第24話


「あ…」


クレアのセリフを聞いたとき、俺はこの第二王女に関わる重要なイベントが発生したことを悟った。


「城の外に連れ出す…ですか?」


「はい…私、あまり城の外に出たことがなくて…王都の街もろくに知らないのです…お父様にお願いしてみても、城の外は危険だからダメだって…」


第二王女のクレアは美しく、父親である王に溺愛され、大事にされている。


厳重警備が敷かれた城の外には一歩も出ることを許されず、それゆえにクレア王女は世間知らずで、いつも城の外に強い憧れを抱いているのだ。


…そんなクレア王女を、勇者アレルは外に連れ出す。


アレルは王女と共にこっそりと城を抜け出し、彼女と共に王都の街を散策する。


それが勇者アレルと第二王女クレアの出会いであった……


これが『世界の終わりの物語』における第二王女クレアルートのシナリオだ。


…つまり王女様は俺ではなく本来アレルにこの頼みをしなくてはならないのだ。


「どうして俺なのですか…?」


「最初は勇者様に頼もうと思ったのです…けれど勇者様は現在部屋に引きこもっておられるということなので…お連れのあなたにお頼みしようと…」


「…」


やはりそうか。


本来アレルと城の外に出て親睦を深めるはずだった王女様は、アレルが部屋に引きこもっているため、俺のところに来てしまったんだ。


…まずいぞ。


少しずつ歯車が狂い始めている気がする。


「ダメでしょうか…?私どうしても城の外に出たいのです…外の世界が見てみたい…たった一度でいいんです」


懇願するように俺の顔を覗き込んでくるクレア王女。


どうしよう。


仮にもこれは王女の頼みだ。


断れば、この城に居られなくなるかもしれない。


そしてクレア王女は、この頃ストーリーの根幹に関わってくる重要キャラの1人だ。


そんなクレア王女の重大イベントを一つ消してしまうと後あとどうなるかわかったものではない。


…やむを得ない。


ここはアレルに変わって俺が、王女を城の外に連れ出す役を買って出るとしよう。


「…わかりました。引き受けましょう」


「本当ですか!?」


クレアの表情がパッと華やいだ。


「ありがとうございます…!」


「い、いえ…礼を言われるほどのことでは…」


俺は王女に向かって無理やり作った笑みを向けながら、心の中で「アレルすまん!」と謝るのだった。




「わぁあああ!!!すごい…!これが王都の街なのですね!!」


「…」


「目新しいものばかりです…!!想像以上で

す…!!グレン!!私を連れ出してくれて本当にありがとう!!」


「い、いえ…この程度のこと、お礼を言われるまでもありません…」


王都を見渡し、はしゃぐ王女に、俺は正体がバレやしないかと肝を冷やす。


アレルに変わって王女を城の外に連れ出す役を演じることになった俺は、ストーリーに沿って、王女と共に王都の街を散策していた。


おそらく初めて見るのであろう城の外の光景に、王女は興奮し、黄色い声をあげている。


一応フードを被せて変装はしているのだが…バレやしないだろうか。


俺はヒヤヒヤしながらあちこち歩き回る王女についていく。


「あれは何!?グレン!?」


「あれは魚売りですね…釣った魚を売っているようです」


「あれは何!?」


「あれは宝石売りですね。きれいな宝石を売っているようです」


「じゃああれは…!?」


「あれは…」


露天商を物珍しそうに眺める王女クレア。


その初々しい反応を見ていると、思わずこちらまで笑顔になってくる。


確かゲームの中でも、王都の街並みに子供のように目を輝かせる王女クレアに、アレルが見惚れてしまう、みたいな描写があったよな。


確かにいろんなものに興味津々のクレア王女は側から見ていると、あまりに純真むくで可愛い。


ファンが多いのも頷けるな。


「クレア様。そろそろお昼にしませんか?」


「あ、はい…!わかりました…!」


クレアが懐から大事そうに財布を出す。


「この時のために貯めておいたお金があるんです…!!グレン!!案内してくれたお礼に奢りますよ!!」


「いいのですか?では遠慮なく」


俺はなるべくストーリーに沿って行動するように心がける。


道の脇に設置されたテラス席のような場所で、俺はクレアと昼食をとった。


「美味しい…城で食べる料理とはまた違った味です…!」


「急いで食べると喉に詰まらせますよ」


「わかっています…!!あまり子供扱いされると困ります…!!」


「そうですか」


俺たちは互いに顔を見合わせて笑い合う。


「あ…グレン。食べ残しがついてます」


ふとクレアが、料理を口に運ぶ手を止めて俺の頬を人差し指で拭った。


「ありがとうございます、クレア。すぐに拭くものを…」


「そんなの勿体無いです」


ぺろっとクレアが俺の食べ残しを口に入れてしまう。


「…」


…このシーン。


あまりに印象的なので覚えていたしこうなることはわかっていたけど改めて目の前でやられるとどきっとするよな…


「ん?どうかしたのですか、グレン。顔が赤いですけど」


「…な、なんでもないですよ」


いかんいかん。


つい王女の魅力に惑わされるところだった。


…クレアはあくまでアレルのヒロインだ。


今は一時的に俺がイベントをこなす役を買って出ているけど、いずれはアレルとくっつくように誘導しないといけないんだ。


クレアに惚れるなんて、絶対にあってはならない…


俺は小首を傾げてキョトンとするクレアの前でひたすら自分にそう言い聞かせるのだった。


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