第一章――カザド①――
空が赤く燃えていた。落日はとうに過ぎ去り夜明けの時分にも程遠い。この明るさは、燃え盛る炎がもたらしたものだった。
あちらこちらの家々から火の手はあがっていた。かまどで焚かれた暖かみのあるものではない。芝土で盛り固めた屋根を、なめつくす勢いの業火である。どの家の風除けも用をなさず、赤々とした炎を吐き出すにまかせていた。
そこに暮らすはずの住人達は、あるいは焼け死に、あるいは路上で雪と血にまみれて、弔われることなく転がっていた。
「何故だ」
生者の吐息ひとつ感じられない荒々しい蹄の跡が残るそこを、よろめきながらカザドは呟きをもらした。
「どうしてだ、何故、何があったんだ……」
答える者はいなかった。老人も子供も、全てが物言わぬ死者だった。
何者かの襲撃を受けたのは明らかだった。そして同族同士が殺し合うことが最大の罪である以上、このように徹底した殺戮を行う者はひとつしかない。
「
地下の女帝のしもべ。あまねく大地の支配者が、この
「誰かいないのか」
すがるような思いで、カザドは声をあげた。火の粉をまき散らす風車を見たときには信じられなかった。もともと、大した望みがあったのではない。けれどもこんな物を目の当たりにするために、この地を目指したわけではなかった。こうしてはるばる、やってきたわけではなかった。
(長はどうした?)
ふと、カザドは思い至った。
どこの集落にも群れにも、率いる者がいる。ここにも、国を築き上げた長がいるはずだった。長の一族がいるはずだ。
かの女神の血を継ぐ娘たちが、
(その者達はどうした?)
他の家々よりもぬきんでた高さの風車が、カザドの目に入った。それもごうごうと音をたてて燃え上がっていたが、そのすぐ横に遠目でもそれとわかるほど幅のある長屋があった。もしやと思いカザドは足を逸らせた。予期せぬ襲撃であったとしても、やすやすと長たる者が屈するはずはない。
腰の武器を確かめながら、カザドは外套をひるがえして風のように駆けた。
カザドの駆ける燃え盛るこの地の名を、ヴァナヘイムという。
天空と天上の王君を失った天の民が、この大地に築いた楽園だった。
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