第30話 酔いたいのに緊張し過ぎて酔えない彼女のことに、気づけない彼

 デルフィーとの押し問答に成功し、ベッドに腰かけるところまで辿り着いたアベリア。

 彼女が持ってきたワインは、この国では見た事の無いコルクの固定だった。

 金属のワイヤーで栓が頑丈に巻かれたワイン。

 それを彼女はサイドテーブルに置き、ちゃんと2人分のグラスも並べた。


 彼女自らワインをグラスに注いだ。

 薄い琥珀色をしたワインは、小さな小さな気泡が、細い線を描いているように、一直線に上へと向かって動いていた。

 この国では作られていない泡の立つワインは、高価すぎて貴族でさえ、そう容易く買える代物ではない。

 それを、どうやって買ったのか、味見をすると持ってきていた。


 ワインをほぼ初めて飲んだアベリアは、正直なところ美味しさは、よくわからなかった。だけど、気泡が弾ける感じは気に入った。

 彼女は味見と言いながらもワインをゴクゴクと飲んでいた。

 これから醸造するワインはこれが良いとか、作り方について、無邪気にニコニコと笑いながら、自分のグラスに次から次へとワインを注いで飲んでいた。

 彼は、そんな彼女の横で呑気にワインを飲めるわけもなく、少し口を付けただけだった。


 アベリアは、ワインを飲んだことが無いから、飲み方も分からなかった。

 でも、そうしていなければ、この後に自分から「抱いて欲しい」とお願いするのは、恥ずかしくて言える気がしなかった。少しでも早く酔いたかったアベリア。

 アベリアは、初めて飲むワインで酔うことが出来れば、煩さすぎる心臓の音も、早すぎる鼓動も落ち着くはずだった。それに、デルフィーに素直に甘えて、気持ちを伝えられる気がした。

 けれど、これからの彼との行為を想像して、彼女は緊張し過ぎて、思考が冴えわたっていた。

 彼女が考えていたようにはことは運ばず、どんなにワインを飲んでも、酔うことは出来なかった。

 それに、彼女はニコニコと笑っていなければ、今にも泣き出してしまいそうなほど、自分の未来が怖かった。

 でも、泣きだす自分を見せて、デルフィーに同情を感じてほしくなかった。

 自分には愛情だけを向けて欲しいから。


 この時のアベリアは、強く決意を固めていた。

 デルフィーへ自分の我がままを伝えるのは、このワインを飲んでいる今日だけにすると。

 そして、そのつもりで、このワインを買っていた彼女。

 だから、どうしても受け入れて欲しかったし、きっと、彼は受け入れてくれると思っていた。


 デルフィーは、楽しそうにゴクゴクとワインを飲むアベリアの姿を見て、正直なところ驚いていた。

 落ち込んでいると思っていたアベリアが、あっけらかんとした様子で、ワインを飲んでいた。

 もしかして、己が考えていた以上に、アベリアは自分の立場を受け入れているのかとも考えていた。


 結局、彼が1杯のワインを悶々とした気持ちで飲み終えるまでに、彼女が全てを飲み干していた。

 


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