第56話


武闘祭は四日間の予選の後に本大会が行われる。


本大会に出場できるものは、予選を勝ち向いたものだけだ。


ちなみにアレルだけは勇者の特権として、予選に参加せずとも本大会にそのまま出られるらしい。


今回の俺のミッションは、予選の段階でアレルを倒す可能性がある猛者を叩き潰しておくことだ。


「これ、ください」


「あいよ」


予選が行われる前日。


俺は大会本部へエントリーをしに行く。


その際に、素顔を隠すために仮面を購入した。


「よし…これで行こう。視界は悪いが……問題ないだろう」


仮面を被ったことで視界は悪くなったし、傍目から見てかなり怪しい見た目になったろうが、素顔を晒すよりマシだ。


俺はそのまま大会本部へと向かい、エントリーをする。


「名前はどうします?」


年齢や使う武器などの情報を受付で尋ねられ、最後に出場する際の名前を尋ねられた。


「…そうですね。じゃあ、仮面の騎士で」


「ぷっ」


「おい」


受付に笑われた。


「…す、すみません…それじゃあ仮面の騎士で登録しておきますね」


「…よろしくお願いします」


俺はエントリーを終えて受付を後にする。


受付の会場は、大陸各地から集まったさまざまな猛者や戦士たちでごった返していて、かなり混沌としていた。


この中から本大会に進めるのはたった数名。


選りすぐりの猛者のみだ。


そんな猛者に、剣の鍛錬をサボりにサボってレベルが全然上がっていないアレルが勝てる

わけがない。


俺がなんとか予選の時点で、アレルに勝ちそうな戦士を叩き落とさないと…


「おっと…すみません」


そんなことを考えながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。


俺は慌てて謝る。


「おい…どこ見て歩いてんだ?小僧」


低い声が遥か上から聞こえてきた。


上を見ると、身長5メートルぐらいの巨漢が俺のことを見下ろしていた。


「あ…」


俺は思わず口をぽかんと開ける。


この男を俺は知っている。 


こいつは巨人族のギガース。


修行編、武闘祭イベントで出てくる強敵の一人だ。


「あ…じゃねぇだろう?自分の不注意でぶつかったんだ…することがあるだろ…?」


「すまん。悪かった。謝るよ」


「あぁ!?すまんだと!?すみませんだろうがぁああああああ!?!?」


「おっと」


ギガースがいきなり右の拳を振り抜いた。


俺は慌ててしゃがむ。


ブォンと頭の上を巨大な拳が通り過ぎていった。


「てめぇえええええ!!!」


ギガースが振り切った拳を弾きながら、俺を睨みつける。


ギガースは確か非常にキレやすい性格だったはず。


こうなると俺に一発かますまでは許してはくれないだろう。


「おいおい、なんだなんだ!?」


「誰かが暴れてるぞ!?」


「あ、あいつ…!巨人族のギガースじゃないか!?」


「おい、あのギガースが誰かと揉めてるぞ!!」


「喧嘩だ喧嘩だ!!」


周囲の参加者たちがたちまち喧嘩の気配を嗅ぎつけて、対峙する俺とギガースの周りを囲む。


「土下座しろぉおおおおおお!!そうすれば許してやるよぉおお!!」


ギガースが俺に向かって怒鳴り散らす。


「断る。ただぶつかっただけでどうしてそこまでしないといけない?」


俺がそういうと、ギガースがこめかみをひくつかせる。


どうやら完全にプッツンしてしまったようだ。


「あいつバカか?」


「ギガースを怒らせてどうする…?」


「あいつも参加者なのか…?」 


「ずいぶんヒョロイが…」


「ま、あいつはこれでおしまいだな。ギガースさんに袋叩きにされて、明日の出場は不可能だ」


「ははは。ライバルが一人減ったぜ」


出場者たちがニヤニヤしながら、俺のことを見る。


「この俺に生意気な態度をとってタダで済むと思うなよぉおおおおお!!死ねぇぇえええええええ!!」 


「ちょうどいい、ギガース。お前は今ここで排除しておこう」


ギガースは強い。


放っておけば本大会に出場してアレルと戦い勝ってしまう可能性がある。


俺はここでたまたまギガースにぶつかり、絡まれたことを利用して、こいつをここで排除しておくことにした。


パシッ!!


「なぁっ!?」


頭上に振り下ろされたギガースの拳を、俺は片腕で受け止める。


ギガースが驚きに目を見開いた。


「おっと、逃さないぜ」


「ぐ……ぐぐぐぐぐ…!?」


ギガースが腕をひこうとしたので、俺は指に力を込める。


「う、動かねぇええええ!!??」


ギガースがびくともしない自分の腕を一生懸命持ち上げようとする。


「う、嘘だろ…!?あいつ巨人族と力比べて優っているぞ!」


「し、信じられねぇ…あの体格でか!?」


「どんな握力だ…!?指の力だけで巨人族の腕を押さえているぞ!?」


周囲の参加者たちがざわつく中、俺は掴んだギガースの腕を背中に抱え、思いっきり引っ張った。


「ぐおおおおおおおお!?!」


背負い投げ。


ギガースの巨体が宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられる。


ズシィイイイイイイン!!!


「ごはぁ!?」


ギガースが叩きつけられた衝撃に悲鳴をあげる。。


「ちょっと失礼するぜ?」


「うごあぁあああああああ!?」


ゴキィ!!


俺はギガースが確実に大会に出られないように、その腕を回転させて骨を折っておいた。



「痛い痛い痛い痛い痛いよぉおおおおおおおおおおおおおお!?!?」


ギガースが痛みにジタバタと泣き叫ぶ。


「すまんな。お前に明日の大会に出てもらっちゃ困るんだ」


巨人族は再生能力が高い。


骨折も二、三日あればすぐに治るだろう。


だが、明日の予選には流石に出られないはずだ。


これで俺はアレルの強敵になるはずの猛者を一人、排除できた。


「それじゃあ、俺はこれで」


俺はそう言って歩き出す。


周りを取り囲んでいた参加者が自然と道を開けてくれた。


「な、なんだったんだあいつ…」


「妙な仮面をつけていたが……まさかギガースを倒してしまうとはな…」


「信じられない…仮面で顔を隠していたが、ひょっとしてあいつ、剣聖なんじゃないか…?」


「まさかあいつが、今大会に参加するという、剣聖アルフレッドなのか…?」


立ち去り際、予選参加者たちの的外れなつぶやきが俺の耳に届いていた。

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