竜帝と番でない妃
ひとみん
第1話
ここは竜人国、アーンバル帝国。
「ほら、口を開けて、エリ」
目の前の見目麗しい男は、肉の刺さったフォークを私の口元に嬉々とした様子で近づける。
いや、何?ちょっと待って!これは、仕返し??
周りには沢山の人・・・いわゆる使用人達がいる。
そんな人達が見ている中で、あ~ん・・をしろと!?
どうしたらいいのかわからず、差し出された肉を凝視する私に、目の前の美形は綺麗な琥珀色の瞳を嬉しそうに細めた。
「ほら、汁が垂れそうだ。早く早く」
どうして食べないの?とばかりに小首を傾げると、さらさらとした黒髪が揺れる。
そして、さらにフォークを近づけてくるから、思わずパクリと目の前の肉を口に入れた。
だって、テーブルクロスもそうだけど、借りたこのドレス・・・めちゃくちゃ高価そうなんだもの!
これに汁なんて飛ばそうものなら・・・弁償できないわ!!
予想以上に美味しかった肉を咀嚼しながら、向かい側に座り同じく食事をしている私の護衛の姉妹に助けを求める様に視線を向ければ、遠い目をしながら諦めろとばかりに首を横に振っている。
そんなぁー!私達、この国に観光しに来たんだよね!?
ごっくんと肉を飲み込み、今度は人参のグラッセを差し出してくる美形の男、このアーンバル帝国の竜帝でもあるレインベリィ・アーンバルを睨みつけた。
「レイン・・・うぐっ」
彼に抗議しようと口を開いた瞬間、人参のグラッセを口に入れられまごまごしていると、いつの間にか彼の膝の上に移動していた。
え?何!?いつの間に??
本人が気付かないってあり得る?こんなことで魔法使ったの!??
あまりに一瞬の事で噛み砕ききれていないグラッセをごっくんと飲み込んでしまった。
もう、私の頭はパニック状態。
でも、そんなことなどお構いなしに彼は、まるで親鳥が雛に食事を与える様に給餌行為を続けるのだった。
私、水野江里はこの世界ではない、地球という惑星の日本国に住んでいた。
何故、この世界に来ることになったのか、現実逃避するかのように未だに昨日の事の様に鮮明に思い出せるあの時を思い返した。
あれは週末の会社帰り。ちょうど帰宅時間も相まって、沢山の人たちが行きう歩道を歩いていた時。
「あぶない!!」
悲鳴のようなその声に私はのんびりと振り返ると、この目に飛び込んできたのは自分に向かって来るシルバーの車。
何が起きてるのか理解できず、身体が全く反応しなくて迫りくる車をただただ見つめながら、あ・・・死んだ・・・と思った瞬間、目の前の景色が変わったのだ。
そう、まるで映画か何かを見ているかのように。
一瞬で景色は変わり、そこにはそれこそ映画にでも出てきそうな可愛らしい木の家が目の前に建っていた。
・・・・・夢?
この状況についていかない頭が、現実を見極めようと考えるけれど、最終的に「私は、死んだ?」と言う結論に達する。
先ほどの車の事が夢でないのなら、確実に死んでる。
それにこれは絶対夢ではない、と確信すらもっている。だって、両手に持っている買い物袋が指に食い込んで、かなりイタイもの・・・・
今日は金曜日で、明日から二連休。なので、ペットボトルやら缶チューハイやらを、その重さを後々後悔しながらも買い込んで、引きこもりを堪能しようとしていたのだ。
地味に痺れてきた指先に、荷物を足元に置きまずは目の前の家を見上げた。
その家は、所謂ログハウスというやつで、結構立派な丸太で作られており、屋根は何処か色褪せてはいるけど濃い緑色。
家の後ろには巨木があり、太い幹はねじねじとまるで何本もの木がより合わさってるかの様に、天へと伸びている。
大きく広げた枝葉は、まるで某アニメに出てくる巨木のようで、心が綺麗な人にしか見えないという生き物が飛び降りてきそうな雰囲気だ。
そしてその周りは正に森という感じで、緑が濃く時折鳥のさえずりまで聞こえてくる。
「えっと・・・天国?」
臨死体験者の話だと、綺麗なお花畑や三途の川、眩い光なんて話は聞くけど、それがないということはすでにここは黄泉の国?
痛みを感じることなく死ねたのは・・・まぁ、良かったのかも。
―――にしても、何もかもが生々しい。
鼻をくすぐる緑や土の匂い。耳に届く木のざわめきや動物の鳴き声もだけど、頬や髪を撫でる風が爽やかなのよ。
ぐるりと周りを見渡し、最後に目の前の家に視線を戻した。
このまま突っ立ってても埒があかないわね。まずは、この家を訪ねてみるかな。
開き直り半分、諦め半分の状態で、買い物袋を再度持ち直し、その家へと歩をすすめた。
扉まであと少しと言う時に、勢いよく開いたその扉は私の鼻すれすれを通っていき、その風圧に思いっきり目を閉じてしまった。そして、
「いらっしゃ~い!わたくしの愛し子!会いたかったわ!!」
可愛らしい女性の声がしたかと思えば、間入れずギュッと抱き着かれた。
容赦なくぎゅうぎゅうと抱きしめてくるその腕の強さも相まって、意識を手放そうとした瞬間、家の中から男の人が困った様な笑みを浮かべながら抱き着く女性を引き剥がしてくれた。
「あぁん、もう少し堪能したかったのに」
「愛し子が困っているだろ?私だって我慢しているというのに・・・・すまないね。さぁ、中へお入り」
突然の展開に呆然としつつも、私は導かれるままに室内へと足を踏み入れたのだった。
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