第45話 執事の元へやって来る愛人、わざと丁寧に対応する彼

 エリカは泣きながら執事のいる部屋をノックした。


 涙を流しているのは、あざといエリカの演技もあったけど、実際の所、本当に感情が乱されていた。

 愛するケビンを失って悲しかったし、今しがた料理長が言っていた、ケビンがアベリアへ向けた気遣いも悔しくて堪らなかった。

 あの女に対して、愛するケビンが晩餐のメニューを気にかけていたなんて信じられない。

 そんなことをするなんて、全くもって予想外だった。


 毎晩、耳元で甘く「愛してる」と囁いてくれた言葉。

「一番かわいいのはエリカで、妻には全く興味がない」と、心をくすぐった言葉。

 自分に向けられた言葉は、全て嘘だったのか? 


 エリカが強請れば何でも買ってくれた、気前の良い男性。それは、これまでの人生でケビンだけだった。

 自分だけに色々与えてくれたケビンが、あの女の食べたいものを用意するように、従者へ命令するのが許せなかった。 

 自分を優しく愛撫してくれていた、ケビンの優しい手や口も自分だけに向けられていた。

 自分は、ケビンの特別だと思っていたけど、「本当に騙されていたのか」と、悔しくなった。

 アベリアを殺す為に利用した、崩れた顔の男。

 自分の画策が露呈しても、「その男の妄言だ」と言えば、誰も疑わないだろう。そう思って選んだ飼い犬だった。

 いつも、自分を持ち上げていたくせに、突然、調子に乗って自分に襲い掛かって来た。

 たった今、手名付けていたはずの臆病な飼い犬が噛みついて来た。

 悔しくて、憎たらしくて我慢できなかった。


 そして、ぽつりと呟いた。

「臭いし、ベタベタして気持ち悪い。何なのよ、もう。次期当主の母へこんな事したんだから、クビなんかじゃ済まないんだから」

 湯あみでもしてくればいいものを、あまりの腹立たしさに、一刻も早く追放したくてそのままやって来たエリカ。

 歩く度に、何かが出てくるような不快感もさておき、執事の部屋の前に立っている。


 目の前の扉が開いた途端「ぐすっぐすっ」と、声を出し、泣いている事がしっかりと伝わるようにするエリカ。

 それを見て戸惑う執事。

 

 その執事は、突然訪れたエリカのことを、自分ひとりの判断で話を聞き始める訳にも、追い返す訳にもいかなかった。

 この部屋には、すでに、エリカよりも立場のある来訪者がいたから。

 執事は、今から少し前にこの部屋に来ていたデルフィーへ、判断を仰いだ。


「すみませんデルフィー様、えっと、別邸に住まわれているケビン様のお相手が、突然こちらを訪ねて来られました。なんだか、ただならぬ様子ですが、どういたしましょうか?」

 デルフィーは、この後にエリカの事を呼び出す予定だった。むしろ、ネズミからやって来てくれて、願ってもなかった。


「エリカ様ですよね。初めてお目にかかります、デルフィーと申します。突然の訃報、心中お察しいたします」

 一応は、前当主の愛妾として丁寧な扱いをするデルフィー。

 エリカは愛するケビンに似ているデルフィーが、ケビン以上に優しい声をかけてくるのだから、一瞬で計算を始める。

 この際、使用人でも構わない。

 寂しさを紛らわすため、この優しい人を近くに置きたいと。


「デルフィーさん初めまして。あたし、この邸の使用人の事で相談に来たの。この邸の料理長が、侯爵家の跡継ぎを産む、あたしに不敬なことをしたから追い出してちょうだい」


 当主継承に関する書類を確認している最中のデルフィーへ、不敬な発言をするエリカ。同席する執事は目を丸くしている。

 エリカとデルフィーは気にする素振りはない。

「……と、言われましても、いったい何をされたんですか? エリカ様」


 チラリと執事を見るエリカ。

「ぅ~ん、ここじゃ言えないから、それはあたしの部屋で話すことにするわ」


 ケビンが赤い花の毒で亡くなったこと。犯人は料理長と知っているのは、都合が悪かったエリカ。

 以前、自分がアベリアを殺す為に赤い花の球根を用意して、料理長へ渡したことが露呈するのは避けたかった。そのせいで、ケビンの殺害を企てたのはエリカだと、が疑われるのは避けたかった。


 無関係な料理長から一方的に行為好意を向けられた、可哀そうなエリカとして振舞う。

 それだけで、あのクズ男を邸から追い出すのは十分な理由になった。

 

「料理長があなたに何をしたかは、後ほど伺います。ですが、先ほどおっしゃった侯爵家の跡取りは、正しく修正させてください。エリカ様のお子様は、侯爵家を継ぐことは出来ません。それは、ケビン当主が生前に、あなたのお腹の子を認知していないからです。その意味は、あなたとあなたの子は、この家とは一切関係が無いと言う事なんです」

「そんな馬鹿な話がある訳ないじゃない。ケビン様の子どもなんだから」

「お可哀そうですが、それは覆りません。料理長の事はエリカ様の部屋でゆっくり聞きますので、続きはそちらで」


 ふてくされて頬を膨らませ、納得しない顔のエリカを、デルフィーは優しく諭した。




▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃

 この先も、楽しんでいただけると嬉しいです(୨୧ᵕ̤ᴗᵕ̤)。

 気に入っていただけましたら、ブックマーク登録、★、♡、感想をいただけると、とても喜びます。

 毎日7:00頃と19:00頃に更新予定です◝(⑅•ᴗ•⑅)◜..°♡。

 応援よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る