第12話 怨恨の輪
「ダールさん、着きましたよ」
「はしゃぐな。俺は今、猛烈に気持ち悪いんだ」
「ダールさんって酔うんですね。なんだか意外です」
「うるせえ、静かにして……うおろろろろ」
耐えられなかった。ダールは道の端に汚物を出しきると、青ざめた顔を上げる。
焦げて文字の見えない看板だが、ここがハームブルトだろう。家を出て、馬車に乗って8時間。早朝に出たというのにもう昼だ。
「とりあえず休む場所を探したほうが良さそうですね」
「腹も減ったしな」
「吐いた後に食べたいなんてよく思いますね」
「腹がへりゃあ関係ねえ」
「……休む場所ありますかね」
「なさそうだな」
魔王が消えたというのに、ハームブルトに復興は感じられなかった。
石の道はひび割れて足場が悪く、石でできた平屋はどれも半壊している。見渡す限り、人が住んでいるような気配はない。
廃村――。ダールの脳裏によぎるのは、その二文字だ。
「なんだいるじゃねえか」
「すみませーん!」
ミルトも気づいて大きく手を振るが、相手は気づく様子がない。
聞こえてないだけかと思いダールが近づくも、逃げるように立ち去ってしまった。まるで、ダールを避けているかのように。
「なんだあいつ」
「きっとダールさんが怖すぎたん……いてっ」
「なんでもかんでも俺のせいにすんな。どう考えても俺たちのこと無視ってただろ」
「恥ずかしがり屋だったんですかね。でも、人はいるみたいでよかったです」
「だな」
廃村ではないことが分かりひとまず安心だ。ダールは第2の村人を探すため、もう少し歩くことにする。
「ダールさん、普通の家がありますよ」
「そうだな」
村の中心となると、ようやく村らしい雰囲気になってきた。道はここもボロボロだが、まともな建物が増えて畑のようなものが見える。だが、肝心の人はいない。
「いねえな」
「ですね。みんなお
「バカ言うな、真っ昼間だぞ。1人くらい外にいるだろ」
「そうは言ってもいませんよ。他に理由があるんですかね?」
「知るか。俺が知りてえ」
村のあり様といい、村人といい、この村は明らかに変だ。
魔王が死んだのもつい最近ではない。だというのにこの荒れよう。日中でも外に出歩かないとなると、未だに襲撃でもされているのだろうか。
ダールはいろいろと考えるも、考えたところで答えには至らない。
「あれ、ダールさんっすよね?」
「ん?」
聞き慣れた声がして、ダールが振り向くと懐かしい顔がいた。
糸目にひょろっとした体型。背中に身の丈もある槍をかついだ男。
青ざめていた顔が晴れやかになり、ダールは男の背中をバシバシたたく。
「おいワキョ! 久しぶりだな!」
「どもっす」
「ダールさん。この人は?」
「同じ勇者候補だったワキョだ。まさかこんなとこで会うとはな」
「自分もびっくりっすよ。なんでダールさんここにいるんすか?」
「返さないといけない借りを返しに来たんだよ。お前は?」
「自分はここに配属されて、ここに住んでるんすよ。そっちの子は誰すか?」
「こいつか? 迷子のガキで俺が今預かってんだよ。色々あって記憶がねえから、今はミルトって名前だ」
「よろしくお願いします」
「よろしくっす」
ミルトがペコリとお辞儀をするとワキョも軽く頭を下げる。
二人のあいさつが済んだところで、ダールは今の今まで気になっていたことをワキョに聞く。
「おいワキョ、この村はなんでこんなに人がいねえんだ?」
「いろいろあるんすよ。ちょっと場所を変えて話さないっすか? 大っぴらで言えないこともあるんで」
――――
「ここなら平気っすね」
案内されたのは、四角い土造りの建物。内装からしておそらく、兵士が駐留する建物だ。
「そこに座ってていいっすよ。自分はお茶を汲んでくるっす」
「行く前に1つ聞かせてくんねえか」
「なんすか?」
「ここに宿はあるか?」
