第6話 放課後の教室。その二

 金曜日の放課後——


「失礼します」


 僕は頭を下げて職員室を出た。そして手に持っている数学のプリント十枚をパラパラとめくる。


 僕は今日の数学の抜き打ちテストでやらかした。問題の十問は全問正解で百点だったけど、名前を書き忘れてゼロ点。


 宿題提出は週明けの月曜日提出。まぁ余裕だね。このくらいなら今日中に終わるね。


 ルカちゃんは八問正解の八十点だった。昨日の勉強が役に立ってよかった。


 ◇◆◇


 僕はルカちゃんの待つ放課後の教室へ戻った。戻ると廊下から教室を覗く一人の男子生徒。クラスメイトだ。


「何やってるの?」


 僕が教室を覗いている男子に声をかけると、僕を見て慌てていた。


 不思議に思い教室を覗く。教室にはルカちゃんともう一人いた。クラスメイトの坊主頭の男子だ。


「ルカちゃん、小学生の頃から好きでした。付き合って下さい!」


 坊主頭の男子がルカちゃんに告白していた。え? マジですか!


 僕とルカちゃんは付き合っている。恋人だ。それを知っているのは僕達と仲の良い数人の友達だけ。


 それ以外の人は、僕とルカちゃんはいつもじゃれあっているめっちゃ仲の良い幼馴染と思われている。


「ごめんなさい。太郎君とは付き合えないです」


 ルカちゃんは坊主頭の太郎君の告白を即答で断った。


「ルカちゃんは隼人とは付き合っていないんでしょ? だったらお試しで一週間、俺と付き合ってみない? それから判断してよ」


 お試しってなに? 即答で断られたら引き下がりなよ。女々しいよ?


「隼人とは付き合って——」


「付き合ってないよね? なら、俺にも可能性あるよね? いいじゃん。お試しなんだしさっ。俺の良さが分かるよ」


 ルカちゃんの話を遮り、自分勝手に話を進めて行くクラスメイトの坊主頭の太郎君。


 太郎君は野球部の次期キャプテンでエースで四番を任されることが確定のスゴい人。


「だから、ルカは——」


「俺ってさ、将来有望なんだよね。プロに行こうと思ってるし、メジャーにも挑戦予定なんだよ。甲子園にも連れてくからさっ」


 ……坊主頭の太郎君。ドヤ顔してるけど、それは予定で自慢することではないよね?


 僕の隣にいる男子を見ると、『脳筋バカ』とボソリと呟いて頭を抱えていた。


 僕は入るタイミングを失っていたけど、困っているルカちゃんを助けるため教室に入った。


「太郎君、僕とルカちゃんは付き合っているから、諦めて」


 ルカちゃんは僕を見て笑顔になり、太郎君は不機嫌な顔になった。


「は? 付き合っている? 嘘だろ?」


「ホントだよ。ルカと隼人は恋人なの」


 僕はルカちゃんと太郎君に近付いた。


「あのね太郎君。僕達一ヵ月前から付き合っているから。嘘じゃないよ。ホントだよ」


「ふ〜ん。ねぇ、ルカちゃん。軟弱な隼人と別れて俺と付き合ってよ。絶対に後悔させないから」


「太郎君とはぜぇぇったいに付き合うことはないから。それと隼人は、すぅぅっごく強いんだからね」


 太郎君は僕を見て『フッ』と鼻で笑った。


 ——カサカサ。


 ん? アレは……。


「「きゃぁぁぁ!」」


 ルカちゃんと太郎君が僕の机の上に現れた黒いGに驚き、悲鳴をあげた。


「むりむりむりぃぃ!」


「いやっ! きゃー」


 騒ぐルカちゃんと太郎君。机の上の黒いGは触角は動かしているけど、その場から動いていない。


 僕は手に持っていた宿題の数学のプリントの束を固く丸め、筒状の棒を作った。そしてそれを黒いGに振り下ろした。


 ——ズバン!


「よしっと。一撃必中〜」


 僕の振り下ろしたプリントの棒はGに命中。


「念には念をっと」


 机とプリントの間に挟まれたGがいるであろう場所に僕はトドメの握り拳を振り下ろす。


 ——ドン。


「ぎゃ、うぇぇ」


 僕の会心の一撃を見て太郎君は悲鳴をあげた。


 そして無事に黒いGは昇天した。


「二人とも、もう大丈夫だよ。怖かったね」


「べべ、別に怖くねーし。いきなりで驚いただけだし」


「え? そうなの? さすが太郎君。じゃあ、このGをゴミ箱にポイしてくれる? 僕は机を手持ちのアルコールテッシュで拭くから」


「え? ひっ、ひぃぃぃ! そ、それを俺に近づけるなぁ」


「え? 怖くないよね? 大丈夫なんだよね? お願い」


「大丈夫、大丈夫だ……ひぃぃ! あ、よ、用事を思い出した。か、帰る!」


 太郎君の顔が青ざめている。僕は帰ろうとしている太郎君を『ちょっと待って』と呼び止めた。


「ねぇ、太郎君。ルカちゃんのこと、諦めてくれるかな? 僕はルカちゃんを絶対に渡さないからさ」


「わ、分かった、ルカちゃんは諦める。だ、たからそれを近づけないで! お願いしますぅ」


 太郎君は教室から逃げ出した。お友達の男子はゲラゲラ笑いながら太郎君を追いかけて行った。


 僕は一人でGの後始末をした。


「やっぱり隼人は最強だね」


 満面の笑みのルカちゃん。


「え〜。Gを昇天させたくらいで最強は大袈裟だよ」


「ううん。最強だよ。久しぶりに隼人の腹黒を見ちゃった。きゃー、こわ〜い」


「腹黒って、僕は別に何もしてないけど?」


「ふふ、そういう事にしておきますか。隼人帰ろ」


「帰る前に職員室に行かないとね。プリントをダメにしたから」


 僕はルカちゃんと教室を出て職員室へ行った。担任で数学の先生はまだ職員室にいた。プリントの事情を説明すると再発行してもらえた。


 担任の先生もGは究極に苦手らしく、昇天させたことを褒められた。褒められたので、宿題免除になるかな〜と思ったけど、残念ながら免除にはならなかった。

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