「私だ。エイデン・コマツ。ツバルに仕掛けランをやると聞いて助力に来た」


 ドアの向こうからはエイデンの声がした。


 東雲が扉を開けるとインド出会った時のままのエイデンが姿を見せた。


「エイデン。あなたも仕事ビズに参加してくれるのか?」


「そのつもりだ。戦力は少しでも多い方がいいだろう?」


 八重野が尋ねるとエイデンがかすかに笑ってそう返す。


「エイデン・コマツだな。連絡は来てる。他の死者の物理フィジカル担当チームはどうなってる?」


「私以外は足止めされた。TMCで“ケルベロス”のハッカーたちを守らざる得ない状況にある。それから悪いニュースだ。死者の世界全体に現実リアルとの接続が知れ渡った。本格的なカオスが始まるぞ」


「クソ。間に合わなかったか」


 エイデンが深刻な表情でディーにそう言う。


「急ぐべきだろう。六大多国籍企業ヘックスにとってもコントロールできる状況じゃなくなる恐れがある。急いで“ネクストワールド”を無力化しなければ」


「分かってる。ともあれ、ツバルに飛ばなければどうにもならん」


 エイデンとディーがそう言葉を交わした。


「善は急げだな。武器弾薬をさっさと調達してくる。エイデンのおっさんはベリアたちの面倒を見ててくれ」


「了解だ、青年」


「頼むぜ」


 エイデンに東雲がベリアたちを任せる。


「ちょっと待って。八重野、これを試してきてくれない?」


「これは何だ?」


 そこでベリアが八重野のワイヤレスサイバーデッキに何かのプログラムを送って来た。八重野が見知らぬデータをスキャンして首を傾げた。


「それはBAN-DEADの試作品。実際に使えるかどうか確かめておきたい。ツバルで死者の軍勢に遭遇したら大変でしょ?」


「分かった。使い方は?」


「マニュアルを付けといた。それを読んで使って。よろしくね」


 ベリアがそう言ってサムズアップする。


「じゃあ、行って来る」


「気を付けて」


 王蘭玲たちに見送られて東雲たちがホテルを出た。


「で、暁。コロンビアの麻薬カルテルが仕事ビズの相手なんだよな?」


「そ。ここに拠点を置いてる連中だ。サント・フシール」


「“聖ライフル”? 変な名前」


「一種の武器信仰さ。連中は女や酒、ドラッグより銃で人を撃ち殺すのを愛してる」


「ろくでもねえ」


 暁がタクシーを捕まえるためにホテルの表に出て言うのに東雲が眉を歪めた。


 現地の無口なアフリカ系アメリカ人が運転するタクシーを捕まえて、東雲たちがタクシーに乗り込み、暁が住所を告げる。


「おい。そこはコロンビア人どもでいっぱいだぞ」


「じゃあ、手前まででいい。料金は多めに払う」


「はあ。分かった」


 住所を聞いて不機嫌そうな様子を見せる運転手に暁がそう説得して向かわせた。


「で、ハワイで連中は何してるの? リゾートでもしてんの?」


「ここは中国との取引の中継地点だ。中国では地方の軍閥がフェンタニルの密造をしてて、それをここでコロンビアの麻薬カルテルが買い取って、北米に密輸している」


「フェンタニルってなんだ?」


「知らないのか? ガンなどの症状に使用される強力な鎮痛剤だ。ヘロインの混ぜ物として需要がある。昔からアメリカは中国がフェンタニルを密造して、北米に輸出してると批判し続けてた」


「はあん。北京は知ってるの?」


「把握してると主張しているが、まあでまかせだろうな。実際のところ北京は電子ドラッグを含めた違法薬物の取引に極刑を適応してるが、ここにコロンビア人がいて、中国人と握手してるのが現実」


「国が広いと大変だねえ」


 暁の言葉に東雲が軽く返した。


「だが、フェンタニルの取引はまだかなりマシな方だ。本当にヤバイのは電子ドラッグの方。これも中国製だが、軍閥になった人民解放軍の連中がどうやって電子ドラッグを作ってるか知ってるか?」