「あー……どうっすかね。あることにはあるんすけど……泊まれるどうかは微妙っすね」
「なんでだ」
「わりとこみ入った事情があるんすよ」
「こみ入った事情?」
「まあその、お茶を持ってきたら話さないっすか?」
「分かった」
こみ入った事情――ある意味では、ダールの予想した襲撃はあり得そうだ。
しかし、王国にいてそういう噂は聞くことがない。いくら遠くでも、耳に入ってもおかしくはないはずだ。
「お待たせっす~。茶葉はハームブルトの名産なんで、ぜひぜひ味わって欲しいっす」
「悪いな」
「ありがとうございます」
「それで、あれっすよね。まずは人がいない理由っすよね」
「ああ、そうだ」
「それは……みんな夜行性だからっすからねー」
「は?」
タハハとワキョが笑い、ミルトはカップを落としそうになる。
あまりにも馬鹿げた理由で、ダールは開いた口がふさがらない。
「ほら、魔族って基本的に夜行性じゃないすか。昼だと本来の力が発揮できないって……習ったくないっすか?」
「俺は実践以外出てねえから知らねえな」
「言われてみればダールさんを座学で見たことないっすね」
「ワキョさんはなんで気づいてないんですか!」
「自分、勉強熱心だったすから~」
ヘラヘラ笑うワキョに、ガハハと笑うダール。ミルトは机に突っ伏して、大きなため息をつく。
「もう、なんでこう適当な大人ばっかりなんですか……」
「申し訳ないっす」
「ん? 待てよ。ここの住人ってみんな魔族ってことか?」
「おお~さすがダールさんっすね。勘が鋭い! でもちょっと違うんすよ。ここは魔族と人の混血が多くて、純血はいないっす」
「え、どうしてですか?」
「んー、黒い歴史なんすけどね。ここも一時的に魔族の植民地になったんすよ。んで、魔族は人間にあんなことやこんなことをして……ねえ」
ワキョはニヤニヤとしながら、手をワキワキさせて気持ち悪さを演出する。が、ミルトには伝わってないようだ。
ダールには見える。頭の上にクエスチョンの花が咲いているのが。
案の定、ミルトはダールに助けを求めて、クリクリの瞳を向けてきた。
「はぁ、ざっくりいえばあれだ。無理やりガキを生ませたってことだ」
「ひどい……」
「そんなこんなで混血が多いんすよ。んじゃ次いっすか?」
「ああ頼む。こみ入った事情とやらを教えてくれ」
「あいあいっす」
ワキョが茶目っ気たっぷりに敬礼するも、ダールは見向きもせずお茶をすする。
名産とあり美味しいお茶だ。クセがないため飲みやすく、酒好きのダールでも思わずうなる。日中の酒が飲めない時間帯なら飲んでいたいほどだ。
「単刀直入に言えばこれは現代の黒い歴史っすね。人が魔族に抱く恨み辛みは魔王が消えてパッ! ってことなくて、当然どこかに向いたんすよ」
「それってもしかして……」
「たぶんミルトの考えは正解っすよ。ぜ~んぶ
「だからあの惨状か」
「そうっすね。ついでにいえば、そのせいで
半壊していた建物にダールたちが避けられたこと、ようやく全てにつじつまがあった。
ダールはお茶をすすり息をつく。問題はこんな場所で、どうやってガキの手がかり得るかだ。
「ところでダールさんは誰に借りを返しに来たんすか?」
「俺の金に手をかけたくそ生意気なガキだよ。ここの村に関係あるみてえなんだ」
「ガキっすか。村にもいるっすけど、問題を起こした話は聞かないっすね」
「じゃあこれに見覚えあるか?」
「んー、ないっすね。住んでる人なら分かるかもっすけど……あ、そうだ。村長に聞くのはどうっすか?」
「村長? 話せんのか?」
「村長は穏健派なんでたぶん大丈夫っす! 話しつけておきましょうか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「了解っす!」
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