第20話 デートのお誘いは、彼の意地悪を隠すため

 庭に自生していたドクダミを使った化粧水の販売は、想像以上に順調だった。

 アベリアは、ヘイワード侯爵が手掛けている事業の詳細までは分からないまでも、唯の雑草が、侯爵家事業の何倍にもなる収益を得ていた。

 その資金で、搾汁するために必要な機械を、全て揃えることが出来たアベリア。

 この領地で採れるリンゴの価値を高めながら、それまで商品にならなかった、傷のついたリンゴも商品として生まれ変わらせる。


 リンゴジュースを製造して、売り捌くといった大規模な作業を開始するにあたり、アベリア1人では到底手に負えない所まで来ていた。やっと、ブドウを作っている農民達の力を借りるところまで辿り着いていた。

 彼女は、ブドウ農家達へ、説明と説得に動こうとしていた。

 ここの邸にやって来た初日に、デルフィーから、「ブドウを作っている農民の中には不満が募っている者がいて、収穫できるまでに育った木なのに、伐採しようとしている」と、聞かされていたアベリア。

 自分にも、彼ら農民が、侯爵家の命令で木を育てているのに、ブドウを売ることも出来ないのであれば、不満が募るのは理解できていた。

 アベリアは、彼らのこの先の生活を支えたかった。

 彼らの作っているブドウを商品として売り出すには、アベリアの頭の中では、まだ2年程かかる計算だった。

 それまでの間、リンゴジュースの製造を彼らに託すつもりでいる。


「デルフィー、私はこれからブドウ農家達の所まで行って来るね」

 そう言い残し、デルフィーの執務室を後にしたアベリア。彼女は、デルフィーの返事も聞かずに外へ向かってしまった。

 デルフィーは、いつもの計算に頭を抱えていたせいで、始めはアベリアが何を言っていたのか分からなかった。

 いつもはラフなワンピースを着ている彼女が、今日は綺麗なドレスを身に纏っていた。町にでも出かけるのかと考えていたデルフィーは、この後に立ち去る彼女の事を想い、少し寂しく感じていた。それに、いつも以上に綺麗な彼女を見てしまっては、上の空になり、仕事も進んでいなかった。

 たった今、彼女が発した鈴のような声を思い出して、意味を考えていた(待てっ、ブドウ農家達の所へ行くのか!)。

 ――ガッタン。

 椅子を倒して立ち上がったデルフィーは慌てて、彼女を追いかけた。

 幸いにして、馬の準備に時間がかかっていて、彼女はまだ出発していなかった。

「アベリア様、アベリア様。私もご一緒します」

「どうしたのデルフィー、そんなに息を切らして慌てちゃって? 一緒に来なくても、直ぐに戻って来るわよ。だって、ブドウ農家の方たちの所へ行くだけだもん、1人でも大丈夫よ。それとも、私なんかじゃ、お願いも出来ないと思ってるの?」


 女性1人では、真面に取り合ってもらえない事を知っているデルフィーは、彼女を1人で向かわせる訳にはいかない。だけど、それをけしかけたのは、この邸へ彼女が初めてやって来た日の自分だった。

「いや……、いえ、ただ私も行った方が話が早いかと思いまして」

「う~ん、私だって、ちゃんと伝える事は考えてるし、デルフィーだって侯爵家の人間が説明すべきだと思ったんでしょう。あなたも忙しんだから自分の事をしててよ。まあ、今日お願いすることは、私がやりたいことだし、これは任せて頂戴」


 デルフィーは、目の前の彼女が酷い目にあっても良いと思ってしまった、過去の自分を蹴飛ばしてやりたいほどだった。目の前にいる侯爵夫人は、領地民達の暮らしの事をただ真剣に考えて、この領地の産業は確実に変わろうとしていた。

 あの日の自分が、とても酷い想像をしたことは、アベリアに知られる訳にはいかなかった。

 どんなに断られても、ここで引く訳にもいかなかったデルフィーは、彼女が断れなくなる言葉を知っていた。


「アベリア様と、海が見たいと言っているのに、どうして分かってくれないんですか。さあ、馬車の用意が出来たみたいですから、一緒に並んで座っていきましょう」

 デルフィーは、彼女の弱いところを突く自分は、ズルいという自覚はあったけれど、その気持ちには一切の嘘は無かった。

 それを聞いた彼女は、顔を真っ赤にして恥ずかしそうな顔をしていた。

 流石にこの時ばかりは、目の前にいる純情な彼女に対して、「傲慢な女」と解釈した自分の方が恥ずかしくて、彼女の顔を見れなかった。


 彼女は初めてのデートのような気持ちで、彼の横に並んで海を見ながらブドウ畑まで向かう事になった。

 この時、2人は全く違う事を考えていた。

 アベリアは今日の朝、ブドウ農夫の元へ着ていく服装を思い悩んでいた。畑へ行くのに綺麗な服装は場にそぐわない気がしていた。でも、デルフィーが侯爵家の人間が行くべきと判断したのであれば、それなりの正装をした方がよいのか? ワンピースとドレスをしばらくの間見比べていた。

 そして、しばらく考えた結果、彼女は気合を入れる時に着る、おしゃれなデイドレスを着ていた。

 思ってもいなかった彼とのお出かけに、「少し大人っぽい、このドレスを着て来て良かった」と、思ったアベリア。 


 だけど、デルフィーは、彼女の服装を見て、どうすべきか考え込んでいた。

「どうして、よりにもよって、こんな色っぽい、肩の開いたドレスを着ているんだ? こんな魅惑的な彼女をこのまま、男たちの前に見せる訳にはいかない」と、頭を抱えて焦っていた。



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