第76話 【SIDE:???】盗賊団のアジトにて


「おう、リック。遅かったじゃねえか」


 ルーンガイアの外れ、とある場所にて。


 三回と四回に分けてノックの音が響いた後、あまり品格が良いとは言えない笑みを浮かべた禿頭の男がフードを被った少年を出迎える。


 リックと呼ばれた少年はフードを取り、建物の中へと足を踏み入れた。


「今日の分は持ってきたか?」

「ああ」


 リックは奥のソファーに腰掛けた長髪の大男の前まで歩き、手にしていた金品をテーブルの上にばらまく。

 指輪や銀貨、金貨などの硬貨が散らばり、長髪の大男が口の端を上げてそれらの金品を確認した。


「何だ? 今日はいつもより少ねえな」

「……少し、しくじった」


 少し間を置いてリックが答えると、長髪の大男は眉をひそめる。


「何があった?」

「……」

「はぁ……。リックよぅ。勘違いしねぇように言っておくが、お前にあの《魔晶石》を預けたのは、あくまでビジネスのためであって善意じゃねえんだ。お前が反抗的な態度を取るようだったら俺はいつでもやめて良いんだぜ?」


 長髪の大男――アベンジオ・デルアンは新興盗賊団の長を務める人物だ。


 新興ではありながらも、アベンジオにはあるがあった。

 それが、リックがテティから盗みを働こうとして使用した《魔晶石》という石だ。


「今日、最後の盗みをする時に《魔晶石》を使ったんだ。でも、対処された」

「対処されただと?」

「獣人の子だった。いや……、あの子が何かした感じじゃなかったけど。きっと、近くにいた男の仕業だ」

「詳しく聞かせろ」


 それまでソファーに仰け反っていたアベンジオが、身を乗り出してリックに迫る。


 リックはそれに応じ、先程の出来事について詳細を話し始めた。


「――なるほどな。黒衣を着た男か」


 リックからの話を一通り聞いた後、アベンジオは葉巻を取り出して火を点ける。

 そして白い煙を吐き出した後でリックへと再び声をかけた。


「リックに預けた《魔晶石》に対応するとは。その男、只者じゃねえな」

「……」

「尾行は?」

「それはない。アンタから教わった通り、何度も確認した」

「フン、ならいいさ。その男も憲兵団とかじゃねえようだしな。物好きでもねえ限り追ってはこねえだろう」


 アベンジオがニヤリと笑い、テーブルの上に散らばっていた金品を集め始める。


「俺としては金が入ってくれば文句は言わねえよ」

「アベンジオ。これであといくらだ?」

「金貨に換算してあと五百ってところだな」

「そうか……」

「そう暗い顔するな。その《魔晶石》があればすぐにでも稼げるさ」


 言って、アベンジオはリックが持っている石を指差した。


「俺はその《魔晶石》を貸し出し、お前はそれを利用して俺たちに金を落とす。良い関係じゃねえか。なぁ?」

「オレは……、母さんを助けたいだけだ。オレのことを救ってくれた母さんを助けるための……。金が目的のアンタらとは違う」


 リックが言い放った言葉に、その場にいたアベンジオ以外の盗賊団員が一斉に色めき立つ。が、アベンジオは手を挙げただけでそれを制した。


「いいさ。さっきも言った通り、俺は金が入ってくれば文句はねえよ」

「……」

「但し、金が無ければお前の母親を助ける『薬』は手に入らねえぞ。金の切れ目は何とやらだ」

「そんなこと、言われるまでもない」

「それが分かってりゃいい」


 アベンジオはそれだけを告げて、建物を出ていこうとするリックを見送った。


   ***


「お頭、あんなガキに言わせといて良いんですかい?」


 リックが出ていった後で、団員の一人がアベンジオに抗議する。


「構わねえさ。アイツは《魔晶石》に適合する貴重な人間なんだ。例えガキだろうと、使わねえのは損だろう?」

「はぁ。お頭は懐が深いというか、人が良いというか」

「ハハハッ! よせよ、俺が良い人なわけねえだろ」


 団員の言葉を一笑に付し、アベンジオは吸っていた葉巻をもみ消した。


「病気の母親を救う薬を手に入れるため、盗みに手を染める子供。何とも健気な話じゃねえか」


 アベンジオはテーブルの上に置いてあった酒器を呷り、言葉を続ける。


「それが叶わぬ願いだとも知らずに、な……。ハハハハッ!」

「クックック、やっぱりお頭は人が悪い。いや、その悪党っぷりに惚れ惚れしますよ」

「お前たちも覚えておけよ。目の前に希望をぶら下げれば人は簡単に操れるってことをな。ま、あんなガキ、誑かすのは容易いって――」


 不意に言葉を切って、アベンジオはリックが出ていった扉に目を向けた。


 扉からは風が吹き込んできて、アベンジオは怪訝な顔を向ける。確かさっき、団員がリックを見送った時に扉は閉めていたはずだが、と周囲を警戒するが、何の気配も感じることができなかったため、杞憂だろうという結論に達した。


「おい。扉、ちゃんと閉めとけよ」

「あ、はい。すみません」


 団員が指示を受けて、パタンと扉が閉められる。


 ――その音を背後で聞いて、給仕服を身に纏った銀髪の少女が息をついた。


 少女はそのまま歩を進め、盗賊団の拠点を後にする。


(はぁ……。概ねの事情は分かりましたが、これはまたアデル様の嫌いな理不尽の匂いがしますね)


 胸の内でそう呟いたのは、《気配遮断》のジョブスキルを使って一部始終を観察していたメイアだった。


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