第47話 雄ネズミの退治

 エリカの話で、すぐさま動いたデルフィー。

 彼は、厨房の場所を知っていても、この邸の使用人の事までは知らなかった。

 厨房についた彼は、とりあえず、入口の手前にいた男へ声をかけた。


「料理長はどこにいるんだ?」

「あー、ほら、あそこにいますよ」

 向けられた視線の先にいる冴えない男。

 デルフィーは、その男を見て呆れていた。

(おい、おい。あの愛人は、あんな男をよく誘ったな。アレに気がある素振りを見せたら、勘違いするに決まってるだろう。……でもまてよ、彼女には私のことも、あの男と同じように見えてるって事か……)

 静かに自尊心が傷ついたデルフィーは、何ともいえない気持ちで料理長を手招きした。


「僕に何か用ですか? 今、ちょうど手が離せないんですけど」

「そうか。でも、何の作業をしていたかは知らないが、この後は何もしなくていいから安心してくれ」

「ほぇ、なっ、何を急に言い出して? おたくは誰ですか?」

「君に名乗る必要はない。ただ、エリカさんから全てを聞いて、ここへ来た」


 呼吸をするために、ぽかんと開いていた料理長の口。

 それが、小刻みに震え出した。 

「いやいやいや、僕とエリカちゃんは同意のもとだから」

「なるほど……。だから、2人で結託して当主の食事へ毒を入れたのか」

 見る見るうちに、青褪めていく料理長。

「あ、あ、あっ、嘘だろう。エっ、えっ、エリカちゃんは、そんな事まで話したのか?」

「あーそうだ」

「てっきり彼女を襲ったのがバレただけかと思ったのに。なんだよもう、口が軽過ぎるだろう」

「アベリア様の事も……」

「それはだって、奥さんのスープに赤い花の球根を入れたけど、食べてなかったし。結局、何もしてないから、それは関係ない」


 悔しそうな顔をするデルフィー。

 アベリアの身に何かあったと勘付き、料理長を揺さぶった。

 その結果が、「アベリアには何もしてない」だった。

 アベリアは、赤い花の毒に確かに気付いた。でも、それを誰にも言っていなかった。

 デルフィーも聞いていない、確証のない出来事。

 アベリアへ向けられた悪事を不問にする自分。

 毒に気づいた彼女の気持ちに気付けなかった己の事も、全部が全部不甲斐なくて悔しかった。


「くっっ! じゃあ、なぜ当主へ毒を盛った」

「だって、奥さんとの晩餐のメニューにまで指示してさっ、2人の時間を嬉しそうにしてたから。騙されてるエリカちゃんが可哀そうだったから」

 ――――……。


 デルフィーは、初めに声をかけた男へ視線を変えた。

「すまないが、執事をここへ連れて来てくれないか。デルフィーの依頼だと言えば分かるはずだ」

「え、あ、はいっ。よくわかんないけど、とりあえず呼んできます」


 料理長がケビンを殺めた動機を聞いて、これまで堪えていた感情が震え始めたデルフィー。


 ケビンが領地へやって来たあの日。ケビンの中で何かが変わってしまったのだろう。

 それは自分が大きく関係している事だった。

 幼い頃、デルフィーとケビンは、一緒の時間を過ごすことが多かった。

 ケビンは幼い頃から、とにかく負けず嫌いな子どもだった。年も同じ、見た目も似ている自分たちは、いつだってぶつかりながら、共に成長してきた。

 自分の方が背が高いだの、食べるのが早いだのと、取るに足らないことをいつも競っていた。

 あんな従兄でも、幼い頃の想い出と、悲しみを共有した仲だった。

 ケビンへ、もし、あの時――。

 アベリアと自分の姿を見せなければ、違ったのかもしれない……。

 一度に襲って来る悲しさと、複雑な感情。

 ケビンなりに自分を信用していたから、領地の事を、自分1人に任せてくれていたのに。デルフィーだって、こんな結果になるとは思ってもなかった。


 ケビンがアベリアへ、愛情を抱き始めていた。

 それで彼の人生が変わってしまった。

 そのことは、デルフィーの心の中へ、静かにそっと留めることにしてた。



 デルフィーの愛しいアベリア。

 彼女は、スープに毒が入っている事に気が付いた後、何も言わなかった。

 彼女が受けた心の傷は、計り知れない。

 なのに、どこまでも甘えるのが下手な彼女は、我慢する道ばかりを選んでしまう。

 彼女の横で、いつも自分が甘やかさなければと、熱く心に誓った。


 ――――!

「デルフィー様、何かありましたか?」

「この男が、ケビン従兄を死に至らしめた犯人だ。すぐに突き出してくれ」

「あっ、遊んでた訳ではなかったのですね」 

「(はぁ~~)、頼む……」


 ――この邸を立ち去ったアベリアが思ったように、確かにデルフィーは忙しかった。

 自分以上に近しい親近者のいないケビン従兄を弔い、ケビンから全てを引き継ぐ必要があった。

 それに、邸に仕える従者たちの質は低い上、不足していた。

 ケビンの事業は改善の余地しかない。

 それでも、彼女が動かし始めた、あの領地の事は人に任せたくなかった。


 正直なところ、こんなネズミ退治よりもしたいことがある彼は、苛立つ気持ちを必死に抑えていた。


 アベリアが、自分を訪ねて侯爵領へ帰って来るかもしれない。

 彼女が再び、あの邸のベルを鳴らした時、自分が一番に出迎えたい。

 それなのに、自由の利かない今の立場に彼は唇を噛んでいた。

 



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