第13話 一方、私は……
朝が来た。昨日は一睡もできなかった。
一睡もできなかった理由は、昨日、彼といるところを新世に目撃され、別れを告げられたからだ。
洗面所で鏡を見ると、私は酷い顔をしていた。
「莉愛、どうしたの? 目元に酷いクマなんか作って。何か、あったの?」
お母さんは、私に優しく声をかけてくれる。
私は力無く、「何でもないよ」と返すことしかできない。
いつもは、金髪をサイドテールにしているけど、髪を結ぶ気分じゃない。
朝食を摂る気分でもない。
何か食べようとすると、吐き気がするからだ。
私は昨夜から続く空腹状態のまま、家を出て、学校へと向かった。
とにかく、新世に会って話がしたい、その一心で。
昨日は、新世の家を何度も訪ねようと思った。
でも、結局新世の家に行けなかった。
新世に拒絶されるかもしれないと思うと、私には無理だった。
学校につくと、足早に女子トイレへ行き、個室に入った。
教室に行って、新世と顔を合わせる心の準備ができていなかったからだ。
新世はこの時間、サッカー部の朝練に参加しているはず。
だから、まだ教室にはいないはずだけど、それでも教室へと足が向かない。
トイレの個室で手鏡を開き、気は乗らなかったけど、最低限メイクをすることにした。唇は乾いていたし、目の下のクマはやっぱり酷かった。
「こんな顔を見せたら、新世に嫌われちゃう……」
昨日、あれだけ新世を傷つけておいて、自分は何を言っているんだろう。
そんな身勝手な自分に、思慮の足らない自分に嫌気が差す。
私は昨日、新世に別れを告げられた。
話をしようにも、取り付く島もなく、連絡先をブロックされ、完全に新世から拒絶された。
自分がそれだけのことをしていたと、気づいた時にはもう遅かった。
私はもう、新世の彼女じゃない。
だって、新世は私のことを、もう彼女だとは思っていないから。
だからこそ、新世に必死に弁明して、復縁できるように努力しないといけない。
私が好きなのは、新世だけなんだから。
……とは言っても、誰が信じてくれるのかな。
少なくとも、私が一番信じて欲しい新世は、きっと信じてくれない。
新世からすれば、浮気をしていた恋人の話なんて、信じるどころか聞きたくもないはずだから。
「はあ……何やってるんだろ、私……」
自分自身に絶望して、ぽつりと呟やいたその時、トイレの中に誰かが入ってくる音がした。
「昨日の合コン、大成功だったねー!」
「うん!」
楽しそうな女子二人の会話が聞こえる。
この声は……一組の田中さんと鈴木さんだ。
アイドル並に可愛いと、男子から評判の二人だ。
「私、今度、葵くんとデートする約束までしたよ!」
「えっ、ほんと!?」
「ほんとだよぉ! ていうか、めぐみは小鳥遊くんと、あの後どうだったの?」
「う、うーん……私が思っていたより、翔くんは双葉さんのことが好きだったみたいで……」
佐藤くんと小鳥遊くん、昨日合コンに行ってたんだ。
あの二人、やっぱりモテるんだ。
双葉さんっていうと……双葉怜奈さんのことかな。
学園一の美少女と名高く、学年一の成績を持ちながらスポーツも万能で隙がない人。
新世が前回の中間テストで、努力の甲斐もあって学年二位まで上り詰めたけど、点数の差は二十点近くあった。
『ほとんどの教科が満点とか、もはや勝てるわけがないな……』
新世が、そんなことをぼやいてたのを思い出す。
私なんか、同じ女性として、どれをとっても双葉さんには敵わない。
そんな存在に肉薄する新世が、かっこよかった。
それにしても、恋愛には興味がないって噂の双葉さんが合コンに参加したなんて、意外だな。
誰か、お目当ての人でもいたのかな。
いや、今は他人の恋愛模様を気にしている場合じゃない。
私は、新世と──
「そういえば双葉さんは、旭岡くんにお持ち帰りされた後、どこまでいったのかな?」
……え?
