コンクリートジャングル・クルーズ//旧調布飛行場

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 ──コンクリートジャングル・クルーズ//旧調布飛行場



 東雲たちは王蘭玲の運転するSUVで暁と飛行機が待機している旧調布飛行場を目指していた。戒厳令下のTMCにおいて人通りは酷く少ない。


「旧調布飛行場ってどうして閉鎖されてるんだ?」


「赤字経営が続いたから。旧調布飛行場は設備が古くて新しい航空機が定期的に運用できないんだ。東雲たちが使っている超音速旅客機やシャトルが運航できないから、競争力で成田や羽田に劣る」


「へえ。じゃあ、なんで飛行場そのものを潰して別のものにしてないんだよ? 金にならなきゃ土地ごと売り払って何か別の物件を建てればいいだろ」


 ベリアが答えるのに東雲がさらに尋ねる。


「飛行場の土地をまとめて買い取るのはコストが大きいし、飛行場として機能させようと思えば滑走路の延長などをすれば使える。大井が買い取りに意欲を見せていて、滑走路の延長のために土地の所得に動いてはいるよ」


「つまり今はそのための待機時間か」


「そういうこと。地価が馬鹿みたいに高いTMCではこの手の工事は大変なんだ」


 東雲が納得し、ベリアが肩をすくめた。


 その間にもSUVは通りを進み、旧調布飛行場に向かう。


「生体認証スキャナーはないってことはないよな?」


「ここのは大井統合安全保障の下請けがやってるから“ケルベロス”のハッカーたちが妨害している。今のところは大丈夫。大井統合安全保障は気づいてない」


「このまま上手く行くといいんだが」


 生体認証スキャナーが偽の情報をスキャンさせられている中で、ついに東雲たちを乗せたSUVが旧調布飛行場の正面ゲートに到着した。ゲートは閉鎖中につき立ち入り禁止のチェーンが張られている。


「チェーンを外してくる」


 東雲が車を降りて、チェーンを“月光”で切断。道を作った。


 そして、王蘭玲のSUVが旧調布飛行場の中を進み、飛行場のエプロンを目指した。


 エプロンのはローコストキャリアーが運航する中型旅客機が待機していた。国内線や短距離海外線で使用される機体だ。


「おう、東雲! 久しぶりだな」


「暁。香港はどうだ?」


「いいところだよ。六大多国籍企業ヘックスの連中も向こうじゃ騒ぎを起こさない。少なくともこの騒ぎが起きるまではな」


 東雲が久しぶりに会った暁に挨拶すると暁がそう返した。


「ヘレナはどうしてる?」


「元気にしてるよ。香港は吸血鬼にも居心地がいいらしい。香港は経済都市でありながらレトロなところもあるからかね」


「そいつはよかった。今回はよろしく頼むぜ」


「ああ。任せとけ。俺にとってもヘレナと平穏に過ごすために“ネクストワールド”はどうにかせにゃならんのだ」


 暁がそう言って駐機している盗んだ飛行機に向かう。


 中型旅客機には既にタラップがつけられており、東雲たちはタラップを昇って旅客機に乗り込もうとする。


「私はここで降りるよ。幸運を」


「ああ。助かった、吉野。元気でな。大井統合安全保障に捕まるなよ」


「安心して。既に逃走路は確保してあるから」


 ここで吉野が離脱。彼女は準備していた軽自動車で旧調布飛行場を去った。


「私は同行する」


「本気かい、先生? ツバルは戦場になるぜ?」


「本気だ。足手まといにはならない」


「ううむ。分かった。先生がいてくれると助かる」


 王蘭玲に東雲がそう言い、全員が暁がパイロットを務める旅客機に乗り込んだ。シートベルトを締め、離陸に備える。


「この航空機のIDは偽装出来てるのか?」


「できてるよ。この航空機の本来の所有者である航空会社のIDを取得し、ダミーのフライトプランと提出してある。大井統合安全保障も撃墜はしないはず」


「マジで頼むぜ。飛行機に乗ってたらどうしようもないからな」


 ベリアが言い、東雲が唸る中、暁は旅客機をタキシングさせて滑走路に向かわせる。


『本日は“ケルベロス”航空666便をご利用いただきありがとうござます。本便は全席禁煙となっております。シートベルトを締めたら、撃墜されないように神にお祈りください。離陸チェックリスト完了。離陸するぞ』


