第54話
それから一ヶ月が経過した。
結果から言うと、あの事件以降クレアが俺に関わってくることは無くなった。
そりゃそうだ。
俺はクレアの前で思いっきり貧しい子供に暴力を振るう演技をした。
クレアは俺の仕込みには気付かずに、完全にあれが俺の本性だと思っただろう。
心優しいクレアにはそんな俺が許せないはずだ。
だから、これ以上彼女が俺に関わってくることはないだろう。
一時の思いも今では完全に冷めたはずだ。
少し寂しいが、これは仕方のないことだった。
クレアは本来アレルとくっつくべきヒロインだ。
だから、俺との関わりがなくなった今、アレルと婚約者であるアレルと親密になるのは時間の問題だろう。
それからさらに一ヶ月が経過。
どうやら俺の見込み通り、クレアとアレルの距離が縮まったようだ。
どうしてそのことがわかったかと言うと、アレルが俺にクレアと王城の外を歩いたことを自慢してきたからだ。
「なぁ、グレン。聞いてくれ。俺、今日クレア様とデートをしてきたんだぜ?」
「…そうか」
「ああ…!クレア様は城の外に出たことがあんまりないらしくてな…!案内してやったんだ…!羨ましいだろう?」
「そりゃよかったな」
「ふふふ。まさかただの村人だった俺が、王族の美少女の王女様と婚約することになるなんてな……だけどこれも当然のことなんだろうな。何せ俺は選ばれた勇者だからな、もうお前やアンナとは立場が違うんだ」
「まぁ、そうだな」
「だが、安心しろ。別にお前らのことを忘れたりはしないからな。俺は今でもお前のことを親友だと思ってるぜ、グレン」
「そうか。ありがとよ」
こんな感じでアレルは俺に、クレアとデートしたことを自慢していた。
…ちなみにその食事の席にはアンナもいたのだが、アレルがクレアとデートしたことを堂々と言ってもアンナは眉ひとつ動かさなかった。
アレルのことを好きなアンナなら、不満の声をあげそうなものだが、一言も発しなかった。
…もしかしてアンナは怒りを溜め込んで、後々に爆発させるタイプなのだろうか。
ともかく、最近のアレルのアンナの前での言動にはちょっとヒヤヒヤさせられる。
あまりアンナを適当に扱うと後で酷い目を見るぜ、主人公くん。
それからさらに一ヶ月が経過。
ここまで、物事はおおむね順調に進んでいる。
相変わらず調子に乗っているアレルだが、今の所大きなやらかしは起こしていない。
修行編のイベントを、順調に消化しているといった感じだ。
細かなやらかしはあるのだが、全部俺がカバーできる範囲なので問題ない。
だが、心配なのは、アレル自身の実力がそこまで上がっていないことだ。
アレルは勇者である自分に酔いしれ、さらにクレアと婚約を結んだことで有頂天になり、自分を鍛えることを忘れている。
このままだと、修行編の最後に控えているあのイベントを乗り切るのは難しいだろう。
俺はそのことを密かにアレルに伝えようと試みているのだが…
「なぁ…アレル。今日も修行をサボるのか…?ちゃんと剣の鍛錬をしないと…」
「うるさいな。俺は勇者だぞ?剣の鍛錬なんて面倒くさいこと、必要ないだろ」
こういって聞き入れてくれない。
どうやらアレルは周りが持ち上げるばっかりに、今の自分なら魔王持たせると思い込んでいるらしい。
だが、俺からすれば現在のアレルは魔王軍の幹部や四天王を倒すレベルにすら至っていない。
…どうにかしてアレルに真面目に修行させる方法はないものだろうか。
「あとは…クレア王女も変なんだよな」
問題は他にもある。
最近クレア王女とよく王城内で出会うことだ。
あの事件以降、俺はクレア王女を城の外に連れ出したりなどはしていない。
クレア王女も、俺なんかと関わりたくないから自分からは近づいては来ないだろうと思っていた。
だが、最近身の回りでクレア王女の姿を見かけることが多くなった。
なぜか気がつけば近くにいて、話しかけることもなくじっとこちらを睨んできたりする。
話しかけてくるわけではない。
目があうとすぐに逸らされる。
だがなぜか向こうのほうからこちらに近づいてきている気がするのだ。
「ひょっとして監視をしているのか…?」
考えられる可能性は一つ。
それは俺が何か城で悪さをしているのではないかと、監視している可能性。
あの一件以来、俺はクレア王女に完全に悪者だと思われただろう。
そんな俺が城内で何か悪さをしていないか、クレア王女は心配なのかもしれない。
昨日なんで俺がアンナと歩いていたらめちゃくちゃ睨んでいた。
あれは絶対に親しいものに向ける視線ではなかった。
「クレア王女には要注意だな」
クレアがアレルとくっついたのはいいのだが、城から追い出されるのは困る。
俺はクレア王女の前でやらかさないようにしようと心に誓うのだった。
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