今、なんて……
「うーん……双葉さんって意外と肉食系っぽいし、旭岡くんは押しに弱そうだしなー」
……間違いない……
佐藤くんと小鳥遊くんと一緒にいてもおかしくない人物で、旭岡といったら、新世しかいない。
でも、そんな……ことって……
「それだと、逆にならない? お持ち帰りしたのは、旭岡くんの方なんだから」
「私には、そうは見えなかったけどなー」
聞き間違いだと思いたかった。
でも、二人が話していることは、おそらく事実だ。
「あっ、葵くんからLIONE来た!」
「なんて来たの?」
「秘密ー!」
「えーっ! 教えてよー!」
二人の声が少し遠くなり、トイレのドアが閉められる音がした。
「なんで……こんなことに……」
私は頭を抱え、しゃがみ込んでしまった。
「どうしよう……どうしよう……」
私と新世の関係はもう、取り返しのつかないことになっているのかもしれない。
⭐︎
私は、思わず口元に浮かべてしまう笑みを我慢できなかった。
私の視線は、スマホの液晶画面へと向けられていた。
昨夜、新世が私の隣で寝ている間に、こっそり撮った彼の寝顔の写真が、画面には映っていた。
「ふふ……私の……私だけの新世……」
私は昨日、晴れて彼の恋人になった。
それがどれだけ嬉しかったことか、私以外の人間にわかるはずもないわ。
私は、ずっと彼と接触することを我慢していた。
直接関わりもないのに、彼と接触するのは、乙女心に恥ずかしかったから。
というのは建前で、私が新世と一度関われば、彼に例え彼女がいたとしても、無理矢理自分のものにする為に、私は暴走しかねないと自覚していたからなのだけれど。
でも、意外な偶然、ではなく運命に導かれ、最終的には新世は私の元へやってきた。
合コンの席で小鳥遊くんから、新世が浮気され、付き合っていた椎名さんと別れたばかりだと聞いた時は、嬉しさで心が舞い上がった。
そんなタイミングで、私の目の前に現れるなんて、もはや運命だとしか思えなかった。
そして、私は以前から決めていた通りに、全力で彼を落としにかかった。
結果、全てがうまくいった。
「はあ……新世新世新世……」
名前を口にするだけで、胸が弾む。
この躰を彼に抱きしめられた時は、それだけで脳が甘く痺れた。
キスを何度も重ねていくうちに、身が溶けるようだった。
新世は私が手慣れていると勘違いしていたみたいだけれど、私は昨夜体験したことの全てが初めてだった。
むしろ、やけに手慣れた様子の新世に、私は少し腹が立ったけれど、これから私色に新世を塗り替えていけばいいと思えば、安らかな気持ちで彼に身を委ねることができた。
あとは、新世と椎名さんが作り上げた思い出を、全て私との思い出に塗り変える。
そうすれば、椎名さんに浮気されて傷ついた新世の心も、きっと癒されるはず。
新世が椎名さんのことを完全に忘れた頃には、新世の身も心も全て私のものになる。
「それにしても……」
私は運命だと思っているけれど、あまりにも出来すぎている気がした。
誰かの意図的な思惑が介入していないか、それだけが気になるわね。
「考えすぎよね……」
あまりにも物事が上手くいっていると、何か見落としている点がないか心配になるのは、私の性分ね。
今は新世と付き合うことになった事実だけを、その幸せを、噛み締めていればいいというのに。
目に見えて、問題があるとすれば、新世と椎名さんの関係の精算かしら。
新世は彼女との話し合いを拒んでいるようだけれど、その気持ちは、私にもわからなくもない。
長い時間を付き添っていた恋人なら、ある程度のことは信じられるでしょうけれど、浮気となると、愛し合って信頼していたという前提が崩れる。
そんな相手の話を、誰だって聞きたくはないでしょうから。
私は、新世のことを、他者を大切に想いやる生き方をする人物だと評価した。
そんな彼だったら、恋人の話を聞く姿勢を見せるべきなのかもしれない。
でも、浮気をしていたような相手に、新世が真摯に対応する必要はない。
新世がこれ以上傷つく必要はない。
だから、椎名さんとの関係に終止符を打つのは、新世には私に任せてほしい。
今日、新世が学校に来なかったのは、私にとっては都合がよかった。
新世が居ないうちに、私が椎名さんと話し合いをして、決着をつける。
新世は私のものだと、はっきりと椎名さんに告げる。
「昨日の合コン、大成功だったねー!」
「うん!」
……この声は、田中さんと鈴木さんね。
トイレの個室にいた私は、中に入ってきた二人の会話に耳を澄ませる。
私がトイレの個室にいた理由は、単純に、新世の写真を眺めて笑みを溢す姿を、クラスメイト達に見せるわけにはいかないから。
「私、今度、葵くんとデートする約束までしたよ!」
「えっ、ほんと!?」
「ほんとだよぉ! ていうか、めぐみは小鳥遊くんと、あの後どうだったの?」
「う、うーん……私が思っていたより、翔くんは双葉さんのことが好きだったみたいで……」
私はもう新世のものなのに、小鳥遊くんも諦めの悪い男ね。
昨日、あれだけ熱烈なアプローチを小鳥遊くんにしていた田中さんに、彼は失礼だとは思わないのかしら。
「そういえば双葉さんは、旭岡くんにお持ち帰りされた後、どこまでいったのかな?」
「うーん……双葉さんって意外と肉食系っぽいし、旭岡くんは押しに弱そうだしなー」
普段の冷静沈着な私を見て、どうして肉食系だと思ったのかは気になるところだけど、新世が押しに弱かったのは事実ね。
「それだと、逆にならない? お持ち帰りしたのは、旭岡くんの方なんだから」
「私には、そうは見えなかったけどなー」
意外と鋭いのね、田中さんは。
「あっ、葵くんからLIONE来た!」
「なんて来たの?」
「秘密ー!」
「えーっ! 教えてよー!」
やがて、ドアを閉める音がして、二人の声が聞こえなくなる。
「今鉢合わせると、昨日のことを問い詰められそうね。とはいっても、二人とは同じクラスだし、避けられないわよね……」
私は数分悩んだあと、授業の開始時間が迫っていたのもあって、個室から出ることにした。
個室のドアを開けると、目の前を通りすがろうとした女子生徒と危うくぶつかりそうになった。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「こちらこそ、ごめんなさい。私も、不注意だった──」
……運命なんて、二度も続けば、さすがに意図的なものを感じずにはいられなかった。
でも、こんな運命、きっと彼女は望んでいなかったはず──
「ふ……双葉、さん……」
覇気のない顔を向けてくる彼女に、私は静かに微笑んだ。
「…… 少しお話をしましょうか、椎名莉愛さん」
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