第一一話 月明かりの花の中で

「小百合さん、野原の近くに大きな池があるだろう」


「はい」


「そこに今日の夜の十二時に来てほしい」


「今日もですか」


「いいから、女学校も明日は休みだろう」


「はい、わかりました」



空には満天の星と月が照らしており

そこに、小百合は約束のとおり現れた。


「達夫さん、どうして、ここに十二時に約束したのですか?」


「もう、十二時が過ぎたかな」


「はい」


「今日は何の日かな」


「もしかして……」


「そうだよ、留美ちゃんから聞いたんだんだよ」

「小百合さんの誕生日だよね」

「僕と同じ年になったのかな」


「そうなのですね」


「ああ、そうなんだ」

「でも、そのためだけに呼んだんじゃない」

「僕達は二つの花になったじゃないか」

「寄り添う花にね」

「僕はもうすぐ……」


「達夫さん、それ以上言わないでください……」


「今日だけでいいんだ」

「僕の花嫁になってもらえないかな」

「あそこの池に小さな舟があるだろう」

「親しくなった漁師の人から借りて来たんだ」

「ゴンドラの舟じゃないけど、一緒に乗って舟の上で結婚式をあげよう」

「いいだろう」


「私でいいのですか」


「私の他に誰がいるのかな?」

「とにかく乗ろう」


「はい」


「ほら、見てごらん」

「舟の中には花でいっぱいだよ」

「僕はこれくらいしかできないけど、山の中の花をたくさん敷き詰めたんだ」

「きれいだろう」

「この花を小百合さんの耳にかけてあげるよ」

「そして、この小さな花だけど小百合さんの指に飾ってあげる」

「結婚指輪だと思ってくれたらな」


「達夫さん、うれしいです」


「僕にはこれくらいしかできないけど」

「小百合さんを愛している」

「そうだ、小百合さんのきれいな髪にも花を挿してあげよう」

「きれいだよ」


「本当ですか」

「うれしいです」


「ああ、とてもきれいだよ」

「でも、残念ながら、この舟はゴンドラのように動かないんだ」

「まるで僕達みたいだね」


「達夫さん、花嫁は今日だけと言われましたけど、私は一生誰とも結ばれません」

「どうして、他の人と結ぶことができるでしょうか」


「それじゃ、小百合さんは幸せになれないじゃないか」


「私は達夫さんが……」

「それでも、達夫さんを愛し続けます」

「それが、私の一番の幸せです」

「どんなに貧しい生活を送ってもそれが幸せです」

「どうして、今日の日を忘れることができるでしょうか」


「でも、小百合さんには」

「ひな鳥が」


「それでもいいです」

「達夫さんとの一つ一つの思い出が私のひな鳥です」

「そのような冷たいことを言って私を不幸にしないでください」

「私は一人でいくら辛くても生きていきます」

「達夫さんは空の上に行ったら私のことを忘れるのですか」

「悲しいしいことを言わないでください」


「わかったよ」

「ありがとう」

「でも、現実にこの舟はあの池の向こうへ行くことはできないのかな」


「そのようなことはないです」

「あそこに丁度いい木の棒があるじゃないですか」

「あれで動かしてください」


「でも、動くかな」


「駄目です」

「男の人がそういうことを言ったら」

「私だけのために動かしてください」


「わかったよ」


「ほら、動いたではないですか」


「そうだね、少しずつだけど」


「そうだ、小百合さん」

「この舟には花がいっぱいあるだろう」

「この花をたくさん池に浮かべよう」

「ほら、投げたよ」

「小百合さんも一つずつ投げて見て」


「はい」


「白い花や薄紅色の花、黄色い花が月の光に照らされてきれいだね」

「月が僕達を歓迎してくれているのかな」

「ほら」

「輝いているよ」


「本当ですね」


「もうすぐ着いてしまうね」


「ここでとまってください」

「ここでとまってください……」


「あの時のように時をとめてください」


「わかったよ」

「もう離さないよ」

「朝日が見えるまでは、少なくとも時をとめるよ。」


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