第8話 ビフォー

「起きてくださいダールさん、ダールさん!」


「寝させろ。俺は眠いんだ」


「もう、早く掃除しないと朝ごはんもお昼ごはんも食べられないですよ」


「朝はいらねえ。昼飯があればいい」


「なんてこと言うんですか、ボクが困ります。ほら、起きてください。起きてくださいー!」


 並べたイスに寝るダールをミルトは揺すり起こそうとするも、巨体はびくともしない。


 身長2メートル、筋肉に覆われた体には、この程度の揺れはかえって心地よく、ますます眠くなってくる。


「もういいです。ボクだけでやりますから」


 ダールを起こすことを諦めて、ミルトはぶつぶつと文句をこぼしながら台所に行く。台所、もとい物置きへ――。


「ひどいですねこれ……。まずは木箱を外に出してからかな」


 台所にはあらゆるものが散乱している。積み上がった木箱に加えて投げ捨てられたつるはし。下には、ほこりを被った紙袋まである。


 ミルトは一番高い位置にある木箱を見て、ゴクリとつばを呑む。


「届くかな? ……うわ!」


 ものの落ちる音がしてほこりがまう。寝ているダールにも被害があり、ダールはほこりっぽさにくしゃみをする。


 しかし、それでもダールが手伝うつもりはない。休日の楽しみである睡眠は、なんとしてでも奪わせない。


「よいしょ。か、軽い……!」


 ミルトは顔をパッと明るくして、持てたことが嬉しかったのか足どりまでもが調子づく。


 タッタッと調子にのった足音は、ダールにも聞こえている。どこか嫌な予感はするものの、ダールにとって睡眠が一番で他は二の次だ。


 ダールが睡魔に体を預けて、夢うつつになったその瞬間、予感は的中した。ガツンと大きな音がして、ダールの顔には少しの重量感と痛みがはしる。


「おい、ミルト」


「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 ミルトがあわてて木箱をどかせば、ピキリ散らかすダールの顔があらわになる。白目をつり上げた悪魔の形相に、ミルトは平謝りだ。


 怒涛の謝罪をされればダールの怒りも自然と冷めていく。ダールは大きなため息と一緒に、怒りの残りカスを吐き捨てた。


「ったく。もっと気いつけて運べよ。これじゃあ寝れやしねえ」


「ね、寝れないなら手伝ってくださいよ」


「はぁ? ……しゃあねえな、どのみち寝れねえから手伝ってやるよ」


 寝ようにも、ダールの眠気はさっきのゴタゴタで完全に消え失せた。


 ダールはイスで作ったお粗末ベッドから体を起こして、大きく伸びをする。背骨はバキバキ肩はゴキゴキと、この世ならざる音をたてる。


 指、肘、膝、股関節と鳴らして最後は首の骨。ダールが朝の習慣を終わらせれば、ダールは立ち上がる。


「よし、やるか」


「昨日もそうですけど、本当に骨は折れてないんですよね?」


「当たり前だろ。こんなので折れてたら世話ねえよ」


 不思議がるミルトを見てダールも不思議がる。ダールにしてみれば、こんなのは柔軟体操のようなものだ。


「で、その木箱を外に出せばいいのか」


「そうですよ。外に出して、次は掃き掃除です。あ、窓を開けて換気もしないと」


「安心しろ。窓は割れてる」


「安心じゃないですよ! なんで割れてるんですか!」


「前からだな。俺がここに来たときから割れてたぜ」


「せめて直しましょうよ……。そしたら、窓と一緒にドアも直したほうがいいですね」


「ドア? 蹴れば開くぞ」


「普通はドアノブで開くんですよ」


 ミルトの呆れた様子にダールは首をかしげる。ドアノブで開けるなど、この家では忘れつつある常識だ。


「不思議そうな顔しないでください。ダールさんはもっと人らしく生きましょう」


「なんだよ。まるで俺が人じゃねえみたいな言い方しやがって」


「そりゃそうですよ。だって、人が生きれなさそうな場所に住んでるんですから」


「それは言い過ぎだろ。俺はここで生きてる」


「生きてるから人じゃないって言ってるんです」


「くそ。腹たつな」


「ぶたないでくださいね。ぶったら、朝ごはん抜きですからね?」


 ミルトは小悪魔な笑みをうかべて、朝食を人質に勝ったつもりでいるようだ。ダールが言ったことをすっかりと忘れて。


 ダールはミルトににじり寄り、げんこつを振り下ろす。コツンといい音がすればミルトは頭をおさえてしゃがみ、涙目になりながら声を張り上げた。


「どうしてぶつんですかー!」


「言っただろ。朝はいらねえって」


「本当に作ってあげません」


「お昼は作ってくれるんだろ?」


「それは……」


「朝だけ、だもんな?」


「うう、ダールさんのばか……早く掃除しますよ!」

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