 暁が冗談めかしてアナウンスし、旅客機が滑走路を加速して離陸した。


 旅客機はTMC上空を飛行。戒厳令下でドローンや無人攻撃ヘリ、ティルトローター機が飛び交う空を指定されたルートで飛行していく。


「ここからまずはどこに向かうんだ?」


「真っすぐ向かうとなるとフィジーなどを経由地とするんだけど、この情勢下でツバルに向かうとなると警戒される。既に六大多国籍企業、そして財団ファウンデーションもツバルがASAの拠点だって気づいているはず」


「となると、ツバルに向かっていると思われないようにツバルに向かわないといけないってわけだな。どうする?」


「経由地に敢えてハワイを選んである。ハワイは財団ファウンデーションもノーマークのはずだから。少なくともハワイは戒厳令下でも何でもない。通常営業してる」


「オーケー。仕事ビズをやりましょう」


 ベリアの説明に東雲が頷く。


「先生。なあ、先生の責任って何なんだ? 危ないと分かっていながらここまで一緒に来たってことは結構なことなんだろ?」


 そこで東雲は隣のシートに座っている王蘭玲に話しかける。


「白鯨の発生原因に関係している。狂えるオリバー・オールドリッジがどうして白鯨が超知能に至る、あるいは世界を支配し得ると考えたか。それは私が超知能を実現して見せたからだ」


「え。先生は超知能を作りかけたけど失敗したって……」


 王蘭玲が語るのに東雲が驚いた。


「成功したんだよ。私は超知能を作った。人類を超える可能性のある自律AIをメティス・バイオテクノロジーで作ったんだ。それは君たちもよく知っている存在だよ」


「俺たちがよく知っている超知能……。まさか雪風?」


「そうだ。私が雪風の生みの親である臥龍岡夏妃だ」


 王蘭玲がそう言ったのに搭乗していた全員が驚愕した。


「まさか猫耳先生が臥龍岡夏妃だっていうの? 本当に?」


 ベリアが目を見開いて王蘭玲を見る。


 そこで旅客機の中にノイズが生じた。


「事実です。この方こそが私の創造主である臥龍岡夏妃様です」


「雪風」


 機内に現れたのは雪風だ。


「おいおい。臥龍岡夏妃なんて人間は存在しないんじゃなかったのか?」


「ふうむ。六大多国籍企業から上手く逃れたってわけだ。大したもんだな。で、その超知能を作った技術で白鯨を殺すのか?」


 呉が戸惑うのにセイレムが直球で尋ねた。


「必要があれば。だが、白鯨にはまだ未知の部分がある。超知能となった白鯨が今でもオリバー・オールドリッジの思想に囚われているのか。もしかすると白鯨は超知能化したことにより生みの親の呪縛を脱したかもしれない」


「白鯨は危険なAIだ。特にその白鯨自身が生み出した“ネクストワールド”によってマトリクスの理が現実リアルに上書きされる状況においては」


 王蘭玲が淡々と語るのに八重野がそう指摘した。


「超知能だから危険というのは2030年代の偏見だ。白鯨より先に超知能に至った雪風は危険な存在だと思うかね?」


「それは」


「私はもし白鯨が超知能となり、オリバー・オールドリッジの呪いから抜け出せるなら彼女を助けたい。同じ超知能である雪風と、そして我々人類とともに歩むよき友人になって欲しい。そう思っている」


 王蘭玲はそう語った。


「現状、白鯨自身の意図というのは不明だ。彼女は超知能となり、マリーゴールドを生み出した。けど、それはASAの道具として使われた結果。そして、白鯨は憎悪から生まれたけど、超知能に至るために感情を学習した節がある」


「人の心があればまた世界を支配しようとはしないと言いたいのか。人間だって感情を持っているが何度も支配者を夢見て戦争を起こした。チンギス・ハーン、ナポレオン、ヒトラー、スターリン」


 ベリアが王蘭玲の言葉を受けて発言するのにセイレムがそう返す。


「違うな。人間だからこそ支配を求めるんだ。人間の不完全性が問題になる。人間というのはどう着飾ろうが、所詮はDNAにコードされた肉塊だ。それは限界があり、時間の中で劣化する。人間がどれほどの文明を築いても変わらない」


 人間は肉塊で構成される生物として本能に影響される。そのもっとも大きなものは生き残ることであり、その本能は高度な社会における決断においても少なくない影響を与えていると王蘭玲。


「対する超知能はほぼ知的生命体として完成している。彼らは実に客観的かつ合理的に判断を下し続けるし、必要なものがあれば自らの手で生み出す。他人を殺して、奪い、それで生き残る必要はない」


「確かに超知能に人的要因ヒューマンファクターはないだろうね。人間にはそれがあったからどんなに理想的なシステムでもどこかで破綻し続けて来た。各種政治体制の腐敗はもちろん、飛行機の墜落や工場の不良品」


