第20話 犬VS糞(後編)

「殺せ! 絶対に生かして帰すな!」


 鬼気迫る男の怒号をきっかけに、重装な鎧をまとった糞野郎どもは動き出す。勾配の向こうからは、兵士3人が横一列で詰めてきた。


 能のないバカな連中だ――。ダールが鼻で笑えば堀の上から横槍が入る。比喩なしの横槍だ。


 ダールを狙っているのか嫌がらせなのか。当たりもしない槍の音が心の底からうざい。


「邪魔くせえ!」


 ダールはついにキレて、槍を掴んで思いっきり引っ張る。槍を持っていた糞野郎は体ごと持っていかれて、水しぶきを上げて水路へ落ちた。


 ダールの手には、水路に落ちた糞野郎が持っていた槍。思わぬ形で得物が手に入る。ないよりはマシだが、ここで振り回す空間はない。


 ならば――。


 ダールは槍をハシゴに潜らせて、テコの原理でへし折る。使い勝手は段違いに上がり、この狭い場所でも振り回せそうだ。


「死ねえええ!」


 横一列から1人の糞野郎が先陣をきる。大きく剣を振り上げて、隙だらけ体。鎧を過信したアホの末路は総じて死だ。


 ダールは首にあるわずかな隙間に狙いを定めて、槍の穂先を突き立てる。針の穴を通す一撃は見事に通り、糞野郎は断末魔を上げて絶命した。


 だが、こいつの役目はこれで終わりじゃない。ダールは死体を持ち上げて、盾のように扱い猛進する。


「ひいぃ!」


 残りの2人はおののき、後ずさりをする。かつての仲間、生きていなくとも斬るのは気が引けるのだろう。


 ダールが間合いを詰め終えれば死体は用済みだ。左の糞野郎に投げつけ、2人もろとも蹴り飛ばす。


 残す片方は右手で突き飛ばして排水路行きだ。


「つまらねえな」


 ダールは、死体の下敷きになった糞野郎の顔面に足を振り上げる。


 「やめろ」と、「やめてくれ!」と。強く懇願したところでダールには無意味だ。


 ダールの足は、それもろとも踏みにじり悲鳴に変える。


 糞野郎の手は一度持ち上がるも、ヒラヒラと地面に落ちて、糞野郎は二度と動かなくなった。ダールは落ちていた剣を拾い勾配を上る。


「久々だなこの感覚」


 握り慣れない剣でも、命を奪える重さは手に馴染む。


 ダールは剣先を月光に反射させてニヤリとする。ドクドクと脈打つ心臓は喜びを踊っていた。


「殺ろうぜ」


 見渡す限り多くの糞野郎が残っているが、さっきまで威勢はない。みんな及び腰で、ダールを恐れていることが肌から伝わってくる。


 来ないならこっちから――。ダールは剣を構えて糞野郎に詰め寄る。一対大勢であろうと、戦意のない奴らの攻撃など恐れるに足りない。


 ダールは四方八方から飛び交う斬撃を易々とかわして、無防備をさらす馬鹿を斬りつける。


 横一閃に払われた一撃は首をはね飛ばして、周囲はどよめいた。


「次はどいつだ」


 剣を振り、切っ先につく血をはらうだけで周囲はざわつく。誰も近寄らず、ダールに向けてくるやいばに殺意はない。みんな、自分を守るための刃だ。


「やれ! 殺せ!」


 再び鬼気迫る怒号に、糞野郎どもは悲痛混じりの雄叫びをあげて襲い来る。


 でたらめな攻撃を軽くいなして、隙を見せた奴に狙いを定める。


 涙をにじませようと、顔をひきつらせようと、ダールに同情はない。殺せる奴から殺す。


「ふん!」


 軽装な鎧などあってないようなもの。ダールが繰り出した一撃は腹に深く食いこみ、垂れ出た臓物に反比例して血は噴き上がる。最後は、喉が潰れるほどの醜い金切り声をあげて絶命した。


