第16話 日常

 GWが終わった学生がまず考えるべき事、そうそれは。


「それでジャン君、中間考査がもうすぐだけど勉強の方は大丈夫なのかしら?」

 黒髪ロングな清楚でクールっぽい生徒会長と学校で評判の会長が、俺にそんな質問をしてきた。


 ここはいつもの謎空間、今日は会長の謎空間部屋にお邪魔している。

 本体の俺は学校で普通に授業を受けていて、今の俺は分かたれた意識である俺という訳だ。

 まぁ、後で記憶が合体するので、こちらの俺も偽物という訳ではないのだけど。

 一応生身の体がある方を主体と言うべきかなーとは思う。


 その理屈で言うと今の俺は分かたれた意識、もしくは分身意識を宿したアバターとでも言うべき?

 ま、そんな細かい話はどうでもいいか。


 小さなローテーブルを挟み、対面にいる会長が俺からの返事を待っている。

 何て答えればいいかなぁ……てか、会長の部屋にあるクッションって動物の形をしていたりするので、ちょっと座りづらいんだよな。

 今度自分用の座布団を置かせて貰おうっと。


「大丈夫だと思いたいです」

 カピバラクッションの上で尻の位置を微調整しながら会長の質問に答える事に……。


 あ……。


「……ジャン君のその言い方だと駄目っぽいのね……」

 しまった! カピバラクッションのせいで尻の座りが悪いから、その方に意識がいってしまって正直に答えちゃったよ……。


「ジャン先輩は勉強苦手なんですか?」

 少し髪色を弄っているのか、ブラウン髪をボブカットにしている連ちゃんも横から俺を見上げるように質問してくる。

 ……というか、連ちゃんは何で俺の真横にクッションごと移動してきたの? テーブルの三面にそれぞれ合わせて座ったままでいいよね?


「連ちゃん、高校の試験はね、赤点を取らなければ勝ちなんだよ」

「なるほどぉそういう物なんですね?」

 一年生な連ちゃんはまだ学力試験を受けた事がないのか、俺の冗談を真に受けてしまっている。


「そんな訳ないでしょ! レンちゃんに変な事を教えないでよジャン君! それとちゃっかり二人で隣り合わせで座っているんじゃないわよ!」

 そう言いながら、会長もクッションごと俺の隣へと移動して俺の腕に組み付いてきた。


 目の前にあるローテーブルは小さいやつなので三人並ぶとはみ出してしまうし……二人とも元の位置に戻りませんか? 戻りませんか、そうですか……。


「ジャン先輩は私に嘘をついたんですか……」

「む……あーっと……」

 まぁ冗談だったとはいえ嘘と言えなくもないかなぁ?


 ここは素直に謝るか。


「ああっと……ちょっと質の悪い冗談だったかもな、ごめんな? 連ちゃん」

 一年生でまだ中間考査を受けた事もない子に、言っていい冗談ではなかったかもな、反省しよう。


「……次のお休みに私とジャン先輩の二人で遊びに行ってくれたら許しま――」

「ちょぉっと待ったぁ! 中学でだって試験はあったのだから、そこまで真に受ける嘘ではなかったわよねぇ?」

 連ちゃんのセリフを会長がインターセプトしてきた。


「あのままでは私が赤点になっていたかもしれないんだよ? お姉ちゃん」

「赤点の意味が分かっているレンちゃんがそんな事になる訳ないでしょうに!」

 中学でも赤点とかあるし、まぁそうだよな。


「赤点になって補習を受ける事になっていたら大惨事だもん、これはジャン先輩に謝罪として何処か遊びに連れていって貰わないと駄目だよね?」

「中学三年の試験で五位以下を取った事ないってレンちゃん前に言ってたじゃないの! 補習なんてあり得ないでしょうに!」

 あらま、連ちゃんって成績良いのかぁ。


「高校では初めての試験だから結果がどうなるかなんて分からないもん!」

 連ちゃんがプイッと横を向いて拗ねている。

 だがまぁそんな態度を見せるという事は、会長の言う事が当たっているという証明なのだろう。


「私と同じ学校に行きたいからって、もっと学力の高い所に行けたのにうちの高校に来たレンちゃんが何を言っているのよ……」


 ほほう? あれ? でもそれだと会長も……。


「そう言えばなんで会長はうちらの学校に入ったんですか? 試験結果の上位陣が公表される紙には毎回会長の名前が載っていた気がするんで、もっと学力の高い進学校にも行けたと思うんですけど?」

 会長は確かトップスリーから落ちた事なかったよなぁ?

