第30話 種族の違い

「……この丸薬が、アレなのですね?」

「そう、アレなのです」


 どうしても自分も一緒にその場に立ち会いたいと父が駄々をこねたので、例の丸薬はグレンを夕食に招いて、食後にその場で渡すことになった。

 綺麗な瓶に入っており、一見してチョコトリュフか何かのようにも見えはするが、蓋を開けても決してカカオの香りはしない。


「毎日、夜に一つずつ服用して下さい。舌に乗せただけでも痺れるような苦みだと思うので、決して噛んだりしないで、水で早急に流し込んで欲しいのです」


 この丸薬を作ったあと、五回ぐらい石鹸を付けまくって手を洗わないと臭いも取れなかったと言う劇薬に等しい存在である。もう手がカッサカサだ。


「本当に……本当に申し訳ないのだけれど、当然吐いてしまうと効力が無くなるので、何とか耐えて体内に取り込んで下さい」


 グレンが私の言葉に少し不安そうな顔になった。

 彼は大げさに言っていると感じるのかも知れないが、嘘いつわりなく事実に基づいた忠告である。大体父もあれだけゲーゲーやっていたのを見ていただろうに。味覚のボーダーラインが緩い吸血鬼族には他人事なのだろうか。


「可愛い娘が自らの手で作ったものだ。当然、問題なかろう? そうだなグレン」

「……ええ、もちろんです」

「グレン……その、どうしても無理だったら──」

「いえ! 全く問題ありません!」


 グレンは笑顔に戻ると、大事そうに瓶を受け取った。


「──どうかねグレン。ここで試しに一つ飲んでみたら? もう夜なのだし」

「父様!」

「エヴリン、私は別に彼に意地悪をしたくて言っている訳ではないのだ。飲んだ後どういう状態になるのかを事前に知っておかねば、病気なのか薬の症状なのか分からないだろう? 変に周囲が大騒ぎするようなことになるのは避けたい」


 もっともらしいことを言っているが、単にグレンが悶え苦しむさまを見て先日の自身の辛さを味わわせてやりたいと思っているに違いない。だって目が楽しそうだもの。


「それもそうですね。……分かりました。今こちらで飲ませて頂きます。申し訳ありませんが水を頂けますでしょうか?」


 傍に控えていたメイドに声を掛け、水差しと水をなみなみと注いだグラスを受け取ったグレンは、一呼吸おいて瓶のふたを開けた。一気に広がる刺激臭。


「……っっ!」


 父も葉っぱだけだった時とは段違いの臭いの暴力に、一気に眉間のシワが深まった。そりゃそうよね、私もメメも鼻に詰め物して更にスカーフで防御してたんだもの。とっさにハンカチで鼻と口を覆ったが、私は既に涙目だ。

 グレンも驚いて持っていたふたを落としていたが、目をしばたたかせ、一粒取り出してすぐにふたを戻す。丸薬が一つ出ているものの、まだ大量の刺激臭からは逃れられてホッとする。


「頂戴致します」


 覚悟を決めたグレンがグラスを片手に丸薬を口に入れた。すぐ水を飲んで流し込もうとしたようだが、その瞬間、顔が真っ赤になり、体が電流を流されたようにブルブルッと震え、持っていたグラスが音を立てて床に落ち、割れた。


「グレン! 誰か新しいグラスを!」


 私は近くのメイドに叫んだが、そんなのを悠長に待っている時間もなかったのだろう。口を押さえて素早く水差しを掴むと、そのまま一気に飲み始めた。

 恐ろしい速さで減っていく水に、私も父も唖然と見守るばかり。

 ほぼ水差しの水が空っぽになったところで、グレンが水差しをテーブルに戻した。


「……グ、グレン? 大丈夫?」

「大丈夫で……」


 言いかけてグレンがそのまま失神した。


「おい! グレン、しっかりしろ!」


 がくがくと父が体を揺らしたが目覚める気配はない。ただ脈もあるし心臓の動きも少し早いが正常だ。常駐している医師を呼んで診てもらったが、命に別状はないと言う。

 そのまま寮の部屋に運んで寝かせることにした。


「……何と言うか……あれだ、体質を変えるというのは、大変だな」


 最初は楽しそうに見ていた父も、グレンの様子を見て少し顔色を変えていた。

 私も予想以上の結果に半泣きである。まさかあそこまでひどい状態になるなんて。きっともうグレンは飲みたくないだろうし、私も勧められないわ。

 テッサおば様が三日でギブアップしたって言っていたけど、葉っぱだけではないんだものね。聞くと見るとじゃ大違いだったわ。


(グレンとの結婚はもう諦めるべきなのかも知れない……)


 グレンにあんな負担をさせるのは間違ってる。私の都合で彼にだけ大変な思いをさせられないもの。明日、彼にもうやらなくて良いと伝えなくては。

 やはり、種族の違いというのはそんなに簡単なものではなかった。

 深夜遅くまで天井を見つめつつ訪れない睡魔を待ちながら、私は何度も寝返りを打っていた。




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