トロント//到着

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 ──トロント//到着



 ロスヴィータをTMCに残し、東雲、ベリア、八重野、呉、セイレムの5人は大井重工航空宇宙事業部製の超音速旅客機でトロントに向かった。


 全日本航空宇宙輸送ANASの運用する旅客機は成田国際航空宇宙港から太平洋を瞬く間に越えて、カナダはトロント・ピアソン航空宇宙港に着陸した。


「なんだか落ち着かねえ」


「しゃんとしなよ。今日のために着飾ってきたんだから」


 今回はTMC13/6のようなゴミ溜めの仕事ではない。トロントはメティスのお膝元だ。街は清掃され、ベータ・セキュリティのコントラクターが警察業務に当たっている。


 街を行く人間もメティスかその関係企業の従業員で、誰もがオーダーメイドのビジネススーツを纏っている。


「これってなんだか落ち着かないな」


「似合ってるよ、そのスーツ」


 東雲たちも周囲の目を引かないようにオーダーメイドのビジネススーツを着ていた。合成繊維のジャケットと安物のスーツは自宅に置いてきて、ケブラー繊維の編み込まれたアルスターコートを纏っている。


「まずは先に送っておいた荷物の回収だ。武器がなきゃ天下のメティス本社に仕掛けランをやれる気がしねえ」


「そいつは俺の知り合いが預かっている。そのピシッとしたオーダーメイドのスーツには悪いが、スラム街だ」


「足が必要だな」


 東雲がトロント・ピアソン航空宇宙港の駐車場を眺めた。


「オーキードーキー」


 ベリアがワイヤレスサイバーデッキでちょちょいと操作すると車の一台のロックが外れた。日本製のSUVだ。


「足は確保できたな。向かおう」


「俺が案内する」


 呉が運転席に座り、東雲たちも乗り込む。


 呉の運転する車は上品な通りから徐々に荒んだ街並みに入っていく。


 建物の壁にはギャングの刻んだ縄張りを主張する落書き。電子ドラッグジャンキーが夢を見たまま壁にもたれかかって脱力している。死んでいるのかもしれない。


「ここだ。昔からの伝手だ。前のジョン・ドウも知らないからメティスに把握されていることはない」


「そいつは安心だな」


 呉が車を止めたのは廃屋に見えるような建物だった。


「おい。B・B。俺だ。呉だ。荷物を取りに来た」


 呉が今にも壊れそうな扉を乱暴に叩く。


「ったく、うるせえな。そんなにガンガン叩かなくても聞こえてるよ、クソ」


 悪態を突きながら出て来たのはヒスパニック系の男だった。


「荷物を取りに来た。保管料の支払いもな。荷物はちゃんとあるんだろうな?」


「俺は客の荷物を売ることだけはないんだよ。だから、信頼がある」


 B・Bと呼ばれた男は呉たちに中に入るように親指で指さした。


「あんたらの荷物はこっちだ。苦労したんだぜ。カナダは携行兵器規制が進んでいるんだ。拳銃もダメ。刀もダメ。電子パルスガンに至っては発見されたら禁固刑だ」


「分かってる。金は払ってやるよ。相場は7000ドルだったな」


「チップで頼むぜ」


「ほらよ」


 呉がB・Bに現金の詰まったチップを渡す。


「確かに。持っていけ。バックはサービスだ」


「また何かあったら頼むぜ」


 大きなボストンバックに入った“鮫斬り”、“竜斬り”、“鯱食い”、そして小型電磁パルスガンと電磁パルスグレネードを呉たちは受け取り、それぞれバックを下げてB・Bの職場を出た。


「武器の調達完了。ホテルに向かうぞ」


「オーケー。用心していこうぜ。ここはメティスのお膝元だ。下手なIDだとベータ・セキュリティがすっ飛んでくる」


 呉が車に乗り込むのに、東雲がそう言って乗り込んだ。


「IDは大丈夫。問題ないよ。ただし、長居はできない。作戦は2日の予定でしょ?」


「上手くいけばな。一気に仕掛けランをやってさっさと情報を持ってずらかる。悲しいお知らせだが、帰りのチケットも2日後だ。早くやりすぎてもいけない」


「随分とタイトなスケジュールになりそう」


「だな。準備も実行も計画的にやらねえどな」


 ベリアが呆れるのに東雲がため息交じりにそう言った。


 それから東雲たちは準六大多国籍企業のビジネスマンを装いホテルに宿泊した。


仕事ビズの確認をしよう」


 東雲がトロントの地図を広げる。


 オンタリオ湖に君臨する広大な敷地全てがメティス本社だ。


「TMCからロスヴィータが陽動を行う。それでベータ・セキュリティの特殊執行部隊SEU緊急即応部隊QRFが引っかかったら、俺たちはこいつでメティス本社ビルに近づく」


