第1部2章 王家の誤算

第25話 【SIDE:シャルル・ヴァンダール】遅すぎた気付き


「ええい、忌々しい! 黒衣の執行人とは何者なのだ!」


 王都リデイルの中核、ヴァンダール一族が住まう王宮にて。

 家臣からここ最近の情勢の報告を受けていたシャルル・ヴァンダールは不快感をあらわにして叫んだ。


「王家と懇意にしてきた聖騎士貴族のゲイル・バートリー。多額の資金供給源だった商会の長ワイズ・ローエンタールに領主ダーナ・テンペラー。そして魔薬の原料を提供させるはずだった聖天教会の大司教クラウス・エルゲンハイム――。全てことごとく黒衣の執行人に処刑されただと!? ふざけるなッ!」


 シャルルは手にしていた酒器を勢いで握りつぶし粉々にするが、知ったことではない。

 ちなみに、高価な宝石を散りばめたこの酒器一つで多くの人民が救えるほどの価値があるのだが、それもまたシャルルにとって知ったことではない。


 ――《人類総支配化計画》が叶えば、全て些末な問題だ。


 シャルルはそんな言葉を独り言のように呟いた。


 全ての人民が支配者である自分の元にひざまずく、新しいことわりの元に成り立つ新しい世界。

 シャルルはその新世界を構築するための計画を《人類総支配下計画》と名付けていた。


 世界の全てを掌握し、また全てを意のままに操る。それは権力者にとってみればまさに理想郷だ。


 そんな考えを持つことを悪だという者もいるだろう。いや、実際にいたのだ。

 正義感なのか何なのかは分からないが、全ての人民が等しく人間として最低限の生活が送れるようにこそ、権力は使うべきだと主張した人間が。


「フンッ。反吐が出る」


 シャルルにとって正義とは悪だ。そして正義を掲げる者は例外なく邪魔者である。


 人類総支配下計画を悪だと罵る偽善者全てに問いたい、とシャルルは思った。


 ならお前は、全てが自分にとって都合の良いように動き、反逆する者も表れず、金も人も自由に動かせる、どんな美女からも、あるいはどんな美男からの寵愛も受けることができ、そしてかつ、それらが何人にも侵害されずとがめられない、そんな理想郷の玉座に君臨することができるとするなら、正義感を貫くためにそれを手放すことができるか、と。


 だから、シャルルにとって正義とは悪なのだ。


「王よ……。お言葉ですが、もう良いのではありませんか?」

「……あ?」


 シャルルはそんな声をかけてきた家臣を睨みつける。

 家臣はシャルルの掲げた人類総支配化計画について異を唱える言葉を続けた。


「周辺各国を攻め落とし、支配化に入った人民を《ソーマの雫》で精神支配していく……。そんなことをすればいずれ神にも見放され――」


 家臣がそれより以降の言葉を続けることはなかった。


「腰抜けが。もしも神が余の考えを間違っていると言うなら、神すらも敵だ」


 シャルルは目の前に広がった赤い血溜まりを興味なさげに見下ろす。

 そして血の付いた剣を拭き取ってから鞘に戻した。


「あーあ、殺しちゃった」

「……マルクか」


 少年のような声がシャルルにかけられる。いや、ような・・・ではない。


 黄金を溶かしたような金の髪に小柄な体躯。

 マルクと呼ばれた声の主の外見はまさしく少年そのものだった。


「もう、むやみに殺すのは良くないよ? まったく短気なんだから」

「貴様に言われたくないわ、マルク」

「やだなぁ。僕の場合はちゃんと人を選んでいるよ。君と違ってね」

「……マルク、忘れるでないぞ。余と貴様は協力関係にあるが、それはあくまで利害が一致しているからだ。余からすれば貴様のジョブ能力が有用だと判断したから置いているまで。もしも余に歯向かう意志を見せるなら貴様とて敵だ」

「はいはい、分かりましたよ。国王陛下」


 玉座の間にシャルルの冷淡な声が響き、マルクは恭しく腰を折る。


「貴様が大司教クラウスを殺めたことを責めるつもりはない。しかし、だ。その場にソーマの雫の原料となる獣人がいたのだろう。何故捕獲してこない?」

「無茶言わないでよ。その場には黒衣の執行人がいたんだよ? 分身の状態で勝てるわけないでしょ」

「貴様がそこまで言うほどの強さか?」

「強いなんてもんじゃない。あれは人に許されていい力の限界を超えているよ。まさに神がつかわせた僕らへの天敵ってところだね」

「……」

「まあ心配しなくていいよ。ソーマの雫の代替原料は他にあるからさ。黒衣の執行人とだって無理に戦う必要は――」

「いや、そうではない……」

「……?」

「余の息子にもそのような力を持つ者がいたらと思ってな」


 少しだけ、本当に少しだけシャルルは自嘲気味の笑みを浮かべて呟いた。

 シャルルの息子……、正しくは王子たちだ。


 かつては第七王子までいたその中にシャルルのジョブ【白銀の剣聖】に敵うものはいなかった。

 もっとも、その内の一人は論外の出来損ないだったため王族から追放してやったのだが。


 仮に《人類総支配化計画》を達成した後も心残りができるとしたら、後継として自身の強さに迫るほどの子孫を残せなかったことだろうと、シャルルは思う。


「ねぇ、シャルル。凄く言いにくいんだけれど」


 そんなシャルルの感慨を打ち破るかのように、マルクがその事実・・・・を告げる。


「黒衣の執行人の正体なんだけどね、君の息子なんだよ」


「…………………………は?」


 シャルルはその言葉の意味をすぐに理解することができず、呆けた声を漏らしてしまう。


「どういうことだ……?」

「どうもこうもない。そのままの意味さ。この前会ってきたからね」

「そんなことがあるか! 黒衣の執行人が余の息子だと!? 余の息子たちは皆王宮にいて――」

「ううん。もう一人いたでしょ」

「もう一人、いた? ……まさか、……まさか!?」


 浮かび上がった可能性に思い当たり、シャルルは思わず目を見開いた。

 しかし、マルクが続けた言葉はシャルルにとって最悪の宣告となる。


「そう。黒衣の正体は、二年前に君自身が追放した第七王子、アデル・ヴァンダールだ」

「そんな……、そんな馬鹿なッ――!」


 告げられた真実を拒絶するかのようにシャルルは叫ぶ。


 嘘だ、と――。

 そんなハズがあるか、と――。

 アデルが……、二年前に出来損ないと判断し追放した息子が、今まさに自らの脅威となっているなど信じられない、と――。


「認めるしかないよ、シャルル。二年前の君の選択は決定的に間違っていたんだ」

「余の、選択が……。間違い……?」


 シャルルは呆然として呟く。


 それは、あまりに遅すぎる悔恨だった――。


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