第32話 コスプレ下見のはずが奢りの話に?

 五月中旬の休日。俺と侑梨は以前から予定していたコスプレ衣装の下見の為に繁華街にいた。

 休日ということもあり、人出は多いので、侑梨は帽子に丸眼鏡と芸能人がよくする変装をしていた。


 まあ、卒業してから約二ヶ月経っても、週刊誌とかは「その後の芹澤侑梨は?」とかで追いかけて来そうだもんな。


 そんなことを思いながら侑梨を見ていると、俺の方に視線を向け、微笑しながら口を開いた。


「待ちに待った、コスプレ衣装の下見だね!」

「待ちに待ったって…あの話から一週間程度しか経っていないと思うんだけど?」

「私の感覚だと、二週間経った気がするんだけどね〜?」

「うん。 侑梨は一旦病院行ったほうがいいな」


 冗談を言いながら、俺たちは高層複合ビルへとやって来た。このビルでは土日の月に数回、コスプレイベントをやっている。

 侑梨がこのイベントを見つけた時、目を輝かせていたのが印象的だった。


「おぉ…!! 既にコスプレしている人が多いな」


 エスカレーターで地下に降り、そして反対側にある会場に着くと、コスプレ衣装を着た人たちが沢山いた。何だったら、ここまで来る途中にもお店に並んでいる人や歩いている人も見かけるほどだ。


