TMCクライシス//三人目の相棒

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 ──TMCクライシス//三人目の相棒



 呉と東雲が再会したのは東雲がジェーン・ドウからメティスの非合法傭兵に関する依頼を受けて翌日のことだった。


 昼食のインド料理のテイクアウトを買いに行く途中で呉と出会った。


 呉は今回は腰に刀を下げている。


「穏やかじゃない用事なら断るぜ」


仕事ビズだよ、兄弟。あんたと組めとジェーン・ドウから言われた」


「聞いてない」


 東雲がそう言ったとき路地から不意にジェーン・ドウが姿を見せた。


「こいつと組め。能力としては期待できる。足を引っ張るようなことにはならないはずだ。そのことはお前自身がよく分かっているだろう?」


「……ああ。こいつはマジで強い」


 東雲が渋々とそう認めるのに呉が笑ったのがちょっと不愉快だった。


「じゃあ、組むことに異論はないな? サイバーサムライが相手ならこいつに押し付けられるかもしれないぞ」


「そりゃあいいや。是非とも敵のサイバーサムライの相手はサイバーサムライにやってもらおう」


「お前はお前でサイバーサムライ並みのサイバネアサシンと戦うことになるだろうがな。楽はできないぞ、ローテク野郎」


 ジェーン・ドウは水を差すようにそう言った。


「あんたの仕事ビズで楽ができるとは思ってないよ。ただ、サイバーサムライの相手は二度とごめんだ」


「こいつがくたばったら、お前がサイバーサムライの相手だぞ」


「そうなるよな。勝ってくれよ、呉」


 東雲は呉に向けてそう言う。


「まあ、大抵のサイバーサムライ相手なら勝てるつもりだ。しかし、俺より機械化率と性能が高い奴と出くわすと不味いかもしれない」


「頼むぜ。あんたは強いんだ。ぶちのめしてやってくれ」


「善処する」


 呉はそういうのみだった。


「さて、仕事ビズの本題だ。メティスがどうも毒ガスをTMCに持ち込んだらしい。ナノマシンによる中枢神経系を破壊する作用を持った毒ガスだ」


「マジかよ」


 碌でもないものをまた持ち出してくれたもんだと東雲は思った。


「こいつがどこで散布されるかは分からん。エルフ女については居場所についてでたらめに情報を流してある。TMCの全域が攻撃目標となるだろう」


「大惨事じゃねーか」


「それを防ぐためにお前たちがいるんだろうが」


 そういう仕事ビズだとジェーン・ドウは言う。


「つまり毒ガスをどうにかしろって?」


「そうだ。こいつを受け取れ」


 東雲は拳ぐらいの大きさの金属製の容器を受け取った。


「こいつは?」


「推定された毒ガスの中和剤になる。散布される前ならば効果が期待できる。散布された後は期待できん」


 ジェーン・ドウは続ける。


「こいつは相手のナノマシンに反応して相手のナノマシンを分解し、自己増殖したのちに一定時間たてば、分解して無害化するものだ。空気中での効果は薄い。相手の毒ガスが容器に収まっているはずだからそこにぶち込め」


「ナノマシンかよ……」


「ナノマシンアレルギーでもあるのか?」


「ないよ。ただ、道具も使い方によっちゃ酷い結末になるなと思っただけさ」


 造血剤のナノマシンには慣れたが、毒ガスとして使用されるナノマシンなんてごめん被りたいと東雲は思った。


「それはお前らにも言えることだぞ。お前らは俺様の駒だが、駒も使いようによっては利益になるし、不利益にもなる。まあ、俺様に大人しく従っている限りは問題ないがな」


「はいはい。そう言うことにしておきますよ」


「おい。あまり俺様を舐めてるなよ? お前らの生殺与奪兼を握ってるのは俺様なんだからな?」


 東雲は次の瞬間、無数の殺気が自分の方に向けられるのに気づいた。


「ちっ。冗談も通じないのかよ……」


「冗談か。そいつはお笑いだな。ユーモアのセンスがある」


 ジェーン・ドウはぱちぱちと手を叩いて見せた。


「とにかく、こいつと組め。組んでメティスの連中を止めろ。メティスとの戦争そのものはないことになっているが、交渉は始まっている。メティスが白鯨っていうクソ野郎を破棄することが条件だがな」


「そりゃ纏まりそうにないな」


 白鯨はメティスですら全容を把握しているかどうか分からず、当のメティスですら破棄などしようのないものになっているだろう。


「お前らは黙って仕事ビズをしろ。こいつは予備の中和剤だ、サイバーサムライ。ローテク野郎がくたばったらお前が中和しろ」


 ジェーン・ドウはそう言って東雲に渡したのと同じ中和剤を呉に渡す。


仕事ビズはこなせ。TMCでケミカルテロが起きたらお前らの責任もそれ相応に取ってもらうぞ」


「大井統合安全保障はどうしたんだよ……」


「連中ははケミカルテロの可能性は伝えてない。このことが発覚するのは白鯨関係のネタをぶちまけることに繋がる。そのぐらいBCI手術を受けてない脳みそでも理解できるだろうが」


