魔法使い物語
藤里 侑
はじまりの樹
プロローグ
「本当に大丈夫なのか?」
月明りが差し込むとある洋館の一室に凛と気高い声が響く。声の主は薄暗い室内で、うっすらと発光する金色の毛並みを揺らした。コンソールの上にあるその姿はまるで上等な剥製のようにも見えたが、確かに生き物であった。
「まだ十六になったばかりだろう」
その声が問う先には、すらりとした長身の男が一人。老齢らしいが、しゃんとしたその背筋とワインレッドのスーツを着こなしたその風貌は若々しい。
金色の毛並みは疑わしげな声音で続けた。
「そのような小娘に、お前の代わりが務まるとは到底思えんぞ。
老齢の男、壱護は苦笑をもらす。
「小娘とは……手厳しいなあ、セラ」
壱護は、彼が経た年月を感じさせるしわが刻まれたその手で写真立てをなでる。そこには、壱護とともに写る一人の少女の姿があった。まだ幼さが残る顔立ちで無邪気に笑っている。金色の毛並み――セラはそれをエメラルドグリーンの目をすぼめて一瞥するとコンソールから軽やかに下りた。
「事実だろう」
「言い方ってものがあるんじゃないかい? あの子は私の孫娘だ」
壱護はもう一度写真立てに触れると、セラを伴って部屋の外に出た。玄関ホールは広く、吊り下がったシャンデリアは薄暗い中でも淡くきらめいていた。左右に伸びる大階段はニ階に当たる部分で合流していて、その中央には大きな扉が一つあった。
大階段を上り、二人はその扉の前に立った。壱護は腰にかけていた鍵の束を手に取る。ずいぶんたくさんの鍵が大きな金属の輪にぶら下がっていたが、壱護は迷うことなく一本の鍵を選び取った。それは数ある鍵の中でもいっとう古く、それでいていっとうきれいなものだった。
鍵穴にそれを差し込み回せば、がちゃり、と重々しい音がした。
「心配することはないよ」
壱護は言うと、ドアノブに手をかける。セラは視線だけで壱護を見上げ、音もなく軽やかに壱護の肩にのった。それを見ると、壱護はゆっくりと扉を開く。
扉の向こうは温室のようになっていた。
天井の高いその空間には長い一本道が伸びていて、その両脇には形状も色も様々な樹々が植えられている。その一つ一つはレンガで囲われていて、手前の方が古く奥に行くにしたがって新しいようであった。
そのうちの一角、左手側には真新しいレンガで囲われた場所があった。そこにはまだ樹が植わっておらず、ふかふかの土があるばかりであった。
「あの子なら、大丈夫さ」
壱護がつぶやき、セラは仕方なく納得したように嘆息した。それを確認すると、壱護は優しく笑って天を仰いだ。
その様子はまるで、目の前にあるはずのない大樹を見上げているように見えた。
「おいしいドラジェを用意しよう。あの子にぴったりのものをね」
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