第49話 世間一般の人には言えない
駅から歩いて12分。目的地の商業施設に着いた。
イベント自体は商業施設の屋上で開催されているのだが、繁華街にはコスプレ姿の人達がちらほらと視界に入ってきた。
「どこを見てもコスプレイヤーが多いね」
「さすがコスプレイベントだな。これがハロウィンの時期になったら、さらに規模が大きくなるんだから凄い街だよな」
和樹と大浪さんが話をしていると、横で侑梨が俺のことをジーッと見つめてきた。
「どうしたの?」
「魅力的なコスプレイヤーさんが沢山いたので、直矢くんが鼻の下を伸ばしていないか見ていました」
「なるほど」
このイベントはコスプレ界隈で人気のコスプレイベントの一つになるから、魅力的なコスプレイヤーがいるのは確かだ。
だけど魅力的なコスプレイヤーが沢山いても、俺には侑梨の予防接種がある。この効果がある限り、俺は鼻の下を伸ばすことはないだろう。
「だけど強固な予防接種を受けたから、侑梨が心配するようなことは何もないよ」
「そうですけど……予防接種を受けたとしても、感染症は感染する場合がありますよね」
「あるね」
「それと同じで予防接種の想定を超える魅了的なコスプレイヤーが現れたら、確実に直矢くんは鼻の下を伸ばしてしまうと思います」
「それはないと思うけど」
侑梨の言う通り感染症の場合は予防接種を受けたとしても、必ず防げるとは限らない。俺自身も幼少期は予防接種をしても、よく感染症に感染した。
だけど想定を超える魅力的な人が現れたとしても、確実に防げることはできる。感染症とは違い、今回は自分の意思で操作ができるからだ。
再び、侑梨がジーッと見つめてきた。
「……」
「……」
少しの沈黙の後、侑梨は頷き唇を動かした。
「今のところは大丈夫そうですね」
「目の前に魅力的な女性がいるからね」
「もう……そんなことを言っても膝枕くらいしかありませんからね」
マジか。普通は『何もありませんよ』なのに、まさかのご褒美があるのかよ。それはそれで色々と話が変わってくるぞ。これはもう少し押せば、さらに先のご褒美がある可能性がーーそんなことを考えていると、大浪さんが話し掛けてきた。
「お二人さん、人目が多いのに熱々ですね〜」
大浪さんはニヤニヤしながら言ってきた。
「ふふふ。人目なんてアイドル時代になれました。私にとっては景色と同じですよ」
「おっ……世間一般の人には言えないことだね」
侑梨の発言に大浪さんは面を食らった。
確かに侑梨の発した言葉は、元アイドルだから言えるところがある。俺や和樹、そして大浪さんでは一生言えない発言だな。
「世間一般代表なんだから美唯負けるなよ〜」
「それを言ったら、和樹だって世間一般代表だよ」
和樹は後頭部を搔くと、大きなため息を吐いた。
「この話し合いは埒があかないな。ここにいる侑梨ちゃん以外は一般人なんだし」
「……そうね」
そんな二人を見て、侑梨は微笑した。
「私達のことを熱々と言っておりましたけど、お二人もかなりの熱々ですね」
そう言われて和樹は後頭部で手を組みながらそっぽを向き、大浪さんは少し顔を赤くしながら下に俯いた。
「……」
「ゆ……侑梨ちゃんに言われると恥ずかしいな」
「どうしてですか?」
追い討ちをかけないで侑梨さん。
これ以上質問をしたら、和樹も大浪さんも戦意喪失をして動けなくなるから。
よし……ここは俺が話題を変えるしかないな。
「あのさ。 ここで話をするのもいいけど、そろそろイベント会場に向かわない?」
商業施設の入り口に着いてから、すでに数分程経過している。その間にコスプレイヤーの人達が横を通り過ぎ、近くの歩道ではどこかのお店の店員さんが連れてきたモモンガの触れ合いをしている。
俺の発言で一斉に視線がこちらに向いた。
そして和樹はお腹付近で小さくサムズアップを、大浪さんは手を合わせて「ありがとう」と口パクをしてきた。一方、侑梨は頬を膨らませていた。
「そんなに魅力的なコスプレイヤーさんを見たいのですか?」
「何が不満なのか分からないけど、俺は侑梨がもっと魅力的になるためにコスプレを見たいんだよ」
嘘偽りはないんだけど、途中何を言っているんだろう。魅力的になるためにコスプレを見たいって、普通はお洒落な服屋さんに行こうだよな。
(慌てすぎて変なことを言ったわ)
侑梨の後方に控えている二人をチラッと見れば、二人して口元を押さえながら笑いを堪えていた。
(助けてあげたのに笑うのは酷いだろ。何か困ったことがあっても、今度は助けてやらないからな)
そんなことを思いながら、侑梨の方に視線を戻した。侑梨は頬を膨らませることはせず、何故かキョトンとした顔をしていた。
「ゆ……侑梨さん?」
「……」
「侑梨?」
「…………っは!」
「大丈夫?」
そう尋ねると、侑梨は頬に手を添えながら唇を動かした。
「突然の不意打ちにフリーズしてしまいました」
「不意打ち?」
何も不意打ちになるようなことは言っていないのだけど、どれが不意打ちになったんだ?
「はい……私のことをもっと魅力的になるコスプレだと言ったことです」
「な……なるほど」
それか。侑梨にとっては、その部分が不意打ちになったのか。うん……基準が分からないな。
「……」
「……」
再び沈黙が起こり、静かな時間が過ぎると思っているとーーパンパンと手を叩く音がした。
「もう二人ともすぐ沈黙になるんだから」
「まあ初々しい二人でいいんだけどな」
和樹は微笑しながら言った。
「ほら和樹も馬鹿なことを言っていないで、さっさとイベント会場に向かうよ」
「痛い……耳を引っ張らないで美唯」
和樹は大浪さんに耳を引っ張られながらエレベーターへと向かった。そして大浪さんは後ろを振り向き、「二人も早く!」と言って視線を前に戻した。
「俺達も行こうか」
「そうですね」
俺と侑梨は二人を追いかける形でエレベーターを降りて、イベント会場がある四階へと向かった。
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