第4章 病欠なんて聞いてない! パニック崩壊クリスマス☆
第1話 悪夢のはじまり
「窓拭きしてきます」
「え……ああ。はい、よろしく」
木枯らし吹く師走の寒空の下、冷えた雑巾片手に外に出ていく小野寺くん。
「朝拭いたばっかじゃなかったですか?」
「まあ、中にいたくないんでしょ」
言いながらゆうこさんはちらと厨房を覗く。中では小野寺
クリスマスが近づいたここ最近はお客様も普段より増えるので土日はフルメンバーで出勤しています。
ということは、ヴァンドゥーズにもうひとり戦力が加わるはずなのですが……。
「せりなちゃん。いつまでそこにいるつもり?」
「だってゆうこさんんんー」
箱詰めカウンターの隅、夏の間小野寺くんがずっと原価計算で陣取っていた場所に、今日は朝からずっとせりなちゃんがうずくまっている。
「もう帰る?」
「そんなこと言わないでくださいよう」
「家で失恋ソングでもかけて泣いた方がラクかもよ」
「誰かに慰めてほしいんですう」
会話の通り、失恋による無気力状態なんだそうです。
「それでもずっとそこにいられても困るよ。あんみつちゃん、このお姉さんなんとかしてくれない?」
「え、私ですか」
「私はお手上げ」
降参を示して丁度来たお客様の方へ逃げていってしまった。仕方なくそばに寄る。
「バンドマンの彼ですか?」
「そう」
「向こうから?」
「こっちから」
「え」
こっちから振ったのになぜこんなに傷心なのでしょうか。
「浮気」
「う……」
なるほど。理解しました。
「三回目」
「三回目!?」
それはなかなかのお相手ですね。
「はーん、あんみつちゃん。私って男運ないんだよ。中学の時に初めて付き合った彼にも浮気されてね。高校で復縁したんだけど、やっぱりまたダメで。しかも二股どころか三股だよ!? もう引っぱたいてやったよね」
「す、すごい」
そういうのって漫画やドラマの中だけのことかと思ってた。
「今度の人もさ、優しいんだけどみーんなに優しいの。だから勘違いさせるし言い寄られたら断らないんだよ。も~! しかもこんなクリスマス前に浮気白状するなんて! やってらんないよ、はー。せっかくプレゼントまで用意してたのに……きいっ」
「う……なに買ってたんですか?」
「ギター。欲しがってたやつ」
「ひ、高そう……」
「高いよ。 お給料全飛び」
「いつもそんな高価なものあげてたんですか?」
お付き合いするのって大変なんだなぁ。
「だって好きだったから……」
「ううう」
恋は盲目、と言いますか。
「あんみつちゃんは? 小野寺くんと順調なの?」
いきなり言われて思わず停止した。そうか。この人はまだその線を信じていたんだ。
「だから違いますってば」
「え、まだ認めないつもり!?」
「もう、だから……」
反論を述べようとしたところだった。
「あんたら邪魔。この忙しい日になにくっちゃべってんの? やる気ないバイトは帰れ。社員は社員らしく箱物のリボン掛けでも焼き菓子の袋詰めでも、クリスマス前にやる事なんか無限にあんでしょ」
鬼の小野寺……。
「はい。すみません」と
「ありがとう、助かりました」
やり方はともかく、強く言えない私を見かねての行動だったのかな、と一応お礼を言った。すると「ムカつくから話しかけんな」と睨まれてしまった。
く。イライラを撒き散らさないでいただきたい。
でもたしかに、ご乱心なのも無理はない。春からずっと我慢して頑張っている自分を差し置いて、ぽっとアルバイトに入った妹が先に厨房をやらせてもらえるなんて。それもこんな目の前で。
「かわいそうよね、さすがに」
ゆうこさんもそう言って心配していた。でも聞いたところ小野寺くんは頑なに「自分は春まで売り場でいい」と言って聞かないんだとか。まったく意地っ張りな人だ。
そんなクリスマス当日まで残り数日となった、少し混雑が窺える日曜の昼下がりのことでした。
シャンティ・フレーズ始まって以来の、大事件が起こりました。
「あーれー。シェフ。おかしい」
始まりは黙々と仕込み作業をしていた那須さんが突然上げたこんな声から。
「え。どしたの、那須くん」
別の仕込み作業をしていたシェフがそう訊ねると、那須さんはゆらりと、いや、ふらりと……?
「だめかも、俺。たおれそう……つか、たおれま──」
「え!?」
そのままガシャーン、と大きな音を立ててひっくり返ってしまったから全員が慌てた。
「うわ、やだ。酷い熱」
駆け寄ったゆうこさんはその額に触れて飛び上がった。
「だ、大丈夫ですか?」
「はー……しぬ、かも。タケコ、あと……よろしこ」
タケコさんへのその答えには全員が少し安堵したけれど。それでも大事件に変わりはない。
那須さんはそのまま奥さんに迎えに来てもらって帰宅というか搬送されていった。そうして夜にシェフのもとへ来た連絡によると……。
「四十度超え。流行性のやつだからしばらく出勤停止」
なんてこと。
これが悪夢のはじまりというわけだった。
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