7章 フォルティス・ウィンクルム
7-1
アルベルトとの交渉の後、マリアはマッチレースのレギュレーションを調整するということで館に残り、俺はルナと連れ立ってダスクシティへの帰路に就いた。
美しい夕焼けの中ランドシップに揺られ、俺たちは遠くに見える地平線を並んで眺めていた。
「ルナ、このあいだはごめんな……。意味ない、とか出走しても勝てないとか、みっともない弱音を言って……」
景色が良いせいか、いつもより素直に言葉が出てくる。
「俺は本当は弱い人間なんだよ。騎乗技術も足りないし、心も脆い。そんな自分を認めたくなくて、いつも強気な態度を取っているだけなんだ。でも、ユーリに負けて、ダービー出走も見えなくなって、元々ちっぽけな自信すら失って……。それであんなことを口走っちまったんだ。だけど、ルナに言ったジンクスを破るって言葉は嘘にしない。必ずヴェロニカに勝って、ダービーでユーリにも勝って、君の大切なユニコーンが世界最強だって証明してみせるよ。だから許して欲しい」
俺は一気にそう言い切ると、深く頭を下げた。
「い、いいんだよ、フーマ。頭を上げて」
顔を上げると、ルナは照れくさそうな表情でこちらを見つめていた。
「私の方こそ殴ってごめんね。もう痛くない?」
伸ばしたルナの手が優しく頬に触れる。
その柔らかい感触と微かに香った彼女の匂いに、俺の心臓の音は急に速くなった。
「あ、ああ! 全然大丈夫! 俺、日頃から体鍛えてるからさ」
「? そっか? ならよかった」
そう言ってルナははにかんだように笑った。
「それにしてもさっきのルナの演説、凄かったな。さすが王女様っていうか、堂々としててかっこよかった」
「そ、そうかな? 内心ではすごく焦ってたし、緊張してたけど、それを顔に出さないように、って頑張って冷静な振りしてたんだ。しっかり見えたなら良かった」
「ああ、ばっちりだったよ。その……ダービーに勝ったらルナは女王様になるのか?」
俺はさっきのやりとりからずっと気になっていたことを聞いてみた。
「どうかな。継承権は上位になると思うけど、それだけでは決まらないよ。それに後継者に決まったとしても、母が譲位してからだからまだ数年先じゃないかな」
「そっか……。でも数年後には俺みたいな下々の人間とは、簡単に関わり合えなくなるんだろうなあ」
急に寂しさを覚え、俺は遠くに目をやった。
「何言ってるの、フーマ?」
「え?」
「ダービーに勝ったら、フーマは『夢幻の杯』を使って故郷に帰るんでしょ? 最初に会ったときにそう言ってたじゃない」
「そう、か……」
この世界に来てから一年。ルナたちと一緒に過ごす時間に馴染み過ぎて本来の目的を忘れてしまっていた。確かにルナの言う通り、俺は元の世界に帰らなければならない。元々そのためにユニコーンダービーを目指していたのだ。
だけど……。
急にそのことを突き付けられたら、帰りたくないという気持ちも湧いてきてしまった。ここで出会った仲間たちや過ごした時間はかけがえのないものだ。ダービーを勝ったとして、それらを手放してまで元の世界に帰る価値があるのだろうか。
「俺、帰らないといけないのかな……」
どうしたらいいかわからず、思わずそんなことを呟いていた。
「……ねぇ、フーマ。もしよかったらなんだけど、私の専属ジョッキーになってくれないかな?」
「専属ジョッキー?」
「そう。一年の契約じゃなくて、もっとずっと長い間、毎年一緒にダービーを目指しつづけるの。そうすれば私が女王になっても一緒にいられるんだ」
ルナの申し出はとても嬉しかった。それはこの世界に俺の居場所を作ってくれるということだ。ずっとここにいてもいい、という証だ。彼女はこんな自分を必要としてくれているのだ。
「……」
それなのに俺はすぐに答えることができなかった。
「ご、ごめん! 急に混乱させちゃったよね。答えはすぐじゃなくていいから。全てはヴェロニカに勝ってからだもんね。まずは目の前の勝負に集中しよ! ……なんか喉乾かない? 私ちょっと飲み物買ってくるね!」
ルナはそう言うと慌てて船内の売店に向かって行った。
「ここに残る……」
夜の帳が下り始めた空を見上げながら、俺は彼女から示された選択肢を何度も頭の中で反芻していた。
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