第1章 エクスプローラーズ
1-1「き、キモオタってなんだお!?」
世の中クソだ……どいつもこいつもクソ野郎ばかりで吐き気がする。何で僕がこんなにつらい思いをしないといけないのだ。一体僕が何をしたって言うのだ。
狭い個室の中、鼻をつく匂いが僕の心をより苛つかせる。もうすぐ昼休みが終わるから、いつまでもここに籠もっているわけにはいかない。あまり早く戻るのは駄目だ……授業が始まるギリギリに戻らないと。
ここ特殊棟のトイレから本校舎へ戻るのに5分かかるから、うまくタイミングを合わせて戻らないと。
大して気温が高くないはずなのに、僕の額から絶えず汗が流れ、眼鏡も曇り、それらを袖で拭う。腰掛けている便器から大きくはみ出したお尻が痛くなってきた。
僕はいじめられていた……きっかけは何だったかさっぱり思い出せないけれど、気がついたらそうなっていた。クラスでも柄の悪い2人と一見普通の見た目の3人に絡まれていた。最初はふざけたちょっかいをかける程度だったけれど、どんどんエスカレートしていって、今では殴られたり屈辱的な真似をさせられたり酷いものだ。
今日も昼飯のパンを駄目にされる前に、教室から遠いこのトイレに逃げ込んで、食事には適さない環境で昼食をとった。
「一体僕が何をしたって言うんだ」
先ほど思った事を声に出してつぶやいた。
クラスメイトは誰も助けてくれない……それどころか苦笑しながら見ているだけだった。こんな環境で勉強にも身も入らない僕の成績は、どんどん落ちていった。仮病を使って学校もよく休むようになったけれど、次に登校すると休んだ分いじめは激しくなった。
「あっ、まずい、もう昼休みが終わっちゃう!!」
僕は急いで個室からでると、重い体に鞭を打って教室へ走り出した。
教室に着いたのは予鈴が鳴って、次の授業の先生が扉を開けようとしたときだった。
「真田、何してるんだ!! 早く教室に入れ!!」
眉間にしわを寄せた数学の男性教師が強い口調で怒鳴りつける。この先生は生活指導も兼ねていて怖いから苦手だ。
「すっ、すみません、ちょっとおなかの調子が悪かったんで」
とっさに言い訳をして僕は教室に入った……
「あっ、あれ?」
席に戻ろうとすると、その戻るべき場所がない事に気づいた。クラスメイト達はニヤニヤして僕を見ている。
「起立!! 気をつけ!! 礼!! 着席!!」
日直の号令に従うクラスメイト達……僕以外の全員は席に座った。
「真田、何しているんだ? 早く着席しろ!!」
「あっ、あの、僕の席が……机がないんです」
「あ? 何言ってるんだ?」
うろたえる僕を見てクラスメイト達が失笑する。
「お前、机はどうした?」
「ぼっ、僕が知りたいです……」
状況が把握できず、混乱した僕の声はすぼまっていった。
「ぼそぼそしゃべるな!! はっきりしろ!! 机はどうしたんだ!?」
先生はいらだちを隠さずに僕を怒鳴りつけた。
「ええと……その……」
「真田~、昼休みに自分で机を持って出て行ったんだろ?」
にやつきながら制服を着崩しているクラスメイト……僕をいじめている一人である武藤が言った。
「そうなのか? なんでそんな事したんだ?」
「え? そんな……こと……言ったって……」
うろたえて状況把握できない僕を見て先生は舌打ちする。
「もういいからさっさと机を取ってこい!!」
怒鳴りつけられた僕は教室から駆け出した。僕が出て行った教室から笑い声が聞こえる。畜生!! 武藤の奴!! あいつの仕業に決まっている!! 走り出した僕の頬を伝うのが汗か涙か分からなかった。
結局、机を見つけたのは、午後の授業が終わってからだった。屋上へ続く階段の踊り場に置いてあり、机には卑猥な言葉が落書きされていた。落書きを消して教室に戻ると、黒板に先生から職員室への呼び出しが書かれていた。授業をふたつもサボったのだから仕方が無いのだけれども、あまりにも理不尽だった。職員室に行く前に、武藤が余計な事を喋らないよう釘を刺してきた。状況をうまく説明できずうつむいて、無言の僕を見て先生は怒りを隠さず、お説教は2時間にわたった。
家に帰ると母さんはパートから帰っていた。母さんは僕と違ってスレンダーな体型だ。でも父さんも太っているわけでは無いから僕は誰に似たのだろう?