 うちの学校って進学校という訳でもなくて、平均よりちょい上くらいだしよ。


「……それは……」

 会長が少し言い淀んでいる。

 進学校の入学試験時に風邪をひいたとか、そういうのかもしれないなぁ。

 会長ってば間が悪い事が多いしよ。


「それは?」

 俺がもう一度聞き返す事で会長の返事を促すと、会長は大きく息を吸い、そして……。


「……恋人とキャッキャウフフな青春を送りたかったからよ! ……ほら、進学校だと周りがみんな勉強ばかりしてそういう事に興味なさそうじゃない?」

 ……割としょうもない理由を答えてきた。

 というか進学校に対する偏見がありそうだった。

 いやまぁ……ある意味欲望に忠実で人間味あふれる理由とも言えるか。


「それで会長は、うちの学校に入学してからキャッキャウフフな事はできたんですか?」

「今まさにジャン君としているじゃないの」

 俺の質問に対して、からめた腕に力を入れながら会長が答えてくる。

 アバターなのにあばら骨の感触があるって、謎空間はほんとうに不思議な場所だよなぁ……たまに生身じゃない事を忘れるくらいのリアルさがここにはある。


「ジャン先輩はお姉ちゃんが一年生や二年生だった頃の事を聞いたのだと思う」

 連ちゃんが会長に対抗して反対側から俺と腕を組んできた。

 ……うむ……こっちは歳相応のポヨポヨを感じる。


「う……それは……」

 会長は連ちゃんの言葉を聞いて過去を思い出しているのか、口ごもる……。

 俺と連ちゃんは会長が口を開くのを待つ事にした。


 ……。

 ……。

 ――


 一分くらい時間が過ぎ。

「いいのよ! 今はジャン君という将来を約束した相手が出来たんだから! キャッキャウフフは現在進行中よ!」

 と会長が声高に宣言する。


 どうやら、会長の過去にはキャッキャウフフな記憶が存在しなかったようだ。

 というか、いつ俺と将来を約束しましたか?

 俺は大きい方が好きなので、その事で会長を悲しませたくないから恋人にはなれないと思うんだよな……もしそれがバレて会長が泣くはめになったりしたら、俺は自分で自分が許せないと思うから断っているのに……。


 ふぅ……趣味嗜好は変えようとして変えられる物ではないしなぁ……だけど最近……。


「またお姉ちゃんはジャン先輩を困らせている……」

「困らせてないわよ!? あのねレンちゃん、この年頃の男の子は天邪鬼で恥ずかしがり屋さんなの、だから表面上少し抵抗していたとしても、相手の心情を察してあげるのがコツなのよ」

 そう言いながら会長は俺の肩に頭をコテッと寄せてきた、まるで恋人が寄りそうように……。


 いやまぁ、これだけの美人にそんな事をされたら男として嬉しいのは事実なんだけども……。


「なるほど、ではお姉ちゃんの言葉を信じて」

 連ちゃんも会長と同じように俺の肩に頭を寄せてきた。


 二人が肩に頭を乗せやすいように、少し猫背になる必要が出てきた俺である。


「って、レンちゃん? さっきの説明はジャン君の恋人である私に当てはまる事であって、レンちゃんがそういうのをやっちゃ駄目なのよ?」

「ジャン先輩はお姉ちゃんの恋人ではないのでそれは当てはまりません、いつも否定されているし」


「いやいやいや、ジャン君は恥ずかしがっているだけなのよ、ペッタン好きのジャン君は私の同盟に快く入ってくれたし、ジャン君と私は運命の赤い糸で結ばれているのよ? イヤンッ」

 会長は自分の言葉に恥ずかしがっているのか、体を左右にユサユサと振っている。


「それを言うならジャン先輩は――」

「だからジャン君はね? ――」


 ……。

 ……。


 それからしばらくの間、俺を挟んで会長と連ちゃんが、俺の事について話し合っていた。

 だが、二人の間に挟まってそれを聞いていた俺は思った。


 その話の中に出て来る人って、俺じゃないよね? と。


 だってこう、なんていうか妄想と理想が相まっているというか、イケメンと王子様と運命論をジューサーで混ぜたような男性という事になってしまうんだよなぁ……。

 聞いているこっちが恥ずかしい。


「あ、そうだジャン君」

 唐突に連ちゃんと話をしていた会長が俺に呼びかけてくる


「どうしましたか? 会長」


「何故か話がずれてしまっていたんだけど、ジャン君の試験の順位を聞いておこうかなって思って」

 ああ、中間考査の話が始まりだったんだっけか。

 いつのまにか俺の匂いが良いのは遺伝的に相性が良さげだからとかなんとかな話になっていて、聞いている俺の脳がバグりそうだったが、テストの話に戻るのね……良かった。


「えーっとここ数回の試験の順位がほぼ同じで……確か×××位台だったと思います」

「……」

「……」

 俺が一年の頃の試験結果を会長に伝えるも、何故か会長と連ちゃんの動きが止まった。


 ……どしたん?


「レンちゃん、次のお休みはジャン君の家で朝からずっと勉強会ね? いいわよね?」

「うん了解だよお姉ちゃん、私もそれが良いと思う」


 あれ? なにか二人してすごい深刻な表情で会話しているけど……。


「待って? 俺の順位は別にそこまで酷くないですよね?」

 だって丁度真ん中くらいの順位なんだぜ?


「は? 私と同じ大学の推薦を受けないといけないのよ? というか三桁台とは思わなかったわ……」

「ジャン先輩! 私も勉強しますから、一緒に頑張りましょうね?」

 連ちゃんまで悲壮な表情で俺を励ましてくるのだけど……。


 そりゃ一学年で四百人くらいいる学校なんだから、順位が三桁とか普通に有り得るだろう?


 ……どうやら、二人の頭が良すぎるせいで、一般人がどの程度の順位に落ち着くのかが分かっていない節があるっぽいな。

 週末は新しく発売されるゲームを購入してやり込む予定だったのになぁ……無理っぽいなこれは。


 俺を挟んだ状態のまま会長と連ちゃんによる勉強会のスケジュールと方法が次々と決まっていく事に、少し不安を覚える俺であった……。








 ◇◇◇

 後書き

 新たな★の評価があったので、さらに一話投下しました

 ちなみに作中の主人公の成績なのですが、ゲームに割いている時間を全て勉強に使えば学年トップ二十位くらいには入るくらいとしています。

 というか家では宿題以外の勉強をせず、ゲームばかりしている主人公、という設定です。


 ……麻雀の麻の字も出てこなかったけど……試験勉強は大事だからね、仕方ないですよね。

 ◇◇◇






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