 東雲がそう言って広げたのはベータ・セキュリティが採用してる都市型デジタル迷彩服だった。それにボディアーマーとタクティカルベスト。


「ベータ・セキュリティのシステムはハックできることをベリアとロスヴィータが確かめた。ベータ・セキュリティのコントラクターのIDを偽造できる」


「銃がないのが怪しまれそうだが、陽動で上手く混乱が起きれば最大の難関であるメティス本社への唯一の陸路を突破できる」


「後は出たとこ勝負だ。メティス本社内にベータ・セキュリティのコントラクターはいない。情報を奪取スナッチしたら速攻で逃げる。緊急即応部隊とまして特殊執行部隊とも交戦せずに済むようにする」


 呉がそう言い、東雲が続ける。


「何とも不安になってくる作戦だ。それで肝心のスタンドアローンの端末ってのはどこにあるんだい?」


「本社に突入してからベリアが探す。本社のシステムに直接接続ハード・ワイヤードしたら、目標は見つけられる。メティスの社内ネットワークから探し出す」


「スタンドアローンの端末を?」


「できるから安心してろよ」


 いざとなれば使い魔を使えば、目標のスタンドアローンの端末は探し出せる。


「東雲。ロスヴィータがNA情報I保全S協定Pを突破して潜伏した。いつでもベータ・セキュリティに仕掛けランをやれる」


「オーケー。いつでもやれるな。決行は明日早朝だ。メティス本社の社員が大勢通勤する前にやる。通勤前ならメティス保安部の動きも鈍いはずだ。多分な」


 ベリアがワイヤレスサイバーデッキに接続したまま言うのに、東雲がトロントの地図を見る。メティス本社に仕掛けランをやったら速攻で逃げ出さなければ、帰りの便に間に合わない。


「結構タイトな仕事ビズになるぜ。時間通りにやらないとベータ・セキュリティに蜂の巣にされるし、日本に帰れない。きっちりやろう」


「ああ。仮にもメティスのお膝元だ。ヘマをすれば即死だ」


 出国するチャーター機の時間は決まっているし、トロントにはベータ・セキュリティのコントラクターがわんさかいる。


「しかし、ヤバイのは特殊執行部隊だな。連中は化け物だ。あたしがメティスにいたときに噂は聞いたが、正規の仕事ビズしかしないものの任務タスクでは100%の実行力だと聞いている」


「ただし、一度動かせば辺り一面死体の山だ。そうだろう……」


「ああ。メティスが一度どこかの六大多国籍企業ヘックス仕掛けランで生物工学技術者を拉致スナッチされかけたときに動いたが、連中は引き抜きチームの拠点を強襲した。真昼間にな」


「その話は聞いたことがある」


「なら、オチも知ってるな。連中は引き抜きチームのいたホテルに突入ブリーチして、ホテルの従業員、宿泊客、それから引き抜きチームをミンチにした。無事だったのは奪還対象の技術者だけ。辺りは血の海さ」


 セイレムがそう言って肩をすくめた。


「碌でもねえ連中だな。倫理観まで機械化しちまったのか。人体の機械化ってのも考え物だな。身体だけじゃなくて脳みそもちゃんとアップデートしろよ」


「別に人体の機械化が原因なわけじゃない。ベータ・セキュリティが最初から問題のある人間を集めているのが原因だよ。俺だって機械化率は81%だ。連中並みだよ」


「おいおい。マジかよ。あんたも随分と弄り回しているんだな」


「脳みそに強化脳のインプラントもある。連中と同じくな。でも、俺は一般市民を切り刻みたいとは思わない。機械化すれば人間性が失われるなんてのは科学的なソースがない反生体改造主義者のプロパガンダだ」


「なんだかねえ。確かにそういうプロパガンダもあるんだろうが。でも、俺には機械化も原因のひとつじゃないかと思っちまうね」


 東雲はそうぼやきながら地図で突入ブリーチ経路と脱出経路を確認した。


「少なくとも有名な生体機械化兵マシナリー・ソルジャーは正規軍に所属している時は軍規に従って行動している。問題行動は一般兵に比べれば低いくらいだ。だが、こいつが民間軍事会社PMSCに移籍すると」


