閑話① 王子グレンの苦悩
「....ふふふふっ」
「...マーク。笑ってないで、出てこい。」
「...いやはや、失礼しました。グレンがそこまで令嬢に引けを取ってる姿を見るのは久しぶりだと感じたもので。...あはははっ」
「...うるさいぞ...」
ソフィア嬢がこの場を去ったあと、室内に念のため控えさせておいた、俺の側近であるマークの笑い声が響いた。マークは先ほどの俺たちのやり取りに笑いが止まらないようだった。
俺はその姿に少々の苛立ちを覚える。
「....別に引けを取っていたわけではないだろう。さすがに俺も想定外だっただけだ。俺のこの姿を見て、去っていかない令嬢は今まで見たことがなかったからな。」
「グレン....それを引けを取ったって言うんですよ?ふふふっ」
「本当に今日は口が達者だな、マーク...。」
バロミア王国王子グレン・ルスタリオは生まれた時から、王子になることが決まっていた。理由は明白。彼以外に王子がいなかったからだ。
そのため、幼いころから両親、そして、周囲の人間は彼に対してとても厳しかった。
それでも、両親が国を必死によくしている姿を見て、グレンも将来あんな風になれたらと頑張れた。
しかし、物心ついたころから彼の周りでは変化が見られ始める。
それは、「彼の婚約者を誰にするか」という周囲のざわつきだ。
グレンとしては、正直誰でも良いと考えていた。彼と一緒に、国の未来を見据えて、一緒に努力をしてくれる令嬢であれば誰でも良いと。しかし、その簡単にかなえられると思っていた願いは案外難しいものだったと気づいた。
婚約者を決めるために開いたパーティーでは、彼と同じ年頃の貴族令嬢は勉強ではなく、誰かのうわさ話やおしゃれの話ばかり。いつもきつい香水をつけて、彼に近づいてきては、他の令嬢たちと彼を取り合い、喧嘩になる。結果的に、彼が仲介役となり、場を収めるというのが一連の流れになっていたのだ。
他の貴族令息たちも、「彼がいるだけで場が乱れてしまう」ということに気づきはじめ、今度は将来そばに仕える人間も失いかけた。グレンはどうにかこの事態を防ごうと、終始笑顔で、かつ、場を何のよどみなく抑える社交技術を身に着けた。これには1年の歳月を費やし、本当に苦労をした。
結果的に、やっとの思いで、聖人君主である地位を確立し、今に至るというわけである。
ただ、婚約者にはやはり妥協できず、彼自身で相手を選びたいと思っていたため、乗り込んできた令嬢に対しては追い払うような態度で接し、帰らせていた。
実際は、めんどうくさくて、素の自分を出しているだけなのだが。本当にグレンは疲れ果てていたのだ。
今回は両親によって決められた婚約で変更が難しいものだったが、同じように対処することでいつものように場を収めるはずだったのだが....
「はぁ、めんどくせぇ....」
「おや、口が悪いですよ?グレン」
「....本当に今日はうるさいぞ、マーク。かといって、あの令嬢は本当に何なんだ、さっきは動揺してすべて任せるといったが、失敗したかもしれん。」
「そうでしょうか。グレンも公務で忙しいのは事実。なおかつ、婚約破棄に乗り気であり、その過程で行わなければならないことをすべてやってくれるというのはグレンにとってもいいことでは?」
「それは、ソフィア嬢がすべて完璧にやってくれた場合だろ?実際、何をやらかすかわからんから、バックアップしてやる必要がある。加えて、いつ俺と「やっぱり婚約していたい」と言い出すかわかったもんじゃない。あんなに聞き分けが良かった裏を取る必要もある。....そういえば、あいつ、本当に自分の情報は一切出さずに帰っていったな...くそっ....ただの馬鹿なのかそうでないのかわからん....」
「ほぉ、確かにそうですね。グレンにそこまで言わしめるとは....。ソフィア嬢もなかなか....。私、仲良くなりたくなってきました。」
「はっ、言ってろ。そのままソフィア嬢と婚約するか?」
「いいえ、そんな私にはもったいない令嬢でございますゆえ。どうぞグレン様にお譲りします。」
「こういうときだけ、様づけで呼ぶのは本当に都合がいいやつだなお前は....」
.............はぁ....あの時の令嬢の名前を聞いていれば、こんな苦労はせずともよかったんだが。」
そう、それはグレンの7歳の誕生日パーティーの時に出会った令嬢のことである。グレン自身、当時、パーティーという名の婚約者選びは本当にめんどくさいものであった。しかし、その時出会った年下の令嬢はほかの令嬢と違い、とても印象深かったのを覚えている。
パーティーの前日、グレンは王となるための勉強に励んでいたのだが、どうしても解けない数学の問題があった。
その日は解けないということであきらめ、次の日パーティーが終わった後で、解こうと思って机の上に放置していたのだが、パーティー当日、自室に忘れ物をし取りに行った際に出くわした小さな令嬢がその問題を「....こんなの簡単じゃん...」と声を漏らしているのを聞いてしまった。
グレン自身、この小さな令嬢が自室に不法侵入しているのは問いただしたいところだったが、それ以上に自分にも解けなかった問題をこの小さな令嬢が「簡単だ」と言ってのけたことの方が気にかかった。
なので、小さな令嬢に教えを請う形で声をかけた。
すると、先ほどのつぶやきは嘘ではないというように、解き方やその解に至るまでの思考を共有してくれた。また、彼女自身も知らない知識はグレンが共有し、2人でほかの問題も解きあった。グレンにとって、すでにある解を教えてくれる家庭教師ではなく、こうして問題を解く過程や意味までも教えてくれる彼女との時間はとても有意義なものに思えた。加えて、グレンはその時、初めて令嬢と話していて「楽しい」という感覚を覚えた。
しかし、興奮のあまり名前を聞きそびれ、かつ、グレンが幼かったこともあり、その顔の面影は曖昧だ。せめて、名前だけでも聞いておけばよかったと、後悔してもしきれない。
「.........あぁ、あの時の小さな令嬢のことですか。グレンのロリコン属性を開花させた令嬢のことですね。」
「違う!!!!お前もあの令嬢に会ってみればわかる。ただ、本当に魅力的だったから、すでにもう婚約している可能性が高いがな。そして、俺自身はこんな面倒な婚約をしているというわけだ。」
「いや、その告白しても振られないという自信はどこから来るんですか....。まぁ、グレンの婚約者(笑)の方も、少し様子を見てみましょう。」
「....さっきの話し合いで聞いていたと思うが、ソフィア嬢のバックアップはお前に頼むから、よろしくな?」
「....................おっと、そういえばこれから用事があるのでした。では。」
「逃げるな。」
これから、めんどくさい毎日が始まることを確信したグレンであった。
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