赤い宝石編 終幕
チュンチュン、と雀の囀りが耳に届く。
表の門扉の上、いつものように井戸端会議をする小さなアヤカシ達を眺めながら、美冬はつい先日の降霊術の件を思い出していた。
/
降霊の儀が終わり、秋彩が立ち上がる。
呆然と師匠を見上げる刑事達は、何が起こったのか分からない様子だった。まあ当然だろう、と美冬は納得する。
正直、美冬にとって降霊術は身近な物ではない。
自分に以前の記憶は無いけれど、“美冬”になってからというもの、妖怪を、霊を、魂を視る事が出来る。普通の人が、誰かを、花を、動物を見る事が出来るのと同じで、そこに在って生きている者達とわざわざ対話しようとは思わない。
美冬があまり他人に興味が無いのも関係あるのかもしれないけれど。
「後は、そちらにお任せします」
秋彩はそれだけ言って、美冬に目配せすると部屋から居なくなる。美冬は師匠の意を受け取って、刑事達を支えながら部屋を出た。カラリと晴れた空は、斎藤と東野の心境とは真逆だろう。
…こういう、常人には理解の及ばない現象を説明するのも面倒だけれど、目の当たりにされるのも面倒なのだ。
美冬にとってアヤカシも人間も“そういうもの”。だから黒いモノが零した不平も“そういうもの”。奴が去った後、雨が止んだのも、蝋燭が消えたのも、水盆の罅が直ったのも、畳に染み付いたはずのねばついた液体が無いのも“そういうもの”。
それらを“そういうもの”と落ち着いて見てくれない者達というのは、アヤカシ連中を相手にするよりも面倒臭い。
美冬は少しも口を開かない刑事達を表の門扉まで見送る。秋彩はあの時のように送っていってとは言わなかったし、今日は来客の予定があったはずなので留守にする訳にもいかない。
不明瞭な疲労は見えるけれど、何かに取り憑かれている訳でもなさそうなので、美冬は刑事達に何も言わずに深々と礼を一つ。
門扉の溝の先、つまり刑事達側には決して出ない。別に何の意図も無いけれど、この行為が彼等に不気味に映っていたらいい、と美冬は狡い事を考える。いつも通りの日常を過ごしたかったのに、それを崩した彼等への、ほんの少しの意趣返し。
長い事頭を下げて、ようやっと頭を上げた時には刑事達は既に目の前から立ち去っていた。
美冬は漸く面倒事が片付いたと言わんばかりの溜め息を吐く。
「美冬君、お疲れ様」
「秋彩さん。…いえ、秋彩さんこそお疲れ様です」
さて来客を迎える準備をしようと振り返った美冬に微笑んだのは、儀式の格好から普段の着物に着替えたらしい秋彩だった。
「事件、どうなりますかね」
「さあて。外の事は外でやって貰わないとね。そこまで干渉する義理は僕等には無いよ」
「…そうですね」
/
その日の晩には、紫藤美和殺人事件の犯人が逮捕されたとニュースでやっていたし、あの日から刑事達が来る事も無くなった。
いつも通りの日常が戻ってきたと境内の掃除をしながら、だけれど美冬の顔は暗い。
紫藤美和を殺した犯人、平沢が宝石壺を盗んだ犯人でもあると秋彩から聞いたからだ。
盗まれた宝石壺は結局戻ってないと聞く。そもそも“視えない者達”にとって、あの壺は宝石を生み出す物でも何でもない、普通の壺であるからして…戻って来る確率はかなり低―――、
「美冬君」
「は、はい!」
「たった今、秦郡路から遣いが来てね。例の宝石壺、帰って来たらしいよ」
「本当ですか!」
ぱっ、と美冬の表情が花開く。
ずっと心配だったのだ。アヤカシだとか“そういうもの”だとか。視える者や慣れている者からすれば当たり前にそこに在るモノが、穢れてしまうのは嫌だったのだ。
ましてやそんな、悪意のある者に触れられた後なら尚更。
「良かったぁ…!」
「まあ、傷一つなく、穢れも纏ってないみたいだから、次の月には難なく持っていけそうだって」
「次の月…、ああ、宝石祭りですね。今年も招待状が届いてましたけど、どうされます?」
「そうだねえ―――…、」
悩んだ末、笑みと共に吐かれた言葉に美冬の唇も弧を描く。
雲一つない青空に浮かぶ太陽が、そんな二人を見下ろしていたのだった。
…これにて、煮凝った劣情が巻き起こした一幕は閉じた。次はどんな“面倒事”が舞い込んで来るのだろうか――――――?
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