「トラブル。民間軍事会社、か。今は警察業務から国家安全保障までって連中だよな。それが問題の原因かね。確かに大井統合安全保障の連中も横柄だしな」


「ほとんどの民間軍事会社のコントラクターは自分はまだ警察や軍にいて、その権限があると思っている。そのくせ義務についてはお粗末だ。民間軍事会社で民間人を殺しても、軍法会議はないからな」


 東雲の言葉にセイレムがそう言って東雲と一緒に作戦地域の確認をした。


「少なくとも心理的に影響が出るような生体改造や機械化をメティスがするとは思えん。この手の分野じゃメティスがトップ・オブ・トップだ。他の民間軍事会社もメティス製の製品を使用しているぐらいには」


「猫耳の技術もメティスが特許を持っているんだよな。メティスは生体改造の生みの親ってわけだ。キリスト教右派の反生体改造主義者がブイブイ言わせているアメリカから本社を移したのも納得」


「そのアメリカも軍はメティス製のパーツを使っている」


 あの有名なジャクソン・“ヘル”・ウォーカーも、と呉が言った。


「ジャクソン・“ヘル”・ウォーカー? けったいな名前だな。どこのどいつだ?」


「東雲。説明したじゃん。機械化率88%以上の元ネイビー・SEALsのオペレーター。今はベータ・セキュリティの特殊執行部隊に所属している」


「ああ。そいつか。だが、そいつはどうして有名になったんだ? 特殊作戦部隊のオペレーターなら大井統合安全保障にだって腐るほどいるだろ」


「良くも悪くも英雄だから。第六次中東戦争でイスラエルによって核が使用されて、アメリカが介入したときにイスラエル国防軍IDFの重武装部隊が守っていたミサイルサイロに2名で突っ込んで核ミサイルの制御を奪った」


 ベリアがそう語り始める。


「そして、イスラエルの核攻撃で概ね首都が吹っ飛んで無政府状態になった湾岸地域で勃発した第三次湾岸戦争にも参戦。大ペルシャ・イスラム首長国暫定陸軍の指導者アミール・ミルザエイ少将の暗殺作戦をアメリカ情報軍とともに実行」


「上手く行ったのか?」


「暗殺そのものは成功した。アミール某は死んだ。頭部を電磁ライフルで丸ごとドカン。けど、大ペルシャ・イスラム首長国暫定陸軍に所属していた元イスラム革命防衛隊の大部隊に囲まれて脱出に失敗した」


 アメリカ海軍ネイビー・SELAsのオペレーター6名とアメリカ情報軍インディゴ特殊作戦群8名が1000名を超える部隊に包囲されたとベリアが語る。


「その英雄様はどうしたんだ?」


「彼は殺しまくった。それだけだよ。あらゆる武器を使って敵を殺し続けた。守るだけじゃなくて部下を鼓舞して敵の物資集積所を襲撃し、奪った武器で殺し続けた。ドカン、バン、ズドン」


 ベリアがライフルを構えるポーズをしてそう言った。


「有志連合に雇われていたフラッグ・セキュリティ・サービスの捜索救難部隊SARが救出するまでの4日間、彼は殺し続けていた。フラッグ・セキュリティ・サービスのコントラクターは『彼は地獄から出て来た』ってさ」


 それで付いた渾名がジャクソン・“ヘル”・ウォーカーとベリア。


「うへえ。とんでもない野郎だな。凄いっちゃ凄いが地獄からとは」


「彼は当時戦争の大義を失いつつあったアメリカ政府にプロパガンダ的に評価されて、議会名誉勲章が授けられた。彼は自伝を書いたし、自伝と軍の公式記録を元にフルダイブ式VR映画も作られた」


「じゃあ、会ったらサインを貰わねえとな」


「あいにく、彼が君にくれるのは銃弾だけだよ」


「だろうな」


 東雲はそう言って椅子の背もたれに腕を回した。


「軍の公式確認殺害戦果は646名。ただし、軍はちょっと工作をしている。記録されなかった211名」


「記録されなかった211名?」


「戦いはエスファハーンの市街地で行われた。当然一般市民がいたし、核で吹っ飛んだテヘランからの難民もいた。そんな場所で暴れれば?」


「当然一般市民も巻き添え、か」


「そう。アメリカ海軍はジャクソン・H・ウォーカーの軍のデバイスに記録されていた映像を全て公開すると約束したけれど、一部のデータはハッカーに攻撃されて消えたと発表した」


「それが記録されなかった211名ってか」


「そういうこと。それ以外は完璧なアメリカの英雄。生きた伝説」


 ベリアが軽い調子でそう言う。


「大層な伝説だ。そいつに出くわしたらその大層な伝説のエピローグを刻んでやるよ」


 東雲は片手を振ってそう宣言した。


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