最終話 幸せ届けるヴァンドゥーズ!

 そして、春は四月を迎えた我らがシャンティ・フレーズ。約束通り、早速常駐スタッフにもう一人追加が。


「改めて今日からよろしくお願いします!」


「よろしくねー、南美ちゃん」


 というわけで厨房はあのクリスマスのように、だけどその時よりもまた一段と頼もしく成長した小野寺きょうだいが担うこととなった。


「そういえばあんみつちゃん」


「へ、なんですか」


「ヴァンドゥーズの募集かけようと思うのよね。アルバイト」


「ああ……え? でもせりなちゃんは?」


 訊ねるとメッセージが届いた画面を見せてくれた。



【急きょ留学決まったのでバイト辞めます♡ ありがとうございました♡♡】



「へ、留学!?」


「ほんと自由よね、あの子。羨ましくなるくらい」


「あはは……」


 そんなわけで。私にはこの春、かわいい後輩ができるようです。


「面接立ち会う?」

「え、いいんですか?」


「やめとけ。ヴァンドゥーズの質が下がる」


 そこには出来上がったプチガトーをショーケースに出しに来た小野寺くんの姿があった。


「む、どういう意味」

「おまえ誰彼構わず受け入れるタイプっしょ」


 も、というのは、どこのシェフのことかな?


「面接なんてしてる意味ないっしょ、実際」


「まあ、幸いこれまで変な子はいなかったけど」


 ゆうこさんの言葉に一瞬せりなちゃんの顔が浮かんで慌ててかき消した。



「ああ、ちょうどいいや二人さ」


 久々に並んで立っていたところをシェフがそう呼び止めた。


「ちょっと、大事な話をさせて」


 その表情は、いつも通りにこやかでありながら、いつになく真剣でもあった。


 話の内容を知っているのかゆうこさんはシェフの陰で微笑んでいる。


 え、なに?


 小野寺くんをちらと見たけどどうやら見当はついていないらしい。


「……なんですか?」


 耐えかねて訊ねるとシェフは「ふふん」と笑った。


「まだ先のことだけど」


 私と小野寺くんは黙ってシェフを見つめて、その続きを待った。シェフはその時間を楽しむように、もったいぶるようにして、そうしてようやくその口を開いた。


「ゆくゆく、このシャンティ・フレーズの二号店を出すから。その責任者を、兼定と、あんみつちゃんに任せたいんだ」


 あまりに突然のことで声が出せなかった。やがて理解が及ぶとともに、ぶわ、と全身に鳥肌が立った。


「兼定に一年間ヴァンドゥールを経験してもらったのも、あんみつちゃんを正社員ヴァンドゥーズとして採用したのも、実は最初からそれを目論んでのことだったんだよね」


 な……なんですって!?


「これからの成長、期待させてね。まず兼定は洋菓子コンテスト、最低でも一回以上は優勝。それと火曜の定休日の偶数週は俺と製菓専門学校の講師助手よろしく。で、あんみつちゃんはまずラッピング検定、その他役に立ちそうな検定も調べてみて。講習会なんかも積極的に出てほしい。それから余裕があれば英会話と手話なんかもある程度は身につけてくれるといいと思う」


 にっこりと笑うシェフを前に、ごくり、と唾を飲んでいた。だけど「私なんかに……」とは思わなかった。応えたい。挑みたい。そう強く思えた。


 ちらり、隣の小野寺くんを見ると、ばっちり目が合った。そして二人して「ふ」と笑う。



 ──いつか、その日が来たら俺と



 案外『その日』はすぐ来るのかもね?


「ありがとうございます!」


 揃って頭を下げた。




 さあ、はじまる新たな春。


 そして期待と不安の入り交じった未来。


 私、あんみつちゃんこと小倉 果実には、新たに目標ができました。


 それは、一流のヴァンドゥーズを目指すこと。そのために出来ることを、今からとにかく全部やること。


 そして最終的には、ヴァンドゥーズという仕事の素晴らしさを、たくさんの人に知ってもらえるような、伝える仕事に就きたいです。


 それにはまず、日々の積み重ねから。


 エプロンの紐をぎゅっと結んで、私は今日も、このシャンティ・フレーズのショーケースの前ににっこりと笑って立つ。



「ようこそいらっしゃいませ! 洋菓子店シャンティ・フレーズへ!」



 お客様に幸せをお届けします。




 〈第1部 完〉




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