「直矢くん!! これは最高ですね!!」

「これは最高すぎるよ。 一眼レフとかあったら絶対に撮りに行くのに〜!!」


 俺はアイドルオタクでもあるが、実はアニメオタクでもある。そんな俺にとって大好きなキャラのコスプレを目の前で見たら、テンションが上がらない訳がない。


 という訳で、目を輝かせながら周囲に視線を巡らせていると、横から袖口を軽く引っ張られる感覚がした。

 そちらに視線を向けると、侑梨が頬を膨らませていた。


「直矢くんの浮気者。 私という超絶可愛い許嫁がいながら、他の女性を写真を撮りたいなんて… 私に魅力を感じなくなってしまったんですね」

「そんなことはないぞ! もし一眼レフを買ったら、最初に撮るのは侑梨と決めているからな」

「本当…ですか? 例えば、和樹くんや美唯さんでもダメですからね?」

「あのバカップルを先に撮る理由がないな」

「ふふふ。 それじゃあ、直矢くんが一眼レフで私のことを撮ってくれるのを楽しみにしてますね」

「気長にお待ちくださいな」


 一眼レフはとても高価だ。バイトもしていない、庶民の俺が買うにはかなりの時間が掛かるだろう。

 それでも、侑梨にここまで楽しみにされていたら、面倒くさいが連絡が付きにくい両親に相談でもしてみるか。…現状、交際費は親負担だしな。


「それじゃあ、この周辺を見て回ろうか。 で、侑梨は写真を撮るのか?」

「そうですねぇ…」


 侑梨は周囲に視線を巡らせ、そして一つ頷き、言葉の続きを言った。


「今回は遠慮しときます。 撮影には参加費を払わないといけません。 それにここも規模は大きいですが、最初に撮るなら即売会と決めましたので!」


 ここ最近のコスプレイベントでは、撮影者とコスプレ参加者に参加費が取られる。

 侑梨が言っている即売会でも参加費は取られるのだが、謎のこだわりがあるらしい。


「そうか。 それじゃあ、本番で失敗しないように、今回は目に焼き付けておかないとな」

「だね! 私がやりたいメイド服やチャイナ服を沢山目に焼き付けておかないと!!」

「えっと…メイド服はあると思うけど、チャイナ服は…ね」


 コスプレイベントでも露出が激しいのは禁止だ。チャイナ服となればスリットからの太ももや足とか規制の対象になるのではと考えていた。が、


「直矢くん!! あのお姉さんのチャイナ服がとてもセクシーです!! 直矢くんは見てはいけませんよ!!」

「ちょっ… それだと目の前が見えなくて、俺も一緒に下見に来た意味なくなるだろ?」


 チャイナ服を着たコスプレイヤーがいたらしい。

 そちらに視線を向けようとした瞬間、侑梨が後ろから両腕を伸ばし、俺の目元に手を置き、視界を奪った。目の前が真っ暗になってしまった。


 俺の視線を隠す為に、背中側では侑梨が必死に背伸びしているのだろう……想像しただけで可愛すぎてニヤけてしまう。


「仕方がありませんね。 もしお姉さんを見た時に変な視線を向けたら、後日直矢くんに何か買ってもらうことにしますからね!」


 それくらいなら断る理由もないけど、侑梨の場合は予算オーバーがある可能性が高いから、一応保険はかけといた方がいいな。


「その条件を飲むに当たって、一つだけ保険をかけておきたい」

「保険ですか?」


 俺は首肯した。


「限度額を一万円以内に抑えてほしい。色々と理由はあるけど、今回に限り大目に見てほしい」


 その理由は全然小さいことだが、ここでお金が飛んでいくのはダメージが大きすぎる。


「分かりました。直矢くんが私の為に何かしらのことを考えているのが伝わってきたので、今回の奢りは一万円以内で考えておきますね」


 侑梨はふふふと笑みを溢しながら言った。

 

 それよりも、『色々と理由がある』だけで、俺のことを理解できる侑梨が凄すぎる。

 推しだった元アイドルに自分のことを理解してもらえるのは嬉しいのだが、同時に恥ずかしさもやってくる。……別の意味で顔が赤くなりそう。


「侑梨の寛大な心に感謝します」

「もう…バカなこと言わないでくださいよ。 それじゃあ、手を退けますからね」


 侑梨の言葉に頷く。そして手を離されてすぐに、太陽光の光が視界に差し込んできた。眩しかった。


 段々と視界が慣れてくると、先程まで見ていた光景がまた目の前に広がってきた。

 そして侑梨の視線の先に目を向けると、そこには確かにチャイナ服を着たお姉さんが立っていた。


 カメコの列も凄いな。まあ、あれだけのスタイルがあったら行列になるのは当然か。妖艶さでアピールしている感じだし。…規制されないのかなアレ。


「直矢くん。 見惚れてはいませんよね? 変な視線も向けていませんよね?」


 そんな感じで見ていたら、侑梨が優しーい笑顔で問い掛けてきた。優しいかどうかは別としても、目の奥には優しさのかけらは感じない。


「侑梨の約束を守っているから当然だろ!」

「そうですか。 直矢くんのことだから、そーゆう視線を向けると期待していたのですが…」

「ちょい待ち。 聞き捨てならないことが聞こえてきたんだが、説明してくれないかな?」

「もちろんです! 直矢くんは99パーセント約束を守るのは知っています。なので、1パーセントの可能性を期待していたのです」


 ……ん?ということは、俺があのお姉さんに対して、変な視線を向けると思っていたのか?

 それに1パーセントを掛ける意味が———なるほど。俺に奢らせる気満々だったのか。

 やはり、保険を掛けといて正解だったわ。


「その1パーセントは期待外れになったな。 てことは、俺は奢りを回避出来たのかな?」

「……分かりました。 一万円ではなく、五千円で手を打ちましょう」


 あれ?もしや、奢りは確定なのか?


「直矢くん、私に五千円以内で奢ってください!」

「それって、罰ゲームとか関係なく、普通に俺からのプレゼントが欲しいってこと?」


 そう捉えてもおかしくない。

 俺は侑梨が出した条件を乗り越えたのに、侑梨は何故か奢りを要求してくる。

 つまりだ、侑梨は俺からのプレゼントを求めているに違いない。


 侑梨は小さくコクリと頷き、右手を団扇のようにして顔を仰いでいた。


「分かった。 プレゼントは必ず用意するけど、後日でもいいか?」


 当日に勢いで選ぶより、じっくりと時間を掛けてプレゼントを選びたいからだ。


「大丈夫だよ。 私こそ、無理やり押し付けた感じになってごめんね。 それと直矢くんからのプレゼントなら、どんな物でも私は嬉しいからね!」

「ありがとう。 それでも変なプレゼントはしないように、一生懸命選んでくるよ」

「ふふふ。 楽しみに待ってるね!」


 そして俺と侑梨は気になるコスプレイヤーの人たちを順番に見てまわった。そしてコスプレしたい欲がさらに高まったのは言うまでもない。

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