7-3

 そして迎えたヴェロニカとの対決の日。

 チームプルーフの面々は、秋の森のステラパルティカ近くのトレーニングコースに来ていた。

 周囲を森に囲まれたこのトレーニング施設は、木々の間を縫うように設けられたトラックに自然の丘を利用した坂路が組み合わされた立派なものだった。

 マッチレースはここで行われる。どう見ても普段からここをホームグラウンドにしているヴェロニカたちにとって有利な条件だが、ダービーに出走予定のブラックロータスになるべく負荷をかけないという条件をつけられてしまった結果だった。

 とはいえ、プルーフは『エヴォルト』で底力をつけているから心配はないだろう。マリアも本番前の練習試合のつもりで上手く使おうと言っていた。

「お揃いですわね。チームロバの皆さま」

 お馴染みの赤地にオレンジの乗馬服を着たヴェロニカが現れた。今日は背後にアルベルトも控えている。

「不本意ではありますけど、わたくしたちの力を知らしめた上でダービーに向かうため、今日はお相手差し上げますわ」

「……ああ、よろしくな」

 いちいち癇に障る言い方だが、喧嘩腰になってへそを曲げられるとそれはそれで厄介だ。ヴェロニカを刺激しないよう俺は短く応じた。

「さて、それじゃあ。最後にもう一度取り決めた内容を確認しようか」

 アルベルトが咳払いしてルール説明を始める。

「コースは実戦らしさを出すために、トラックを半周して坂路を最後の直線とする形。距離は五ハロン(約千メートル)の一本勝負。スペルの使用は本番と同等。つまり、プルーフチームは登録済の一つ、ブラックロータスチームはゼロとする。そして審判はこの私、アルベルトが務める。以上だ。異論はないね。では、準備してくれ」

 俺は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡しているプルーフの首筋をポンポンと叩いて落ち着かせ、その背中に跨った。

 俺が乗るとプルーフは、「あ、今日レースなんですね」と言った感じで気を引き締め、「ぎゅぇえん」と一声鳴いた。

 プルーフとブラックロータスがスタート地点につくと、アルベルトが二頭の前にレースと同じ膜を魔法で張った。

「では、これよりブラックロータス号とプルーフ号のマッチレースを始める。位置について、レディ! ゴー!」

 アルベルトの掛け声と同時にスタートライン上の膜が消えた。

 プルーフもブラックロータスも即座に反応していいスタートを切る。

 揃ったスタートを見せた二頭だったが、二の脚で優るブラックロータスが先手を取って、コーナーを左に曲がっていく。俺はプルーフをブラックロータスのすぐ右斜め後ろに付け、ジワリとプレッシャーをかけた。

 視界の広い馬にとっては自分の後方にいる相手もしっかりと目に入る。こういう位置に付けられると前を行く馬には目障りな存在となり気が散るのだ。

 ヴェロニカもすぐにそのことに気づき、隊列を変えようとブラックロータスを促してスピードを上げる。俺はプルーフの走りのリズムを崩さないことを優先し、無理についていこうとはしなかった。

 結果、二頭の差は徐々に開いていき、コーナーを曲がり切ってブラックロータスがタキオンブーストを使ったときには五馬身差がついた状態となっていた。

 これでいい。直線での切れ味勝負ではプルーフに分があるのだから、ブラックロータスを先に行かせて、目標にした方がこちらとしては走りやすい。

「よし、行くぞ!」

 直前に入って残り四百メートルとなった地点で、俺はプルーフに声を掛けながらステッキを入れた。

 タキオンブーストが発動し、金の粒子が溢れる。

 『エヴォルト』を果たして今まで以上に強力なスピードとパワーを身に着けたプルーフはものの数秒でトップスピードに乗ると、ぐんぐんとブラックロータスとの距離を詰めていく。

 残り三百メートルの地点に到達する頃にはすでにブラックロータスのすぐ後ろに迫っていた。

 こちらをちらりと振り返ったヴェロニカはプルーフのあまりの勢いにぎょっとした表情を浮かべる。

 もらったな。

 俺は勝利を確信しつつも冷静にそう判断した。三百メートルもあればただ抜くだけではなく大差をつけて勝てるだろう。そこまで圧倒的な力の差を見せつければさすがのヴェロニカも反論できまい。

 だが、俺はすぐにその考えが甘かったことを思い知らされた。

「マギカ・スプレメンタム!!」

 信じられないことにヴェロニカがスペルを使ってきたのだ。

 魔力強化を受けたブラックロータスは金の粒子を放出しながら加速し、プルーフを抜かせまいと食い下がってくる。ブラックロータスはダービーに行ってもスペルを使う権利がないため、このマッチレースでも使用禁止という取り決めだったはずではないのか。

「お前! それルール違反だろ! 失格だぞ!」

「うるさい! うるさい! うるさい! ルールなど知りませんわ! わたくしは負けるわけにはいかないのです! そんな駄血のロバ風情に、ハーフエルフ風情に、このわたくしと超良血のブラックロータスが負けるなど許されないのですわ!」

「このっ……!」

 自らの負けを悟ったヴェロニカは、もはやどんな手段を使ってでも勝ちを譲らないつもりだ。実力では確実にプルーフが勝っているというのに、それを認めるつもりなどないということか。

「マギカ・アディタメンタム!! ソーラ・ルーパス!!」

 破れかぶれになったヴェロニカはスペルを乱発してきた。

 スペルによって立て続けに強化されたブラックロータスがスピードを増し、徐々にプルーフを引き離し始める。

 まずい……!

 このままではブラックロータスをかわし切れない。ルール違反を咎めて負けを認めさせればいいのかもしれないが、ヴェロニカ相手では話がこじれることは間違いない。自信を持って堂々とダービーに向かうためにも、ここは何としてもヴェロニカを打ち負かしておきたい。

 そうなると残る手段は一つ。

 以前試したときには効果の分からなかった最後のスペルをここで使うのだ。他に今使えるスペルはないし、本番でユーリに勝つためにも自分の使える手段は全て試しておくべきだ。

 そう決意した俺はステッキを構え、その呪文を唱えた。

「フォルティス・ウィンクルム!!」

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