「さあ? 電子ドラッグもプログラムだろ? プログラマーでも雇ったんじゃない?」


「違う、違う。電子ドラッグは基本的に疑似体験ダイブトリップだ。オールドドラッグをキメた連中のデータを使ってる。中国人はそいつに目をつけた」


「おい。まさか」


「そう、中国の反体制派を使ったのさ。ウイグル人やチベット人、国内のクリスチャンやムスリム。そういう連中に無理やりオールドドラッグを投与して、その体験を電子ドラッグとして商品にした」


「マジかよ。信じられねえ。デマじゃねえの?」


「あんたも言ったけど中国は広い。そして、地方格差が深刻だ。農村は疫病の蔓延で壊滅して、上海、マカオ、香港は独立。北京は弱体化して地方を制御できない。それでいて地方には人民解放軍が武器をたんまり持って権力を握ってる」


「クソみたいだな。金になるなら何でもやるってか」


「昔から中国で死刑囚が臓器売買の対象になってたぐらいだからな。東側の人権意識はときどき信じられないレベルだぞ」


「六大多国籍企業も大概クソだが、共産主義者もクソ野郎どもだな」


 東雲はこの世界にほとほと嫌気がさして来た。


「まともな奴からくたばる世の中だぜ、兄弟。少しばかり人の道を外れた方が長生きできるってもんだ。あんただって人殺しで生計立ててるんだから、中国人をどうこう言える立場じゃないだろ?」


「俺が殺すのはクソ野郎だけでーす」


 暁が皮肉るのに東雲はまともに取り合わなかった。


『──お伝えしておりますように、ハワイ王国陸軍を名乗る武装集団がハワイ州議会議事堂とイオラニ宮殿を占拠し、ハワイ王国暫定政府の樹立とアメリカからの独立を宣言しました。武装集団のリーダーを名乗るカメハメハ氏は──』