「
「うん、ちょっと友達と話し込んじゃって」
もちろん家族は僕がいじめに遭っている事など知らない……知られたくもない。惨めな自分を知られるのを恐れて、学校では友達とうまくやっているように振る舞っている。
「もうすぐご飯だから着替えてから降りていらっしゃい」
「うん、わかった」
2階にある自室に戻ると、眼鏡を外して頭からベットに倒れ込んだ。今日の出来事を思い出して胸くそが悪くなる。もういやだ、学校なんて行きたくない。だけれど学校を辞める事なんてできない。家族に心配をかけたくない。でもこんな地獄のような毎日を過ごすのはいやだ。
僕の思考はグルグルと出口のない迷路を彷徨った。
しばらくするとノックが聞こえる。
「おにぃ~帰ってる?」
妹の
「おかえり~おにぃ、まだ着替えてないの?」
「あぁ、ちょっと疲れちゃってね」
髪の毛が肩まで掛かった……この髪型なんて言うのか分からないけど……女の子が笑顔でこちらを見ている。妹の美百合はキモオタデブな僕と違って、世間的に可愛いといえる容姿をしている……と思う。こんな僕にでも懐いていて仲がいいと思う。
「おにぃ、ゲームの続きしたい。地球を守るやつ」
「うん、いいよ。でも、もうすぐご飯だからその後にね」
美百合のおかげで、やさぐれていた心が癒やされていく。僕が学校に通い続けていけるのは、家族のおかげなのだと思う。
夕食を終えて、リビングのテレビに部屋から持ってきたゲーム機を接続すると、妹と二人で画面分割の協力プレイで遊んだ。ちなみにこの『僕の地球を防衛して6』は、宇宙から現れた異星人相手に、他の星から地球に転生した超能力者達が戦うシリーズで、6作目まで発売している人気ゲームだ。
「美百合、そこの回復アイテム取って」
「ありがとう、おにぃ」
「ほら美百合、そろそろお風呂が沸くから入りなさい」
「は~い、このステージクリアしたらね」
「よし美百合、急ぐぞ。北から敵の増援がくるはずだ」
ゲームを終えた美百合がお風呂に向かうと、僕は部屋に戻ろうとする……
「巧美、後でもいいけど、倉庫から脱衣所用の扇風機を出しておいてちょうだい」
そういえば最近、美百合がお風呂から出ると暑い暑い言っていたな。もっと早く言ってくれれば、美百合が入る前に出しておいたのに。あとで出しておくよと返事をすると、自分の部屋に戻って宿題にとりかかった。
最近は勉強について行けないから、宿題も一苦労だ。PCを起動しネットで分からない所の調べ物をするつもりだったのに、いつの間にゲームサイトを見ていて、時計は22時を過ぎていた。いけない、扇風機を出しておかないと。
下に降りると母さんはお風呂に入っているようだ。父さんはまだ帰ってきていない。外に出て裏庭にある倉庫の方に回った。家は以前にリフォームして綺麗なのだけれど、倉庫は手を入れておらず、倉庫と言うより古い蔵って感じで、夜は薄気味悪い。少し立て付けの悪い扉を開けて、中に入るとスマホのライトを点けた。
「あれ? どこに置いてあったっけ?」
中は少しほこりっぽいけれど、それなりに綺麗に掃除してある。入り口付近には目的の扇風機は無いようだ。ライトを照らしながら奥の方へ進んでいくと、突然ライトが消える。
「うわ、なんだ!?」
僕はビビりながらスマホを確認していると、再びライトが点いた。画面を見ると、バッテリーはフルの状態に近い。
「……脅かすなよ」
誰にいうでも無くつぶやくと、違和感に気づいた。
「自販機?」
目の前に自販機らしきものがある。何でこんな物があるんだ?まさか父さんが買ったのか?何のために?飲み物の自販機に見えるけれど、並んだボタンの上には商品が無い。春前にヒーターをしまった時はこんな物無かったよな?
自販機をチェックしていると更におかしな事に気づいた。その奥にあるはずの無い廊下のような通路が見えるのだ。どう考えても建物の大きさにそぐわない長さの通路だ。本能が行くなと告げているのに僕の足は通路に向かった。恐る恐る進むと……5分ほど経過しただろうか? 何か気配を感じる。
な に か い る ?
引き返せと告げる本能に逆らって慎重に進んでいくと、上の方から鳥が羽ばたくような音と共に『ギギーーーーッ!!』という鳴き声が響いた!!
「ひぃっっっ!!!」
とっさに両手で頭をかばう時に、スマホの画面をタップしたらしく、カメラ撮影音と共にフラッシュがたかれた。
『ギュギュゲェーーーッ!!』
再び謎の鳴き声が響くと、足下にドサッっと何かが落ちる音がした。
「な、何なんだ?」
恐る恐るスマホのライトで足下を照らすと、そこには明らかに異常な大きさの蝙蝠が落ちていた。光を当てると『ギャギャッ!!』と奇声を上げて苦しみ出す。
「うっ、うわっ、うわっ!!」
怖かったけどスマホのライトが効いているとわかり、蝙蝠にライトを当て続ける。30秒ほどで蝙蝠は痙攣して動かなくなった。
「な、な、一体何なんだ?」
その時、頭の中に何か聞こえた。
【ファーストアタック:ダンジョンで最初のモンスター討伐がされました】
【エクスプローラーズ:モンスターを倒してエクスプローラーズの資格を得ました】
【アンダメージ:初回の戦闘を無傷で切り抜けました】
【エクスプローラーズとして、能力に適切なジョブを取得しました】
【NAME:真田巧美 LV:1 JOB:キモオタ】
「き、キモオタってなんだお!?」
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