高校三年生

神澤直子

第1話

「久しぶりだね」と菜津葉が言った。

 僕はなるべく笑顔で「そうだね」と返す。

 30歳を迎えた同級会。

 みんなそれぞれ歳をとって、誰かわからないくらいに変わった奴もいたけど、菜津葉はあの頃のまま変わらない。相変わらず小動物のようにクルクルとした瞳で明るく笑っている。

 高校三年生、僕は彼女に恋をしていた。


「おはよう」と菜津葉は言った。

 いつものあの明るい笑顔で、僕にだけに向けて。

 朝、校門からの学校へ入るまでの道のり。

 僕はそれに返事をすることはできなかった。別に無視しようとしたわけではない。ただ小学校からの幼馴染である菜津葉を意識しすぎて、言葉に詰まってしまったのだ。

 呆然と固まる僕を見て菜津葉は少し不満げにそっぽを向いた。そして、すぐに楽しそうに友だちと話し始めた。

 僕なんてただの友達の一人で、いや、もしかしたら友達にも満たないただのクラスメイトで菜津葉にとって僕なんてほんの些末な存在でしかないことはわかってる。それを考えると少しだけ悔しいような気もしたけど、それはきっとどうにもならないことだろう。

「よっす」と諒が僕の背中に抱きついた。僕は驚いて「ぎゃっ」という声を上げた。だって僕は菜津葉に見惚れていて、他に意識が行っていなかったから。

「なんだよ、何見てんだよ」

「別になんでもいいだろ?」

「菜津葉と紗枝か。お前、どっちが好きなんだよ」

「別にそんなこと思ってないよ」

 そんなの答えられるわけがなかった。だって諒が菜津葉を好きなことは、クラスの中で周知の事実となっているから。

 諒はあけすけな性格で、そこそこ容姿がいい。背も高いし、前に一緒に帰った時一度だけ他校生の女の子からラブレターのようなものをもらっていたことがあった。モテるのだ。この男は。

 チビで地味で、顔だって中の下くらいの僕とは違う。

 諒はみんなの前で菜津葉に公開告白をした。

 それで一回振られているんだけど、どうにも諦めていないようで今でも菜津葉に言い寄っている。最初は迷惑そうにしていた菜津葉も最近は明らかに諒を見る目が変わっていて、少し戸惑いながらもどこか嬉しそうに話をしている。

 正直悔しいけど、僕にはどうにもできない。だって、僕には菜津葉に告白する勇気なんてないわけだから。

「おい、急がないと遅刻するぞ」

 と諒が言った。

 ハッとして時計を見上げると、確かに遅刻ギリギリの時間で、僕らは慌てて教室へと駆け込んだ。

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