第34話 元グループのイベントに遭遇

「そんな買って欲しそうな目を、私に向けないでください〜!! 私を誘惑していいのは、直矢くんだけなのですー!!」


 二階に降りてすぐにあった、魔法少女のキャラクター公式専門店でぬいぐるみ相手に葛藤していた。

 そのぬいぐるみは魔法少女たちを導くキャラクターで、モチーフはカワウソらしい。


 犬や猫とかは分かるけど…カワウソがモチーフって独特すぎるな。あと、そこで俺の名前を出さないでくれ。近くにいた人たちの視線が痛いから…


「侑梨…いまの台詞には誤解を招きそうだから、なるべく声量は抑えてね」

「何を言っているのですか? 私は直矢くんからの誘惑なら喜んで飛び込みますよ? 誤解などありません!」


 ぬいぐるみを棚に戻した侑梨は、俺の方に視線を向け、そして微笑みながら胸の前でガッツポーズをした。


 その姿に俺は額に手を当てながら嘆息した。


「今の台詞全てがアウトなんだが… それで、そのぬいぐるみは買うのか?」

「うぅ…」


 物凄く買いたそうな顔をしているけど、俺に遠慮している感じだな。そもそも、同棲しているんだから、遠慮なんてしなくていいのに。


「俺に遠慮せずにぬいぐるみ買ってくれば?」

「その…直矢くんに遠慮してた訳ではないのです」


 俺の言葉に慌てて手を振る侑梨。


 それじゃあ、何に遠慮をしていたんだ?

 俺が首を傾げていると、侑梨は言葉を続けて答えを教えてくれた。


「私がずっとぬいぐるみの相手をしていたら、直矢くんが寂しい思いをするのではと…思いまして」

「子供扱いじゃん!! それにぬいぐるみくらいで、俺が寂しい思いをする訳ないだろ」

「ほんとですか! では、私はこのぬいぐるみちゃんを買ってきますね!」


 そう言って、侑梨はぬいぐるみを手に取り、レジの方向へと走っていった。


「それにしても、侑梨がぬいぐるみ好きだとは知らなかったな」


 アイドル時代の好きな物リストには、ぬいぐるみという文字を見たことがない。常に更新されていた、SNSにもぬいぐるみの影がなかった。


 同棲してからも、侑梨の部屋にはぬいぐるみは一つもなかった。(俺が気づいていないだけかもしれないけど)


 侑梨の好きな物がまた一つ知れて、心のどこかで満足している自分がいた。

 きっと、推しの芹澤侑梨ではなく、一人の女性としての芹澤侑梨に目を向けてきているのだろう。


 と思っていたら、レジから侑梨が戻ってきた。


「直矢くん、お待たせしました! 私がレジに行っている間に、何かありました?」

「いや、可愛いぬいぐるみが沢山あるなーって眺めていただけだよ」

「なるほど!! では、私のオススメのぬいぐるみを教えてあげましょう!!」

「いや、買う訳では…」


 俺が否定したのにも関わらず、侑梨は棚にあるぬいぐるみに指を指しながら一つずつ紹介してくる。


 本当にぬいぐるみは買う予定ないのだが…

 マジでどうしよう…


 と考えていたら、物凄い歓声が噴水広場の方から聞こえてきた。


「イベントでもやっているのかね」

「そうですね! これは見に行かないとですね!」


 そう言って、侑梨は俺の左手を掴み、噴水広場の方へと引っ張られた。


 噴水広場の方に近づくと、吹き抜け部分の手すりには人だかりができていた。そして三階の手すり付近、一階の規制ライン内も人だかりだった。


「こんなに人で埋め尽くされるなんて、一体誰が来ているんだ?」

「な、直矢くん!! あれを見てください!!」

「………こんな偶然があるのかよ」


 侑梨に促され、大画面に視線を向けると———アイドルグループの"レグルス"の写真が映し出されていた。しかも、新規アーティスト写真だった。


「寧々ちゃんと紗香ちゃ———」

「はいはい、侑梨は一旦静かにしましょうね」


 俺は咄嗟に侑梨の口を塞いだ。

 ここで侑梨の身バレが起きたら、会場は混乱してイベント所ではなくなるだろう。それなら、侑梨には静観してもらうのが一番。


 てことで、不機嫌そうにしている侑梨に、周囲にバレないように口から手を離して、小声で説明することにした。


「でも…二人がいるのに…」

「もし、ここで侑梨のことがバレたら、2人に迷惑を掛けることになるよ?」

「………そうですね。 二人に迷惑を掛けたくないので、静かに見守ります」


 侑梨は静かに噴水広場の方に視線を戻した。

 俺も微笑したあと、視線を下に移した。


 そして音楽が流れると、それに合わせてレグルスの二人が手を振りながら現れた。


『みんなー!寧々ちゃんだよ!! 今日は久しぶりのイベントだけど、元気にしてたかーい?』


 上条さんが観客に向けてマイクを向けると、観客の人たちは一斉に話し始めた。


「元気だよー!! 寧々ちゃんに会えて嬉しい」

「俺と結婚してー!!」

「ライブのチケット絶対に買うから!!」


 上条さんがマイクを戻すと話し声が止まった。

 そして自分の方にマイクを向けて、トークの続きを始めた。


『皆んなの元気な姿が見れて、寧々はとっーても嬉しいよ!! あとライブの話は後でするから待っててね!』


 上条さんの言葉に、観客たちは「はーい」と反応した。


 それを聞きながら上条さんは微笑み、蒼井さんにマイクを手渡した。蒼井さんはマイクを受け取ると、口元に近づけて話し始めた。


『皆さん、お久しぶりです。蒼井紗香です。 数ヶ月振りのイベントなので、私自身とても緊張していますが楽しみたいと思っています』


 蒼井さんは綺麗なお辞儀をした。


「蒼井さんって…外面いいよね」


 以前、事務所で会った時のことを思い出すと、ギャップがありすぎた。


「紗香ちゃんはオンオフの切り替えが上手な子なので、そう思われるのも無理もありません」

「それでもさ… 侑梨の衣装を持ち帰るのは、やり過ぎだと思うんだけど…」

「まあ、紗香ちゃんなりの愛情表現なんでしょう。 少し変態になりつつありますが…ね」

 