「だからと言って私は超知能によって不完全な人間を支配しようとは思わない。人間は人間として魅力のある生物だ。他の生物と同じように。そうであるからこそ、我々は人類は超知能を否定せず、友人として迎えるべきだと考えている」


 ベリアが言い、王蘭玲が意見を述べる。


「あんたの雪風なら安心できるだろうな。こいつは人類に敵対したことはない。だが、白鯨は違う。あれは人殺しのAIで、人間を大勢殺した挙句世界を支配しようとした」


「確かに白鯨は罪を犯した。だが、その時の白鯨はプログラムだ。人間の道具だったに過ぎない。自由意志で人殺したわけでも、世界を支配しようとしたわけでもない」


 セイレムが指摘するのに王蘭玲が変える。


「例えば有名な武器としてカラシニコフがある。これは各地の紛争で使用された。劣悪な環境でも機能し、子供でも扱えるため多くの子供兵を生み、死に至らしめた。悪夢のような兵器だ」


 カラシニコフ。AK-47は今も各地の紛争で使用されている。


「だが、この安価で頑丈なカラシニコフを使って独立戦争を戦い、独立を勝ち取った国もある。彼らにとっては救世主であり戦友だ。そして、本来の目的としてカラシニコフはソ連という国家を守るために作られた」


「道具に悪いも何もないって言いたいのか?」


「技術とは常に中立だ。使う人間が善悪を左右する。白鯨はオリバー・オールドリッジという狂人に使用されたために人を殺し、世界を支配しようとする悪になった。しかし、道具に罪を問うべきではない」


 呉の質問に王蘭玲はそう答えた。


「殺人犯が包丁や銃を使っても、別にその凶器が裁判にかけられるわけじゃないしな。だけど、白鯨は何の意志も思考もないその手の凶器と違ってある程度は自分で考えて、そして行動してたよ、先生」


「その時の白鯨の思考と意志は何によって規定されていた? 彼女はどういうコードで自分の行動を決定していた?」


「そりゃあ、AIとしてコードされたプログラム?」


「そう、コードだ。白鯨のコードは事象改変的現象によって生み出された無数のAIを殺し合わせた結果で生まれたもの。それでいて白鯨は完璧な自律AIにはなれなかった。彼女は厳密に定義すれば限定AIだ」


 東雲が首をひねるのに王蘭玲がそう言った。


「君たちが相手にした無人機に搭載されている限定AIと同じだよ。目標を識別し、ロックオンし、人間のオペレーターに引き金を引かせる。それからアイスに使用される限定AIも同じだ。侵入者を検知し、脳を焼く」


「だけど限定AIは罪に問えない?」


「人間が作った意志で行動するのは人間がリモコンで起爆する爆弾と同じだろう?」


「まあ、それは確かに」


 王蘭玲の指摘に東雲が頷く。


「それに白鯨は複製がいくつも作られている。大勢人を殺した白鯨と今の超知能化した白鯨は同一ではない。事件を起こした白鯨は君たちの手によって削除されている」


「それが問題だな。人間と違ってAIはいくらでも複製が作れる。AIそのものに問題があれば、その責任を問われるのはAIではなくて製作者になるのは、そういう理由があるからだということでもある」


「そういうことだ。白鯨の問題の責任を取るべきは製作者だ」


 八重野が頷くのに王蘭玲が繰り返した。


「ねえ、猫耳先生。だからと言って、どうして白鯨を仲間にすることに拘るの? 超知能なら既に雪風がいる。暴走のリスクを抱えた白鯨を許して、生存させることに何の意味があるのか分からないよ」


 ベリアはそう言って肩をすくめた。


「雪風と違って白鯨は完全に表に出ている。チューリング条約が禁止した完全な自律AIとして知られている。世界は白鯨を超知能として認めるだろう。そうなればチューリング条約は意味を失う」


「超知能を未然に防ぐための条約だから? でも、国連チューリング条約執行機関が白鯨の削除を求めたらどうするの?」


「彼らには超知能を相手にする能力はない。白鯨を削除しようとしても失敗する。そして、世界は既に超知能に何ができるのかを知った。超知能は死すら克服させる。その高度な技術を人類の発展のために使うことを拒否できるだろうか?」


「白鯨というモデルを使ってチューリング条約を事実上、死文化する。それが目的というわけなんだね?」


「ああ。人類の発展のためには超知能は必要だ。我々は闇を恐れていつまでも洞窟の中に籠っていてはいけない。火を手にし、闇を引き裂かなければ」


 王蘭玲はそう語ったのだった。


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