第15話 ロケ慣れ店長登場

 鴇田の軽自動車は、君津を外れ木更津の中心街を抜けて、まだ北上し続けた。木更津は寂れた駅前に比べ、ロードサイドには新しい大きな店が並んでいた。

 やがて、ショッピングセンター並みの巨大なパチンコ店の隣に、目的のラーメン屋があった。小さな寂れた感じの店をイメージしていた晶子は、実際に見て驚いた。まずラーメン店自体が、ファミレス並みに大きい。店前の巨大な赤い看板には『暴走激辛ラーメン! 木更津本店』とド直球のメッセージが書かれている。駐車場には、多数の軽自動車と大きな業務用トラックが何台も止まっている。中には品川や、横浜ナンバーの車もあって、店前では入場待ちの列まで出来ている。


「土曜なのでやっぱろお客さん多いですね。この店はグルメサイトの木更津・袖ケ浦市地区で唯一3.8ポイント獲ってるんです」鴇田はどこか自慢げ、「事前に連絡していたので店長呼んできます」と車から素早く降りると、店の方へダッシュした。

 走る姿を見るだけでも、鴇田の鍛えられた体は隠せない。

 キーを抜いて舟橋も車を降り、「どうして、好き好んで辛いもの食べて寿命を縮めたいのか、全く分からんな」行列を見ながらぶつぶつ言った。

「この行列で分かるでしょう、辛いラーメンなんて、もう普通なんですよ」運転席を前にして晶子も外に出た。

「死んだり、病気になるような、そんな変人向けのジャンルじゃないんですよ」

「意外と客は普通のラーメンとかギョウザを食べているかもな」

 舟橋はボキボキ音をたてながら肩や腰を伸ばす運動を初めた。

「うちには普通のラーメンはありませんよ!」

 いきなり話にカットインしたのは、リーゼントで黒Tシャツに黒パンツの肌テカテカ四〇代くらいの男。

「こちらの店長です」

 その黒テカ男の隣で、鴇田が紹介した。

「あぁ、どうも……」とか何とかいいながらも、店長の急な登場に晶子と舟橋はまごついた。


「いつもお世話になってます。『辛さは生きている証! 』 暴走激辛ラーメンチェーン社長兼本店店長の朝生(あそお)です。本日はわざわざのご訪問、ありがとうございます」店長はニコリと不自然に白い歯をみせた。

 見た目だと元暴走族確定と思ったが、意外と礼儀正しい営業マンの身のこなしに、晶子は実業成功系LDH的ノリも感じた。

「どうもお世話になります。県警本部の舟橋です」一瞬怯んだ舟橋も態勢を整えた。

「ところで、店長すごい行列ですね?」

 元ベテラン刑事にしては、街ブラロケで良く聞くような、当たり障りのない質問だった。

「そうなんですよ。でも、今日は異常っすね」色黒店長はその質問待ってました、と言う感じで続けた。「なんか、ウチの辛すぎるラーメンが原因で死んだ人が出た、という書き込みがSNSにあったみたいですごいんですわ」

 黒テカ白歯でホクホク顔の店長。すかさず、舟橋の目の端が動いた。

「ほぉ、そうすると店長も、何か心当たりがあるという事ですね」ラーメン死の可能性を追う刑事の勘が店長に鋭いメスを入れた。

「もちろん、ウチのラーメンの辛さは関東一だと思ってます。まぁ比較してはいませんが。ただ書き込みが、昨日あたりからめちゃくちゃバズり始めた感じで、『死ぬほど辛いラーメン食べてみたい』って、もう問い合わせ殺到です。特に今日は朝から、県外から大勢お客さんが来てくれてます。早速、激辛ユーチューバーが二人来ましたよ」

 舟橋のゆさぶり意図に反して、店長は終始ポジティブ&マイペースで、一切陰を感じさせない。より前のめりのハイテンションになった。

「でも、そういうのって、お店の経営的には迷惑ですよね」

 晶子も当たり障りのない相槌を入れつつ、話題の軌道修正を試みた。

「いえいえ、うちはアンチでも、誰でもウエルカムです。差別や偏見は一切ありません。それに一度食ったお客さんは、皆言ってくれますよ。『朝生さんのラーメンには辛さに負けない旨さがある』とね」店長は、晶子ら三人の表情を伺うような間をとった。