使い捨てディスポーザブルにするつもりはないよな?」


「ない。言っただろう。賢い殺し屋が駒に欲しいと」


「そうだったが」


 どうにもジェーン・ドウは信頼できなかった。


「じゃあな。せいぜい頑張れよ、ローテク野郎、サイバーサムライ」


 ジェーン・ドウはそう言って姿を消した。


「俺も大抵のジョン・ドウは胡散臭い奴だと思っていたが、あんたのところのジェーン・ドウはずば抜けて胡散臭いな」


「そう思うか? 思うよな」


 ジェーン・ドウは胡散臭い。


 悪魔であるということからしても胡散臭ささが見えいてるが、ジェーン・ドウ本人も他人を見下すようで、まるで人間を人間扱いしていないようだ。


 いや、ある意味ではその対応のジェーン・ドウは正しい。東雲は計数されざるものたちだ。国家と政府からカウントされてない人にして人に非ずという人間。


 それならば、ジェーン・ドウの対応は間違っていないだろう。


 気に入らないがと東雲は思う。


「本当に使い捨てディスポーザブルにされなければいいんだが」


「俺たちがしくじった場合にプランBくらいは準備しているだろうな」


 その時は俺たちはくたばっていると東雲は呉に言った。


「しかし、あんたの刀は今度はどういう仕組みなんだい。相棒になるんだ。教えてくれよ。前回のは熱で引き裂くタイプだったみたいだが」


「ああ。ちょっと気に入らないが超高周波振動刀だ。これも超電磁抜刀できる」


「へえ。何が気に入らないんだ?」


「俺との勝負をお預けにしているサイバーサムライも同じような武器を持っている。名前は“竜斬り”。こいつは“鮫斬り”だ」


「竜相手に鮫で挑むつもりかい……」


「鮫のように獰猛であれってことさ」


 今の俺には虎の名を継ぐには相応しくないとサイバーサムライの美学らしきものを語る呉を東雲は冷めた目で見ていた。


「サイバーサムライの美学は結構だが、仕事ビズに支障をきたすなよ」


仕事ビズ仕事ビズでやるさ。俺はこの手の仕事ビズで食ってきたんだ。安心してくれ」


「頼むぜ、本当に」


 あんたにはサイバーサムライの相手をして貰わなきゃいけないんだからなと東雲は思っている。


「じゃあ、あんたは俺の最初の相棒だ」


「俺にとっちゃあんたは三人目の相棒だよ」


 東雲の相棒は“月光”、ベリア、そして呉だ。


 場がフリップする。


「姉御。ヤクザから足を手に入れたっす」


「ご苦労、ニトロ」


 TMCセクター10/2の廃ビルに4人の女性がいた。


 車の電子キーをくるくると回すニトロと呼ばれた小柄なアラブ系の女性。年は10代後半ぐらいにしか見えない。


 ガーリーなスカートにブラウス姿だが、ゴツイボディアーマーとタクティカルベストを纏い、背中にはオートマチックグレネードランチャーを背負っている。


「チャイニーズマフィアの方が都合がよかったんじゃねえの?」


 黒社会ヘイシャーホェイとはトラブルはねえだろうと尋ねるのは黒いライダースーツ姿の東南アジア系の女性で、やはりボディアーマーとタクティカルベスト、そして12ゲージのショットガン。


 その背後にはカスタムされたアーマードスーツ──“サーバル1A2”がある。アトランティス・ランドシステムズ製のアーマードスーツだ。


「連中とはトラブルがないからこそ、トラブルに巻き込みたくない。いざって時はヤクザを使い捨てにする。そして、連中を頼って脱出する。そういうあたしのプランだ、マスターキー」


「あいよ」


 そのライダースーツの女性はマスターキーと呼ばれた。


「チャイニーズマフィアは保険ってことだねー。仕事ビズの鉄則。弾を切らすな。マトリクスを見張れ。脱出経路は確保しろー」


「そういうことだ、ダッシュK」


 ダッシュKと呼ばれたのは南米系の女性で上下ともにデジタル迷彩服で、やはりボディアーマーとタクティカルベスト。上の迷彩服は羽織るように纏っており、鍛えられた腹筋とタンクトップが見える。


 その後ろには口径12.7ミリのガトリングガン。人間が背負って運用できるようにカスタマイズされたものだった。


「で、セイレム。これからどうするんだ? 早速やりに行くのか?」


 マスターキーがアーマードスーツとのBCI接続を確認しながら尋ねる。


「メティスがあたしらを使い捨てディスポーザブルにするつもりが本当にないのか計画を確かめてから実行する。まずは偵察。次に実行だ。メティスの計画に穴があるなら、それこそチャイニーズマフィアを頼ってとんずらだ」


 最後にセイレムと呼ばれたこの場にいる中心の女性。


 黒いパンツスーツ姿で、腰には日本刀とみられるものを下げている。年齢は20代後半ごろ、人種はアジア系で目立つ特徴はその頭部に生えた角だった。


 ヤギの遺伝子をプラスミドで導入して発言させたもので、悪魔の角のように伸びている。白と黒の混じった髪をポニーテイルに纏め、その角を生やしたその姿はまさに魔女と契約する悪魔であった。


「殺すなら盛大に、だ。連邦捜査局FBIでもアトランティスAL執行EサポートSサービスSあたしたちの影すら踏めなかった。今度も踏ませやしない」


 そう言って悪魔の角を生やした女性は獰猛な笑みを浮かべた。


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