 侑梨は苦笑した。


「愛情表現が斜めに行きすぎなんだよな」

「それもまた、紗香ちゃんの魅力ですよ!」


 魅力の一言でまとめていいのかな…。


 そんなことを思いつつ、噴水広場に視線を戻すと、いつの間にかライブの話をしていた。


『先程話題に上がったライブなんですが…六月に正式決定しました!』

『私たち、新生"レグルス"の初ライブです。 是非、皆さんに来てほしいです』

『そうそう! 新生ってことなので、ここで新曲発表もあるからね!』


 上条さんの発表で、観客から大きな歓声が上がった。

 同時に隣にいた蒼井さんは目を大きく見開き、マイクを通して上条さんに声を掛けてきた。


『寧々?! それはまだ秘密のはずでしょ!!』


 蒼井さんは上条さんの頭にチョップをした。


「このグループが乗り越える壁は侑梨が抜けた穴ではなく、トークの方だったか」

「卒業する時も心配していましたが… もう少し、トークの仕方を教えていれば…」


 侑梨が現役の時は、侑梨を中心に二人が会話に乗る感じでトークコーナーが行われていた。

 そして侑梨が卒業したいまが……目の前の現状。


「でもトークに関しては実践あるのみだから、侑梨が責任を持つ必要はないと思うけど?」

「それでも、私がちゃんと教えていれば…寧々ちゃんが暴走することもなかったのに…」


 侑梨は両手で顔を隠しながら呟いた。


「まあ、まだ新生レグルスは始まったばかりだし、トークも徐々に上手くなっていくさ」

「そうですね。 新生レグルスを見守りましょう」


 俺たちは再び視線を二人の方に戻した。


『それで皆さんが気になっているのは、チケット情報ですよね〜?』


 上条さんの掛け声に、観客は「気になる〜」と反応した。


『これに関しては発表しても大丈夫なので、皆さんスクリーンをご覧ください』


『『どうぞ!!』』


 上条さんと蒼井さんの掛け声で、大画面スクリーンに映像が流れ始めた。


 映像は順番に流れていき、これまでの活動、侑梨の卒業発表、そして新生レグルス発足の文字とライブの日程が映し出された。


 そのまま画面が変わり、チケット情報が出てきたのだが———チケットの発売日が日付変わってすぐの深夜だった。しかも、先着順。


「深夜十二時って… しかも先着順とか鬼畜すぎる」

「なかなかハードですね(苦笑) ですが、ファンの方は深夜でも頑張るんでしょうね!」

「まあ、先着順だからファンとしては頑張るな」

「そうです! ファンの方が大変だけど、チケットが取れた時は達成感があることを、よくメッセージで来ていました! 直矢くんもそうですよね?」

「うん…まあ、頑張っていました」


 抽選販売などではなく、先着順の時は俺もスマホ画面を何度もタップしたのはいい思い出だ。そして達成感もあってのは同意できた。



 そして俺たちは新生"レグルス"のイベントを最後まで見届けて、自宅に帰ることにした。


◇◆


 直矢と侑梨が帰宅している頃、噴水広場の控え室ではレグルスの二人が着替えながら会話していた。


「まったく… 寧々は暴走しすぎなんだから」

「えへへ。 やっぱり、侑梨ちゃんがいないと、私たちはトーク下手だね」

「だからこそ、今回のイベントで慣れようと思っていたんだよ」

「次のライブでは大丈夫だよ!」


 満面の笑みでサムズアップする寧々。その姿に額に手を当てる紗香。


「その大丈夫が一番不安なんだよ…」

「それよりさ、紗香ちゃん気づいた?」

「話題を変えるなよ! で、気づいたって何に?」

「二階に侑梨ちゃんと直矢くんが見ていたのを」

「そうなのか!? 全く気づかなかったぞ?」

「あんなにイチャイチャしていたら、私たちから見たら目立つのに〜」


 寧々と紗香のいた場所は、三階部分は見えにくく、二階部分は顔がギリギリ見える。

 そのため、イチャイチャしている二人がいれば、かなり目立つのは当然なのだ。


「緊張しすぎて、周りがよく見えてなかったらしい。 侑梨を見逃した…私つらたん」

「紗香ちゃんって、侑梨ちゃんが絡むと面倒くさい性格になるよね」

「……気のせいだ」


 クールに返答した紗香は、残りの着替えをテキパキとこなしていく。それを追いかけるように着替えをしていく寧々。


「とりあえずさ、夜に侑梨ちゃんに電話でもしてみようか?」

「いや、今回は遠慮しとく。 だけど、後日会った時に問い詰めるつもりではいる」

「あはは… これは侑梨ちゃん大変だな…」

「ほら、時間が迫ってきているから急ぐよ」

「ほーい!」


 二人は急いで片付けまで終えて、控え室を後にした。

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