 どう答えれば正解か分からない。晶子も言いようがない。ただ間違いなく、この人商売上手だわ。

 そんな店長を、舟橋だけは、『この男何かを隠している』と言わんばかりの冷ややかな目で伺っていた。


「あのそれでね、店長、何度も申し訳ないんですが、亡くなった森田さんの件を、また詳しく教えていただけませんでしょうか?」

 舟橋の様子を察したのか、鴇田が本題の質問を振った。

「どうでしたかね、夕方の忙しい時間帯なんで、あんまり覚えてないんですよね。この時間帯、アクアラインに乗る前のトラック運転手さんが、結構来てくれるんですよ。他にラーメン屋は一杯あるんですけど、やっぱりウチのラーメンを食べたくなるみたいなんです。秘密は、隠し味の九州とんこつなんです」

 また話がズレ始める。

 店長は高いテンションのまま、「あっ、すいませんねぇ。立ち話も何なので、お店入って下さい。どうぞこちらへ」と三人を店内に導いていった。


 中の様子を見ると、店内はほぼ満員、カウンターとテーブル、座敷席もほぼ埋まっている。そして客層の大半は、ガテン系のゴツい男とサラリーマン風の客で占められていた。

「ちょっと、これ見てもらってもいいですか」店内に響くように声を張り始めた店長。

 これ完全グルメロケの事前取材のノリだと晶子は思いつつ、捜査に協力してもらう以上、気のすむまでこの人の話を聞くしか無い。

 店長の指示に従い、店内を見回した。赤を貴重にした内装の壁には、パネルに入った写真がいくつも展示されていた。その一つ、派手なバイクに乗っているのは多分若き店長。ライダージャケットには『全国ラーメン行脚』の文字。別の写真を見るとバイクにも『BARIKATA&ABURAOME』と良く分からないワードがペインティングされていた。

 先行き嫌な予感しか晶子にはしない。

 そんな空気を全く察せずに店長は続ける。

「私の出身は茨城の笠間なんだけど、お友達と夜によくツーリングしてたんですね」

 やっぱり暴走族だろ。

「そんな時に木更津で、たまたま食べたラーメンの味に目が覚めまして。話を聞くと、そこのおっさんは製鉄所が出来たころに北九州からやって来て人で、本物のとんこつラーメンにこだわって店をやって来ていたと聞いた時に、私はラーメンの奥の深さに目が覚めまして。それから私は仲間とのツーリングを辞めて、北は福島・喜多方ラーメンから南は横浜家系ラーメンまで、あっちこっちバイクで食べ歩きの修行したんですよ。その時の写真がこれです」

 それ食べ歩きじゃないし、全国行ってないし。晶子は心の奥で店長に突っ込んだ。

「二、三カ月あっちこっち回って、それでも、やっぱり木更津で食べた味が忘れられなくて、私はおやっさんの元に入門しました。一年位下積みで苦労したころに、おやっさんが脳梗塞で帰らぬ人になったんですね。それで二代目を名乗らせてもらうことになりました」

 下積み期間わりと短い。

「今は千葉県内に六店舗。来年は海渡って川崎進出するつもりです」

 この一連のしゃべりの上手さからみて、やっぱりこの店長は相当グルメロケ慣れしてると晶子は思った。その証拠に、壁には、太川陽介、まいうー石塚、パンサー尾形がラーメン食べてる様子のテレビ画像が貼られている。おまけに、『店長ユーチューブチャンネルはじめました! 登録よろしく』と大きい張り出しもある。目立ちたいんだなこの人。

「厨房もご覧になりたいとかおっしゃってましたね、どうぞ案内しますので見ていって下さい」

 ますますグルメロケみたいになっていく。

「お前、ちゃんと捜査だって言ったんだろうな」舟橋が鴇田をにらみつけた。

 

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