聖女の顔が好みじゃない?じゃあこっちから捨ててやる!
日向はび
第1話
聖女になり、国の決まりに従って王太子と婚約した。
なのにこれはあんまりである。
「俺、聖女の顔が……好みじゃないんだ」
聖女ケイナは、部屋の扉の前でずっこけそうになった。
部屋の中で王太子の友人がお茶を噴き出した音がする。どうやら同じく驚いた人がいたらしい。その友人が言った。
「殿下、それは……それは冗談ではなく?」
「冗談ではなく。好みではない」
至極真面目そうな声で王太子が言う。
ケイナはこの会話にどう対応していいのか分からず、扉の前で静かに息を顰めるばかりだ。ケイナがまさか会話を聞いているとは思ってもいないだろう。
王太子は続けて深刻そうに言った。
「俺は、金髪で、青い瞳で、肌が白くて、小柄で、清楚な娘と結婚したいんだ。そういう人が聖女だと思ってたんだ。なのにケイナは、茶髪で、黒目で、肌は小麦色で、背も高い。もはや聖女じゃない」
――いや、聖女ですけども。
ケイナは思わずツッコミを入れる。
続けて王太子は言った。
「つまり俺は、例えばヴァレンタイン伯爵令嬢が聖女だったらよかったなぁと思っている」
「殿下……それは願望がすごいです」
王太子の友人と同じことを思いつつ、ケイナはヴァレンタイン伯爵令嬢を思い出す。たしか、金髪で、青い瞳で、肌が白くて、小柄で、清楚で、胸の大きな聖女候補だった女性だ。
そう、聖女候補だった。ケイナより劣るとして結局最終選考にも残らなかったが、たしかに聖女の力は持っていた女性。
――なるほど、王太子の好みはそこなのか。普通の男と同じだ。
「俺は、ケイナ様美人だし優しいし、いいと思うんですけど……」
と友人が言う。
――いいこと言う! もっと言ってやれ!
「でも好みじゃないんだ」
――ああそう。
「でもケイナ様は聖女としてすばらしい方ですよね。能力も歴代でも相当だとか」
「それでも好みじゃない」
――何回言うんだこの男は。
流石のケイナも攻撃回数が多いとそれなりに消費する。歩いてもいないのに疲労困憊になりながら、それでもケイナは部屋の前から離れなかった。
この会話の行先が気になるのだ。
「それで殿下はどうしたいのですか?」
「ああ……実は、もう一度聖女選考をしようかとおもっている」
――ほう?
「え、でもそれではまたケイナ様が選ばれると思います。結果は同じでは」
結果。つまり結婚することになるのは結局同じはずだ。ケイナもそう思う。が、王太子の考えは斜め上だった。すくなくともここにいる、1人の友人と、1人の聖女にとっては。
「だから、ケイナには聖女選考にでないように頼もうと思っている」
――はい?
「そ、それは無理では……」
「あ、いや、言葉が少し違ったな。彼女が遠征に行っている間に選考をして、不在だったから聖女は別の人になった。と伝えるつもりだ」
――少し違うって、全然少しじゃないんですけど!?
「実は3日後にケイナは北方に遠征に行くんだ。だからその機会にやろうと神官とも相談している」
「神官が了承したんですか!?」
腰を抜かしそうな勢いで友人が叫んだ。ケイナも叫びたかったが、そうもいかなかった。
「そもそも聖女というのはヴァレンタイン伯爵令嬢のような外見と伝えられてきた。神官たちは、ケイナが聖女になったのは間違いなのではと思っているんだ。俺もそう思う」
「は、はぁ」
ケイナは呆れてため息も出なかったが、なるほど。とも思った。
ケイナが聖女として選ばれたとき、神官たちは確かに困惑した様子だった。つまり予想外のことが起きていたのだろう。かといって、選考が間違っていたと認めるのは、教会の威信に関わる。ここは王太子の言葉にしたがってやってみようということなのだ。
――さすがにそれは何も言えない。
「本気ですか、殿下」
「本気だ」
決意のこもった王太子の声。それに友人が脱力してそうな声で「やめた方がいいと思いますよ、全面的に」と答えた。
「いや、やってみせる。心配するな」
「いえ、失敗とかを心配してるのではなくてですね……聖女様が変わったら国が大変なことになりますよ」
――友人さん。貴方とは話が合いそうです。
しかし王太子は頑なだった。
「大丈夫だ。次の聖女であるヴァレンタイン伯爵令嬢がいるからな」
――それ決定かーい!
結局友人は小さな声で、「そうですか、そうですか……そうですか」と繰り返していた。こんな話を聞かされてかなり哀れだと思う。
それより問題はこの話をきいてしまったケイナである。
ケイナは扉から離れ、城から出ていくことにした。ついでに荷物をまとめなくてはならない。
――そっちがその気ならっ私から捨ててやる!
そしてケイナは3日後の遠征後、そのまま国に戻らず姿を消した。
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