 タクシーのラジオが混乱の様子を伝えている。


「凄いぞ。真珠湾攻撃でくたばった米兵がハワイ王国の連中とやり合い始めた」


「マジで? もうどうなるんだよ、これ」


 セイレムがワイヤレスサイバーデッキで情報を収集していうのに東雲が心底うんざりしたようにため息を吐いた。


「“ネクストワールド”を止めて、Dusk-of-The-Deadを完成させれたら終わる」


「そうは言うけどさ、八重野。本当にどうにかなると思う?」


「どうにかならなければ終わりだ」


 東雲が尋ねると八重野はそう言い放った。


「お客さん。ここら辺でいいか?」


「ああ。ありがとう。端末を」


 暁はタクシーの運転手の端末に余分に運賃を支払って、タクシーを降りる。


「おうおう。見るからなスラム。ゴミ、死体、あばら家と違法建築、鳴り響く銃声と来て電子ドラッグジャンキーども」


「見事なまでの無法地帯だな。ゴミクズみたいな犯罪組織の連中にとっては暮らしやすいだろう」


 東雲が荒れ果てたホノルルのスラムを見渡して言うのに八重野がそう吐き捨てた。


「こっちだ」


 暁が案内して東雲たちはこのスラムを進む。


 道路はもはや整備されていないというレベルを超えて荒地だ。アスファルトが陥没し、水たまりができている。そんな破損があちこち。


「どこもここもスラムってのは変わりがねえな」


 東雲がそう言って通りを歩きながら周囲を見る。


 通りに面した建物には火炎瓶の焦げ跡と銃痕が刻まれ、その近くには死体と死体とほぼ同じ電子ドラッグジャンキーが転がっている。


 ギャングが描いただろう落書きも定番で、時々群れている武装した集団がいた。


「妙なのに絡まれる前に到着したんだが、近いのか?」


「少し歩かにゃならん。妙なやつが近づいてきたら殺せ」


「あいよ」


 暁が言うのに東雲たちは暁に続いて進んだ。


 銃声が何度も響いている。遠くからは砲声もする。それに加えて無人戦闘機のエンジン音までこだましてきた。


「戦争状態だな」


「そうだな。ここもどうなるか分からんぞ」


 東雲と呉が愚痴り合う。


「止まれ」


 そこで暁が声を上げた。


「どした?」


「妙な連中がいる。黒いジャージにスキンヘッドとドクロのタトゥー。こいつら“アームド・ホワイト”だ。白人至上主義者でネオナチだよ」


「はあ。肥溜めには肥溜めに相応しい連中がいるってことね。無視すりゃいいだろ」


「いや。あの連中は数年前にサント・フシールとやり合って全滅したんだ。所詮は素人に毛が生えた程度の練度だったからな。独立系民間軍事会社PMSCの支援を受けて訓練されたカルテルの兵隊には勝てない」


 東雲がうんざりしたように言うと暁が周囲を見張った。


「ってことはあいつら歩く死体デッドマン・ウォーキングか?」


「だろうな。クソが。面倒なことになったぞ。連中が蘇ってやることと言えばサント・フシールとの再戦しかない」


「勘弁してくれよ。ネオナチと麻薬カルテルの戦争に飛び込むわけ?」


「そういうことになるな」


 東雲が唸り、暁が達観した様子でそう返した。


「とにかく急ごう。私たちには時間がない」


「了解。裏道を通って進むぞ。素人連中とは言え一時期は“アームド・ホワイト”もテクニカルの類や迫撃砲を持ってた。まともにぶつかれば面倒だ」


 八重野が急かし、暁がスラムのさらに猥雑とした場所に潜り込む。


 もうネオナチと麻薬カルテルの戦争は始まったのかけたたましい重機関銃の銃声が鳴り響き、対戦車ロケット弾が炸裂する音が高らかと響いた。


「あーあ。俺たちは今銃声と爆音のする場所から遠ざかっているのではなく、そっちに向けて進んでいますよっと」


「共倒れすれば万々歳だな」


「止めろよ、八重野。麻薬カルテルの連中には仕事ビズを頼む必要があるんだからな。くたばってもらった困る」


 八重野が皮肉るのに東雲が眉を歪めた。


「そうそう簡単にカルテルの連中はくたばらないから安心しろ。何せ軍用装甲車やアーマードスーツを持ってるからな。それにドローンも」


「もう犯罪組織というか軍隊だな、それ」


 暁がそう横から言い、東雲が呆れ果てた。


「そろそろだ。気を付けろ。戦場になってるぞ」


「クソッタレ」


 東雲たちが裏道から通りに出るとすさまじい銃声が響いて来た。


 そして、通りを見渡せば土嚢が積み上げられて機関銃陣地が作られており、旧式のアーマードスーツによって支援された麻薬カルテルの構成員たちがアメリカ製の自動小銃を乱射している。


 そこに対戦車ロケット弾が飛来しアクティブA防護PシステムSがそれを高出力レーザーで迎撃していた。


「どうすんだよ? ここを突き抜けて進むのか?」


「そうするしかねえな。行くぞ」


「もう帰りたい」


 暁が通りに飛び出て、東雲たちが続く。


「クソッタレのナチ野郎をぶち殺せ!」


「死人が蘇ってんじゃねーぞ、おら!」


 コロンビアの麻薬カルテルであるサント・フシールの武装した構成員たちが迫りくるネオナチ集団“アームド・ホワイト”を銃撃する。


「聖なるアメリカは俺たち白人のものだ! 失せろ、カラードども!」


「コロンビア人どもを殺せ!」


 ネオナチ集団“アームド・ホワイト”も火炎瓶を投げたり、同じくアメリカ製の自動小銃を乱射してサント・フシールと交戦している。


「こっちだ。連中の馬鹿げた戦争に付き合う必要はない」


「同意するよ。麻薬カルテルとネオナチなんて好きに殺し合ってろってんだ」


 東雲たちは戦闘が繰り広げられている通りを密かに通過して、サント・フシールの拠点に向かって進み続けた。


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