4-3
次の日の朝、俺はルナと共にロイヤル・アカデミアを目指して旅立った。当初はマリアやヘカテもついて行くと主張したのだが、ルナにやんわりと、しかしきっぱりと断られ、結局二人きりで向かうこととなった。
普段ならこの状況に「これってデートみたいじゃないか」と思って舞い上がっていただろう。しかし、いつもより口数が少なく、沈んだ様子のルナを見てはとてもそうは思えなかった。
ロイヤル・アカデミアはダスクシティの北、ムドレスト共和国のマギヤという街にあるそうだ。歩いて行くと三日以上かかるほどの距離なので今回は陸船(ランドシップ)と呼ばれるものに乗った。
これはこの世界における主要な交通手段の一つで、人々が都市間を移動する際や物資の輸送に使用されている。見た目は海に浮かぶ帆船と同じなのだが、不思議なことに地面の上も水と同じようにすいすいと進んでいけるのだ。俺もノルデンブルクへの遠征のときに乗った経験があったので、特段驚くこともなく普通に乗り込んでいた。元の世界の常識から考えれば異常なことでも、慣れてしまうとそれが日常になっていくのだろう。
船上の人となった二人はわずか数時間の船旅で無事目的地であるマギヤの街へとたどり着いた。
マギヤは小高い丘の上に建てられた城塞都市だった。四方を壁に囲まれ、街の中心には大きな石造りの城がそびえ立っている。俺は最初、その城の雄大な様に圧倒されたが、近づいていくと所々壁が崩れている箇所があるのに気が付いた。おまけに中央の大きな塔は少々傾いてしまっている。人が住んでいるとは思えない様子だが、今は使われていない施設なのだろうか。
正面の大きな門をくぐって壁の内側に入ると、そこには煉瓦造りの建物がずらりと並んだヨーロッパ風の街並みが広がっていた。十字に敷かれた広い道には多くの人が行き交い、そこかしこで商店や市場が開かれて賑わっている。一方で道行く人々の表情からはあまり活気が感じられず、大都市にもかかわらず少し寂れた風情の街という印象を受ける。
「この街はね、昔は王都だったんだ。でも三十年前の戦いで魔族の攻撃を受けてぼろぼろにされちゃった。その上、王国が消滅して新しい国になってからは首都じゃなくなってしまったの」
なるほど。中央の城にあった綻びは三十年前の戦い、ルドルフが語ってくれた魔界戦争のときの傷だったのか。街は復興したものの、首都としての地位を奪われたことで少々活気を失ってしまったのだろう。
「ちょっと急ごっか。ロイヤル・アカデミアはこっちだよ」
ルナの先導に従って細い路地に入って進んで行く。
今日の彼女はいつもの緑色のチュニックの上に茶色いフード付きのコートを羽織っていた。この地域ではあまりエルフが歓迎されないということで、そのフードを目深にかぶって歩いている。そのせいで後ろから見ると全身茶色の塊だ。彼女の美しい銀髪が見えないのは惜しいと思うが、要らぬトラブルを避けるためには仕方ない。
速足で路地を進むルナの後を追いかけること十分ほど。ようやく狭い道を抜けて開けた場所に出た。
「着いた。ここがロイヤル・アカデミアだよ」
「これが……?」
大通りに面したその建物は目を見張るほど荘厳な外観をしていた。
通りと学院を分ける壁にはたくさんの幾何学模様が彫刻され、正面には二匹のドラゴンをあしらった立派な門を構えている。そして門の奥には世界史の教科書で見たゴシック様式の教会のような二つの尖塔と大聖堂が立っていた。それらにはアーチと直線を多用した細かい装飾がいくつも施され、見る者を引き込む重厚かつ繊細なデザインがなされている。
「すごい……!」
もしこれが元の世界にあったなら間違いなく世界遺産に認定されているだろう。通りを行き交う人々は皆気にも留めずに学院の前を通り過ぎているが、それぐらい素晴らしい建築物だ。
「……行くよ」
外観に見とれていた俺を置いてルナはどんどん門に向かって歩いていく。
「ご、ごめん。待ってくれ……」
慌てて追いかけた俺にルナが振り返ろうとしたその時、突然強い風が通りを吹き抜けた。
「あっ……!」
強風に煽られたルナは呟くように小さな悲鳴を上げた。
風によってルナがかぶっていたフードが脱げ、美しい銀髪とピンと尖った長い耳が露わになってしまったからだ。
その瞬間、大通りを歩く人々が急に足を止めた。
「……エルフ!」
「しかも銀髪だ」
「あいつまさか……」
突然、人々はルナを指さしながら奇異と憎しみがこもった視線を向けて来た。
なんなんだ……!?
俺は彼らの異様な光景を見て底冷えのする恐ろしさを感じた。彼らはルナに罵声を浴びせるようなことも、危害を加えるようなこともしていない。ただ見つめているだけだ。しかし、その視線が確実にルナの心を抉っているとわかった。
「っ……!」
俺は居ても立っても居られずルナの前に飛び出して群衆から庇った。
どういう事情があるのかわからないが、大切な仲間を目の前で傷つけられるのを見過ごすことはできない。
「お、お前ら――」
俺はなおも背後のルナを睨みつけてくる街の人々を追い払おうと大声を出そうとした。
しかし、ルナにそっと手を握られ、その言葉を呑み込んだ。
「……行こう」
ルナは囁くように言うと、俺の手を引いてロイヤル・アカデミアの門へ向かった。群衆の視線がなおも背中を突き刺してきていることを感じたが、それ以上追ってくる者はおらず、二人は無事に門をくぐって学院の中へと入っていった。
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