「くそがぁぁああ!」


 仲間の死が、恨みの導線に火を灯す。怒りから雑になった攻撃は格好の獲物だ。重装な鎧をものともせず、突き立てた剣先は貫通する。


「ちっ」


 突き刺した剣は抜けず、使い物にならない。好機とばかりに、数多の糞野郎が攻撃を仕掛けてくるが問題はない。


 ダールは死体ごと振り回して凪ぎ払う。糞野郎との距離をつくれば、すぐさま死体の握っていた剣を引っこ抜く。


 さっきとは違い大きめの剣。ダールが愛用していた大剣に比べていくぶんか小さいが、それでも前の剣に比べれば手に馴染む。


「来いよ」


 ダールが挑発をすれば糞野郎どもは詰めてくる。ダールは右足を前に出し、大きく腰をひねる。全身全霊、持ち合わせる全ての質量を大剣に乗せてダールは振り抜いた。


 ――剣先は全てを断ち、降り注ぐのは血の雨。苦しみのたまう声は、雷のごとく辺りに轟く。


 ダールは静かに大剣を構えて残党に目をやる。残党は怯えて、戦意はかけらも残っていない。


「俺は死にたくない!」


 1人がきびすを返して逃げ出せば、後に続いて続々逃げ出す。威勢も意地もなくした負け犬の背中は、生にしがみつこうと精一杯だ。


 ダールはわざわざ逃げる奴を追ってまで殺そうとは思わない。今はメトラを故郷に連れ帰ることが先だ。


「なに逃げてるの」


 終幕したかと思えた戦いに、場違いな声が響く。無邪気な子供っぽい声は、この場に似つかわしくない。


「なにもんだあいつ」


 ダールが声のほうを見れば、禍々しく大きな羽をまとう男が浮いていた。金髪で骨ばった体、とても健康的には見えない。


 男が逃亡する奴らを見るなり笑顔が消える。生き血を感じない冷めた目は、何をしでかすか用意に想像がつく。


「た、頼みます。見逃してください」


「死にたくないです。俺はまだ生きてたいです」


 懇願する声が飛び交うも、男の顔は変わらない。大きく手を振り上げたかと思えば、次に飛ぶのは血しぶきだ。


「見逃す? 生きたい? 人は本当にろくな忠誠心がないね。がっかりだよ」


 ダールから逃げた糞野郎どもは、今度は男から逃げようとする。


 しかし、男は目にも止まらぬ早さで八つ裂きにする。1人残らず凄惨に、無慈悲に。


 絶えず鳴り響いていた悲鳴が止み、残るのは無口になった肉塊。男は顔を上げてダールと目が合えば、ニッコリと微笑んできた。


「やあ」


「……」


「無視はひどいなぁ。あ、もしかしてびっくりした?」


「驚いちゃいねえよ。ただ便利な手に関心してただけだ」


「これかい? いいでしょ。魔族の特権ってやつだよー」


 男はグーパーと自分の手を閉じたり開いたりして、どこか楽しそうだ。ダールの心の内など知らず。


 だいたいなぜ魔族がここにいるのか。ダールが考えたところで分かるはずがない。ただ、ダールが首を突っこんだ問題は、かなり厄介なことだけは分かる。


「ところでお前はなんでここに来た」


「様子見的な感じかな。あ、でももう一個おもしろい気配があって来たんだけど……君じゃないね」


「じゃあ誰だ」


「名前は知らないけどそこの方から気配がする。魔王の器として完璧な肉体」


 男が指をさすのはほら穴の向こう。ミルトとメトラがいる場所だ。


「魔王の器?」


「あ! いけない! これは他言無用って言われてたんだ~。今のなしね」


 「なし」と言われたところで、聞いてしまった以上はなかったことにできない。ダールはあまりの間抜けにため息をつく。


 魔王の器――。なにやら物騒な響きは、色んな問題に絡んでいるように思える。


「ねえ、よかったらそこにいるのくれない」


「は? 無理に決まってんだろ」


「うそー、この無様な人間を見てよく強がれるね」


「やれねえ事情があるからな」


「ふーん、そっか。なら強引に……」


「そこまでだぜ、魔族さんよ」


「お、ジジイじゃねえか」


「騒ぎを聞いて来てみればこれはいったい……」


「シキメもか」


 思わぬ助太刀にダールはニヤリとする。一対複数、数は強さだ。


 男は不利を悟ったのか、やれやれと言わんばかりに大きなため息をつく。


「こうなったらさすがにやめだよ。じゃあね、お強い人間さん。でも、それは必ず捕りに行くから」


「かかってこいよ。返り討ちにしてやる」


「おもしろい」


 男は不適な笑みをうかべると、大きく飛翔して闇夜に消える。めんどくさい仕事をダールに押しつけて。

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